第17話 祈祷師との闘い

祈祷師はふらりとよろけながも、ゆっくりと立ち上がった。

(まさかこのまま逃げる気か?)

祈祷師は、男の方をちらりと振り返って、付いてこいと言いたげにクイッと顔を外の方へと向け、そのまま出て行った。

男もその後を追ってしばらく行くと砂地の大きな空き地に辿り着いた。


「どうした?若造。わしが元気で驚いたか」


「いや、あの薬湯の中身はなかなか良さそうだったからな。飲んだら少しは元気も出るだろうさ。」


男は軽く冗談を言った。

あの薬湯を飲んだ後でもまだ動けるとは。

それでも、あれが多少なりとも効果があったなら・・・贅沢は言うまい。

あの薬湯には毒も含まれていたようだったが、祈祷師ならば毒に対しても耐性があってもおかしくないだろう。

それに・・・問題は薬の中身よりも・・・。


「フフ・・・、薬草の知識には自信があるからな。毒も普段から味見しておるわ。

呪いにしても最初から防御のまじないをかけておる。すぐに死んだりせん」


「なるほどな。あの薬湯の狙いは毒よりも呪いか。

それにしてもなんで面倒な手を使った?毒なら簡単に目的を果たせたろう。」


「そりゃあ、たっぷり毒を盛ってやれば、すぐに、わしが怪しまれるに決まってる。この村で一番その手のことに詳しい人間だからな。呪いなら気づかんだろうとな。お前は余所者だから外で変な病気にもかかって身体が弱ってもおかしくないじゃろう」


「そういう理由か・・・」


「・・・つべこべ言っても始まらん」


祈祷師は静かにそう言ったかと思うと、カッと目を見開き、力を解放した。

その赤黒いエネルギーを全身に纏うかのように広げていった。

その粘液の様などろどろとしたエネルギーはまるで澱んだ川の様であった。

しかし粘度が高そうに見えたそれは、見た目と違って素早く男の方へと伸びてきた。

それは腐敗した血にまみれた魔物の手が伸びてくるような気持ち悪さだった。


男は、なんとかすんでの所でそれを避けることができたが、そのエネルギーが自分の身体の近くをかすめただけでも酷い臭いが漂ってきて、本能的に嫌悪感を感じた。


この爺の身体から発せられるエネルギーはいったいどうしたことか。

この間、薬湯を処方された時にも赤いエネルギーの中に仄かに暗さのようなものを感じはしたが、これほどまで穢れを感じることはなかったのだが・・・。

もうこれでは自力で浄化するのは無理だろうな。


澱んだ川の様な形状だったエネルギーは、今度は火の玉の様な塊となって、ビュンビュンと男の方へと飛んできた。火の玉の外側は黒々とした煙の様なエネルギーが渦巻いていて、先ほどまではまだ見えていた赤い色はもう見えなくなっていた。


男は確実に決着をつけるために、吐き気がしそうなそのエネルギーに辟易しながらも攻撃を避け続けるしかなかった。


しばらくすると、祈祷師の動きは鈍くなってきたようだった。

そろそろか・・・。


その時だった。

「お兄さん!!」

乱れた息で必死に男を呼ぶ声がした。

振り返るまでもなく男にはそれが誰か分かっていた。


「フィー!こっちに来るな、すぐにここから離れるんだ」

「でも・・・」フィオナは泣きそうな声でそう言った。

「邪魔になる。早く行け!」

フィオナはすぐにその場を離れようと駆け出した。

しかし祈祷師はフィオナがいることなど気づくこともない様子で狙う相手も分かっていないようなめちゃくちゃな攻撃を続けてくる。

もはや正気を失ったか・・・。このままではフィーも危ない。


男は絶え間な続く、その気味の悪い攻撃を体を捻って避け続けつつ、

祈祷師をしとめる覚悟を決めた。


胸の前でぴたりと手を合わせると自分のエネルギーと同調を始めた。

そして静かにこう唱えた。

「夜空に輝く月の力よ!冴えわたる三日月となりて、この手に宿り給え」

その重ねられた掌からは眩い光が広がっていき・・・

その両手を静かにスッと引き離していくと、両手の間に三日月のように細長く鋭い形のエネルギーがきらきらと輝いていた。

その光は男の髪色の白銀と同じで、それはまるで冬の月のように冷たい光だった。


(お兄さんの手から現れたあの力、本当に三日月みたい。とっても綺麗・・・。)

フィオナは戦いの最中だというのに、男の手から現れたエネルギーにぼんやり見とれてしまっていた。







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万華鏡の理 明璃 @akari48

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