第16話 代償
フィオナは家の中をすべて探したが、男の姿はどこにもなかった。
もしかしたら庭にいるのに見落としていたのかもしれないと、宴に来ている大人たちに、大声でこう呼びかけた。
「お兄さんが近くにいたら教えて!」
しかし、男がいると返事をするものは誰一人いなかった。
フィオナは家から持ってきた外出用の布袋を持ちだすと、そのまま外へと走って行った。
まだ出て行ったばかりなら追い付けるかもしれない。
どうか間に合って!!
彼女は必死な思いで村の大通りまで走って行った。
挨拶も全然なしで突然出て行っちゃうなんて、普段無口なお兄さんとはいえ、さすがにおかしい気がする。なんだか嫌な予感が・・・。
先ほどまでの酔いは、すっかりどこかへ行ってしまい、頭も体もはっきりとしてくると、男のことが心配でたまらなくなってきた。
今日の宴には村人が大勢集まっていたので、普段なら誰かしらいるはずの道を走っていても、ろくに人影すら見えず、彼女はさらに不安になっていった。
その頃、男は目的の場所に到着していた。
昨日の一件で大分疲れているし、なんとも厄介ではあるが、このまま放って旅に出るわけにはいかんだろう。
フィーにも世話になったことだし、あの子が大事に思っているこの村で安全に暮らして欲しいからな。
多少手間取ったとしても、やはりなんとかしていかねば。
あまり能力のことについて広まるようなことは避けたいのだが・・・今回は仕方あるまい。
そう心に決めて、男はその家の入口にある垂れ幕に手をかけた。
「こんばんは。祈祷師さん」
「ああ、この間のおまえさんか。近所の噂で聞いたが、なんでも村の異変を解決したとか。皆が世話になったな」
「いや、大したことじゃない」
「そうかい?壺の毒が原因だと分かるなんて、なかなかのもんだよ。わしは、あれはてっきり流行り病か何かだと思っていたからな。毒の知識はどこかで学んだりしてたのかい?」
「いや、大したことはしていないし、毒のことも旅をする間に自然と知った程度のものだ」
この調子でこのまま色々探られては面倒だな・・・男はすぐに話を切り出した。
「今日は頼みたいことがあってきた。ここしばらくどうも身体がだるくて調子がおかしいようだから、脈を診てもらえないだろうか?」と男は尋ねた。
「調子がおかしいのかい。薬湯は効かなかったのじゃろか。どれ診せてみなさい」
男は祈祷師の前に座って左腕を差し出すと、祈祷師は両手で男の手に触れて脈をとろうと前かがみになった・・・その瞬間、男はもう片方の手の中に持っていた小瓶のコルク栓を指で弾き飛ばし、だらしなく開いていた祈祷師の口にめがけて瓶ごと押し付けて、中の黒い液体を口の中へぶちまけた。
「ぐっつ!」祈祷師は何か喋ろうとしていたが、男が小瓶の中身を最後まで飲ませようと瓶を口に強く押し込んでいたので、瓶が歯にカチカチと当たる音と、祈祷師の唸る音しか出ないありさまだった。
「どうだ、お前が処方した薬湯はいい効果がありそうか?」
中身が空になった瓶を振りながら男はそう言った。
「お前が私に処方した薬湯を全てまとめて煮詰めてみたのだが、
さて、どう作用するかな」
祈祷師は、その言葉を聞くと、目を見開いてギョッとした顔になった。
「お前、あの薬を・・・」
「そうだ。あんなおぞましいもの、私が全部飲むとでも思っていたのか。
村人は騙せても、私には通用しない。
呪いのかかった薬湯なんぞおぞましくて飲む気になるものか」
「そうか・・・呪いに気が付いたか。あれに気が付けるということは、お前は、やはり・・・」
「そうだ。能力者だ」
男がそう答えると、祈祷師は濁った声でグクッと笑った。
その瞳は、老人とは思えないほどに生命力が感じられて、まるで猛獣の様に恐ろしく重苦しい光を宿していたのだった。
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