REQUEST37 街道を北へ

 アリスが城郭都市ティエーリに住む俺を訪ねて来てから、五日後の朝。


 俺、コノエ、ハク、ルルフィ、そしてアリスは、四頭立ての豪奢な馬車で街道を北進していた。ヘルマンは御者席で手綱を握ってくれている。


 目指しているのはリオデルク共和国の首都アヴァロン。どうして首都に向かっているのかと言うと、まあその……久しぶりに実家に帰ることになってな。



「……はあ」



 気が重い。空を覆う分厚い灰色の雲は、まるで俺の心を映し出しているようだった。



「もう、ため息ばかりつかないでくださいよ。お兄様」

「家出した実家に向かってんだぞ。ため息ぐらい許してくれよ。……親父に会いたくねぇ」



 ぶっちゃけ俺はまだ心の準備ができていない。実家への帰省は多数決の暴力で決定した。

 アリスはまず俺以外(コノエとハクとルルフィ)を懐柔し、外堀を埋めることで完全勝利を手にした。恐ろしい妹である。


 ちなみに"アグラヴェイン"のことは、これから"アリス"と呼んでいくことにした。

 弟だろうが妹だろうが、俺がこいつの兄であることに変わりはないからな。



「……それよりアリス、そろそろハクをはなしてやれ。ぬいぐるみじゃないんだぞ」



 さすがに見ていられなくなり、俺は真向いの席に座るアリスに言う。

 ぎゅううぅぅっと抱きしめられているハクはぐったりしていた。



「あら、わたくしとしたことがつい」



 拘束の力が弱まった隙に、ハクは素早い動きで離脱を試みる。

 そしてハクはその勢いのまま、俺の右隣に座るルルフィに抱き着いた。



「ルル……っ」

「わっ」



 ルルフィの胸に顔を埋め、顔をスリスリしているハク。

 ちょっと羨ましいなと思い、その様子をこっそり眺めていると、



「なーに鼻の下を伸ばしてんのよ、この変態」



 俺の左隣、窓際の席に座るコノエにほっぺたをつねられた。いてぇ。



「団長……人前でそういうのはやめてください」



 恥ずかしそうにそっぽを向くルルフィ。あれ、その言い方だと二人きりの時は見てもいいってこと――



「そんなわけないでしょ! このバカ! バカガウェイン!」



 ガンッ。俺の顎に頭突きをしてきやがったコノエのせいで、一瞬、視界が揺れる。



「お、お前! 今どうやって俺の心を!?」

「わかりやすく顔に書いてあんのッ」

「え。何それこわい」

「言葉のあやよ!」



 俺に吠えるだけ吠えると、コノエは「ふんッ!」と座り直し、また窓の外を眺め始めた。のどかな田園風景が流れていく。



「なぁアリス、今日はどこまで行くんだ? さすがに山越えは厳しいよな」



 コノエの狐尻尾をモフモフしながら、手持無沙汰にしているアリスに尋ねた。どうだ羨ましいだろう。



「……今日は宿場町として有名な"ユ・ベルザ"に宿泊する予定です」



 数秒の沈黙の後、アリスは答えた。その視線は尻尾を撫でる俺の手に注がれている。

 にしても今日の目的地はユ・ベルザか。子どもの頃に家族旅行で行った以来だな。

 でも、



「思ったより進まないんだな。このペースだと昼過ぎには到着しちまうぞ」

「まあ急ぐ旅ではありませんし、何より――」



 アリスはそこで一拍おいて、握り拳を突き上げてこう言った。



「ユ・ベルザには美肌効果のある温泉がありますから!」



 あー、なるほどな。そういや昔っからこいつは温泉、というより風呂に入るのが好きだった。

 俺や家族には打ち明けられなかったんだろうけど、ずっと心は乙女だったのだろう。


 しかし、俺が家出してる間に何があったんだ? あの親父相手にカミングアウトするとか、考えただけで冷や汗が出てくる。こいつも勇気振り絞って頑張ったんだな。



「…………お兄様? 急になんですか」



 気づけば俺の手はアリスの頭に伸びていた。絹のような手ざわりの銀髪を優しく撫でる。



「いや、お前も立派になったなと思ってよ。嫌ならやめるが」

「別に、嫌なわけではありません……」



 お許しが出たので、会えなかった時間を埋めるように心をこめ、手を動かす。



「はいっ。終了です!」



 顔を赤くしたアリスが俺の手を払いのけた。



「まったく、朝早く起きてセットした髪が乱れてしまいましたわ。お兄様ったら撫で方が雑なんですから。昔はもっと上手でしたのに」



 どこからか手鏡を取り出し、ブツブツ言いながら手櫛で髪を整えるアリス。そんな彼女に俺は「すまん」と謝る。

 つい、コノエやハクを撫でる時みたいに撫でちまった。次からは気をつけないといけないな。



「みなさん、お茶にしませんか?」



 と、頃合いを見計らったように口を開けたのはルルフィだ。



「ハクさんごめんなさい。ちょっといいですか?」

「わかった」



 頷いたハクは、ルルフィの邪魔にならぬよう俺の膝の上に移動してきて、ちょこんと座る。



「ハクちゃんっ。お兄様ではなく、わたくしの方にきませんか? お菓子もありますよ」



 両手を広げて歓迎を示すアリス。それはもう文句のつけようがない笑顔だった。



「……いかない」



 しかし、ハクは首を横に振って断固拒否する。

 絶句したアリスの笑顔が凍りつく。

 これは仲良くなるまで時間がかかりそうだ。ドンマイ妹よ。



「では、準備しますね」



 一連のやり取りを微笑ましそうに見ていたルルフィが、紅茶を淹れようと立ち上がりかけた――その瞬間。



「きゃっ!?」



 快調に進んでいた馬車が急停止する。



「おっと、危なかったな」

「ルル、だいじょぶ……?」



 俺とハクは倒れかけたルルフィを受けとめる。



「は、はい。ありがとうございます」



 よかった。怪我もなさそうだ。



「……お嬢様、緊急事態です」



 小窓を開け、御者席からヘルマンが顔を覗かせる。



「どうしたのです?」



 アリスが問うと、ヘルマンは小声で答えた。



「……賊が現れました」




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うちのケモ耳幼女たちが強すぎるので傭兵団の未来は明るいです 源七 @genshichi_080_

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