第11話 翼なんかあってもしょうがないんだぜ

 あの後おでん原因説をタネ別に小一時間程熱弁してみたけど、残念ながらそれらもことごとく論破された。やりようはいくらでもあると思ったんだけどなあ、はんぺんに赤マムシ練り込むとか、餅巾着の中にヤバいクスリ仕込むとか。


『いずれにせよもうちょっと奥ゆかしくいきましょうよ。現状、七崎先輩は由華さんを可愛い後輩として愛でてくれてる感じだと思うし、今しばらくは猫被っとくのがベターな気がしますよ』

「別に私だってエロいことばっかり考えてるわけじゃないもん。奥ゆかしくもしおらしく、あやめ先輩と高校生らしいデートして純粋に楽しいこと共有したいって気持ちはあるの。買い物したり映画観に行ったり」

『由華さん』

「スイーツのお店行って、最後の楽しみに残しといたショートケーキのイチゴをあやめ先輩に食べられて拗ねてみたり」

『由華さん……』

「仕返しに回転寿司で先輩が注文した炙りサーモンのネタだけパクってみたり」

『由華さん?』

「イクラ軍艦の海苔だけ剥ぎ取って食べづらくしてみたり」

『由華さん! イタズラが可愛くない!』

「あはは。まあ最後のは冗談だけど、でも本当に普通の恋人同士がするようなことしたいんだよ。あの人とちょっと話してみたけどさ、まだ全然実体が掴めないんだよね。これから一緒に色んな体験して、色んな表情見て、色んな感情浴びて、好きな物も嫌いな物も知れるだけ知って、こんな時ああなるんだ、だから今度はこうしたら喜んでくれるかなみたいなことを分かっていきたいの」

『ふむ。由華さんやっぱり、七崎先輩に対する興味はあるんですね』

「あるねえ。いわば謎めいたギャルゲーのヒロインを攻略……」

『じゃ、それで充分だと思いますけどね』


 軽くなっていく私の舌先に重しを乗せるように、きぃちゃんの声のトーンが一段落ちた。


『相手を知りたいって感情、大事だと思うんすよ。言うじゃないですか、好きの反対は無関心だって。つまり裏を返せば、関心があるだけでもう好きってことなんすよ』

「ちょっと暴論だなあ」

『暴論でもなんでも、思い込むことが大事なんすよ。七崎先輩への思いが恋だの恋じゃないだのかったるいこと言ってましたけど、正直それで勝手に気疲れしてるのもアホらしくないですか? 今は七崎先輩と過ごす時間を楽しみましょうよ』


「……楽しむ、か」


 あ、そうか。それでいいんだ。

 この感情をどう呼ぶだとかそんな堅苦しい哲学、ほっぽっちゃえばいいんだ。 

 考えてみれば、愛だの恋だのなんてのは所詮昔の偉い人が作ったいち単語に過ぎない。そんなものが万人の心に渦巻く複雑な感情をいちいち正確に言い表せているわけがないじゃんか。

 少なくとも私は、そうやって誰かへの感情を自分の胸中で言語化しようとして、散々苦しんできたじゃんか。

 きぃちゃんに対しても。

 そして。


『ところで由華さんってハンバーグ寿司許せます?』

「あの物体は許すけど上に乗ってるものをハンバーグと呼ぶことは許さない」

『哲学的だ』


 うん、やめよ、考えるの。きぃちゃんの言う通り、ただあやめ先輩といる時間を楽しもう。


 だって、その方が、楽だし。


 ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ 


 その後はまた話があっち行ったりこっち行ったりして、結局私の恋愛云々が話頭に上ることはなかった。ドア越しに階下から聞こえた「由華、お母さんたち先に寝るからね」って声で、日付を跨いでいることに気づく。


「うわごめん、さすがに喋り過ぎたね。きぃちゃんももう寝ないと」

『いえいえ、由華さんとバカ話してんの死ぬ程楽しいんで。電話なんてもらったの久々なんで余計時間忘れちゃいました』

「こんなん話せるのきぃちゃんくらいしかいないもん。それになんだかんだ彼女持ちとしては私の先輩にあたるわけじゃん? その視点から色々アドバイス貰えればなと思って」

 

 結局九割関係ないこと話してたけどね、なんて冗談めかして電話切ろうとした矢先、きぃちゃんが『あ、そういうことか』って何かを合点した。私「そういうこと」が何を指してるのか一瞬よく分かんなくて、聞き返そうとして。


『彼女持ちってことで俺なんすね』


 先んじてきぃちゃんが答える。まだ意味が分かんなかった。


『気悪くしないでくださいよ。俺は由華さんに頼られて純粋に嬉しかったんですけど、でもなんで灯里じゃなくて俺に相談してきたんだろってちょっと疑問だったんです。そうか、確かに七崎先輩を攻略するって視点だと男目線でのアドバイスが必要なのか。なるほど、納得しました』


 うーんと、うーんと。

 やっぱバカだなこの子。


『でも、灯里と七崎先輩じゃまるっきりタイプ違うから参考になること言えませんよ』


 バカだな私。


「仰る通りひとつも参考になんなかったよ。あーあ、やっぱ灯里みたいなヤンキーと付き合うような物好きに相談するんじゃなかった」

『そのヤンキーの一番の親友が言うことじゃないっすよ。あれで可愛いところあるんすよあいつ』

「……ほう。可愛いところ」

『え?』

「え、じゃなくて言う流れでしょ灯里の可愛いところ。私のノロケ聞いてもらったお礼に聞いてあげるから十万字以内に纏めて簡潔に述べよ」

『いや、可愛いところってのは俺に対するノロケとかじゃなくて……ダメっす、由華さんには言うなって釘刺されてるんで』

「聞くまでこの電話切らないけど」

『……絶対秘密にしといてくださいよ。この電話もらう前に灯里ともちょっと通話してたんすけど、由華さんと七崎先輩がちょっといい感じになるかもみたいな話してる最中にあいついきなり泣き出して』

「え、なにそれ」


 もうその時点で後悔した。聞くんじゃなかった。


「おいおい私があやめ先輩とくっついたら寂しいってか」


 動揺を取り繕いながら、また必死におどけてみせる。人間失格って小説によると、お道化るって書くらしい。


『寂しいのもあるみたいだけど、やっぱ一番は嬉しいみたいっすよ』


 もっと後悔した。頭の中で私と同じ顔したピエロがケタケタ笑う。


『やっぱり女性同士って恋人というかパートナーというか、見つけるの大変だと思うんすよ。灯里はそこら辺で由華さんのこと凄く気にかけてたし、心配してる節もあったんで、いい人見つかってよかったーみたいな』

「……言ってた言ってた、嬉しいって。でもさ、全くもって成就する見込みもへったくれもないうちから嬉し泣きなんかする? これであっさりフラれたら形無しもいいとこじゃん、私」


 形無しもいいとこじゃん。


『だからなんとしても成就させるんすよ! 俺も灯里も全力で応援するんで、それでいつか七崎先輩と結婚式挙げましょう。んで灯里もっと泣かせましょうよ。あ、やべ、花嫁姿の由華さん想像したら、ちょっと俺まで』


 きぃちゃんが鼻をすする音が聞こえた。

 ほんとバカだこいつ。


 ほんっと。


「窓でも開けてんの? 風邪引くよ」

『あーダメっすね全開だ、閉めます閉めます』

「ったく、きぃちゃんも灯里も気早いし感情重すぎだって。なんで皆私の父親気取りなの」

『俺も灯里も好きなんすよ由華さんのこと。変な意味じゃなく、ただただ由華さんには幸せになって欲しいんす』

「沁みること言ってくれんじゃん。ま、私は私で頑張るからさ」


 その後に続けるべき常套句が、喉につっかえた。

 聞こえてるかレッドブル。こんな時に翼なんかあってもしょうがないんだぜ。


「だから」


 勉強机の端、黒を基調としたチープなパッケージの缶を引っ掴んでぐびっと呷る。もうとっくに炭酸なんか抜けきっちゃってるし、暖房の効いた部屋ですっかりぬるくなってたそれが、私の五体に奇跡的な力を染み渡らせた。


 だから言える。


「──きぃちゃんも、灯里と末永くお幸せに」




 サンキューミラクルエナジー。訴状は取り下げてあげる。



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