第7話 私達、これじゃ

 生徒会加入の手続きって聞いて最初は構えちゃったけど、なんてことはなかった。簡単な書類を書いて生徒会長と副会長、そして生徒会顧問の先生に承認印を貰い「これから共に頑張ろう」なんてお定まりの挨拶を頂戴して、終わり。

 こう、もうちょい生徒会役員のお歴々が私の加入の是非についてギロンフンキューケンケンゴーゴーして最後はあやめ先輩の鶴の一声で……みたいな展開期待してたんだけど。してないけど。


 かくしてサブ美化委員蓮本由華、初仕事。


「ええと、リストリスト……今日は月曜日なので第一校舎の、まず一階廊下の」

「床の清掃状況ね。目立つゴミがなければチェック入れて、そうそう……うふふ」


 うふふ、と来た。

 私だって口元に手を当てて笑うくらい出来るけど、うふふは無理だ。元号明治から代々続く乾物屋の娘がそんな笑い方出来るかってんだべらんめえ。

 てかなんで笑われた、私。


「いや、由華ってレ点でチェック入れるの下手だなって思って。こんなにはみ出す?」


 べらんめえ顔で凄んだ私に、あやめ先輩はかわすような笑みを返してきた。


「下手だと面白いですかべらんめえ」

「ううん、可愛いなって思っただけだよ。めえ」

「先輩は可愛いもの見ると笑うんですね。変」

「愛らしいものの不器用な仕草は笑っちゃうかな。変?」


 毒づいたつもりだったけど、そう嚙み砕いた言い方をされると理解出来なくもないのが悔しい。


「庇護欲っていうのかな、それとも母性愛? 守りたい対象がテキパキ要領よく万事卒なくこなしてるのはそれはそれで好ましいことなのかもしれないけど私の場合──」


 リスト確認。職員室前の掃除用具入れの整理整頓。ヨシ。


「ねえねえ、それもね、可愛いと思う」


 小走りで追いついてきたあやめ先輩は、私の手元にぶら下がっているトートバッグに目線を落とした。


「お昼休みから気になってたんだけどどうしてもその子の名前が思い出せなくて、授業中ずっと考えててようやく思い出したの。私もね、幼稚園の頃イーブイの喋るぬいぐるみ買ってもらったんだけど、それをずっと離さなかったらしくて、親に──」


 リスト確認。消火栓の前に障害物なし。ヨシ。


「ねえねえ、ヤドン好きなの?」

「……好きです。とても」


 めげないなこの人。いや、単にぞんざいに扱われると喜ぶ性格なだけなのかも。


「ピカチュウとかじゃなくて、ヤドンなんだね」

「先輩だってイーブイじゃないですか」

「イーブイはピカチュウ寄りじゃない。ヤドンは、なんか」

「ヤドンは尻尾が美味しいんです」

「尻尾、食べられるんだ」


 あやめ先輩、バッグの真ん中でぬぼーっと寝そべってるヤドンのイラストを薄目で睨みながらちょっと怪訝そうな顔する。


「……尻尾が美味しいから好きなの?」

「可愛いから好きなんです」


 結構きつめに言い放った勢いでチェックつけたら、またレ点が乱れた。


「うふふ」


 やりづら。


 ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ 


「第一校舎の三階って初めて来たかもしれません」

「用事ないと来ないよこんなとこ。でももうちょっとだよ、この階の見回り終わったら晴れて美化委員の初仕事完了。ね、簡単でしょ」

「まあ、難しいことはなかったですけど。でも、うん、なんか」


 季節は晩秋、十一月も末。時刻はまだ五時前だけど夕暮れは色濃く、校舎の窓から臨む湖の水面みなもあけに焦がしていた。

 溜め息にも似た私の声が校舎の壁に何度か反響して消えると、二人を静寂が包む。


「先輩が一刻も早くサブを補充したがった気持ち、分かる気がします」

「部活で使ってる教室もないからね、この階」


 言うだけ言って、あやめ先輩は私の背後に回る。


「いけ、ヤドン」

「誰がヤドンだ。そのダサいバッジで言うこと聞くと思うなよ」

「やだやだ言うこと聞いてよ。私駄目なの、オバケとかそういうの本当に」

「そんなの私だって同じ……」


 言いさして、私は自分の肩に置かれたあやめ先輩の手が微かに震えていることに気づく。振り返った先輩の笑みが引きつっていた。


「……先輩、それ本当にダメな人のやつじゃないですか。今までどうやってきたの」

「先月までは一人じゃなかったし、陽が落ちるのもこんなに早くなかったし」

「…………」

「うう……こ、今月分はちょっと、適当にチェックだけ入れて」

「はぁ。ダメですよ、こういうのおざなりにする企業は早晩潰れるってガイアの夜明けで言ってたんだから」

「はい」

「まあそれ言ってた社長の会社もう無いんですけど」

「はい」


 はいじゃなくて、笑うとこね今の。


「もう。私が先に行くんでついてきてください」

「はい」


 私が歩き出すと、先輩は肩に置いていた手を腰の辺りに回した。背中に先輩のどこかしらがくっついている感触がする。

 うん、頭だ。硬いし、一個しかないから、これは頭。


「歩きづらいんですけど」

「こっちの方が安心出来るんだもん」


 その安心と引き換えに私の心臓がどれだけ無駄な血流を送る羽目になってるか教えてやりたい。一生のうち、心臓が脈打つ回数って決まってるらしいじゃん。

 余程ひっぺがしてやろうかと思ったけど、私のお腹の前でがっしりと組まれた両腕がまた震えているんだから始末が悪い。


「先輩、私達これじゃ……いえ、なんでもないです」


 照れ隠しに「これじゃヤドランみたいですね」ってひとボケかましてみたかったけど、伝わらなかったらひどいのでやめといた。


「えーと三階生物準備室前の掃除用具入れ……」

「ゆ、由華」

「はい?」


「──わ、私達、これじゃヤドランみたいだね」


 怖いくせに、蚊の鳴くような声を戦慄わななかせて私を和ませようとしてくる。お腹の手、余程握り返してやろうかと思った。









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