第5話(前) ボニーとクライドは廊下にいる

 結論から言うと、私達の計画は失敗に終わった。


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 私、蓮本由華とその友人である三枝輝一は、五限の授業を受けさせてもらえずに一年A組の教室の外に立たされている。


「令和にも残ってたんだね、この文化」

「本当に面目ないっす、俺が不甲斐ないばっかりに」

「いや、きぃちゃんが謝ることないよ。悪いの私だし」


 教室に戻って、すぐ前の席のいがぐり頭にパン食べられずじまいだったことをぶーたれると、開口一番「俺が壁になるんで、授業中こっそり食べてください」って。最初はそんなはしたないこと出来ないって断ったけど、六限の体育で持久走をやることを鑑みるとエネルギーの補給は止むを得ない選択だったんだ。


渡辺先生ナベセンの授業で遅弁は難易度エクストリームでした」


 一番廊下側の一番後ろ。位置は悪くない、直接狙える距離。着席の号令と共に、私は身体をきぃちゃんの陰に隠して、くるみ風味パンを一心に貪った。でも、あまりに一心だったから、口ん中ぱっさぱさになってさ。


「由華さん、むせる時必ずオッサンのくしゃみみたいな音出しますよね」


 板書から振り返って、眉根寄せてこっち睨んできたナベセン。もうその時点で私が助からないのはほぼ確実だったんだけど、それでもきぃちゃんは必死に私を隠してくれたんだ。いやそりゃもう、桜木花道もかくやって感じのディフェンスで。


「せめてもう一口食べるまでの時間稼ぎって思ったんすけど、だめでした」


 晴れて共犯。ボニーとクライドは廊下にいる。


「ああいう時は私を見捨てるべきだと思うよ」

「え、でも俺『由華さんの壁になる』って言ったっす」

「いや、言ったけど。言ったけどさ」


 私、笑っちゃった。きぃちゃんは多分なんで笑われてるのか分かってないけど、私が笑うと嬉しいらしくて、つられるように笑う。


 そこには確かに愛がある。



 ♢  ♢  ♢  ♢

 


 私がを自覚したのは、だいたい二年前くらい前のことだ。


 中学二年生の十二月。目前にクリスマスを控え、誰と誰が付き合ってるだとか別れただとか、そういう話題がクラスのあちらこちらで花を咲かせていた。

 私は当時から呑気だとか鈍感だとかすかぽんたんだとか言われてたけど、放課後きぃちゃんに空き教室に呼び出された時はさすがに察したよね。

 男の子に告白されるのはその時が初めてじゃなかったんだけど、それまで私が斬り捨ててきた男共は、正直言ってあんまりピンとこなかったんだ。男の子に恋が出来ないのは単に周りに魅力的な人がいないからだって、そう思ってた。

 けど、きぃちゃんは違った。中学から同じで、クラスも二年間同じで、サッカーやってて、顔も頭もそこそこだけど何事にも真っ直ぐで誰にでも優しくて。

 何より、嘘がつけなくて。

 だから、その時きぃちゃんが私にだけ紡いでくれた、多分原稿用紙にすると五枚分くらいはある愛の言葉が凄く嬉しかった。凄く嬉しくて、私、今まで会ってきた男の子の中できぃちゃんのことがダントツで好きだったんだってその時改めて実感した。

 本当に、嬉しかったんだよ。

 でも。


『付き合ってください』


 かすりもしなかった。

 一番好きな男の子のその言葉、私の心にかすりもしなかったんだ。

 それはどうしてだろうって考えて、考えて。私は嘘ついても全然平気なタイプだから、適当な理由つけて断るのなんてどうってことないんだけど、嘘をつけないきぃちゃんに対してそれはあまりにも失礼すぎると思ったから。

 答えを二日探して、三日目に熱が出て学校休んで、ベッドの中でぼーっと考えてるうちに、段々気づいてきたんだ。

 私がきぃちゃんに対して抱いてる好きって感情は、限りなく大きな『愛』って名前の球体なんだって。私はその中にきっと恋があるはずだって信じたくて、信じようとして、球体をがりがりとかんなで削ってみたんだ。だけどどこにも、一片ひとひらの恋も見つけられなかったよ。

 ベッドの中で二日削り続けたそれはぼろぼろのばらばらに解体されて、わけ分かんないこけらくずの山になってた。どうやっても元には戻りそうもないその山を必死に心の中に押し込んで、終業式の日、私はこけた頬で三枝輝一と改めて対峙した。


『ごめんなさい。私、女の人しか好きになれない』


 世界で一番好きな男の子に告白されてなかったら、私、今でもこの答えに辿り着けてなかったと思う。

 きぃちゃんは凄く泣いて、凄く笑ってた。私、なんだかそれが堪らなく愛おしくて、抱き締めようとしたら「あんまり馬鹿にすんな」って突き飛ばされたんだ。

 突き飛ばされた瞬間に、私の心の球体は元通りになってた。なんなら、前より大きくなってた。


 ♢  ♢  ♢  ♢







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