年を越えて

 年が変わる。

 渚咲なぎさは、地上にいなかった。 




 日付が変わる瞬間に、出来るだけ高くジャンプする。冷静に考えたらくだらないこととは百も承知だったが、渚咲なぎさはやらずにはいられなかった。毎年のことだ。けれどいつか、そんなまやかしではなく、本当に初日の出を一緒に宇宙で見たい。はしゃぐ渚咲なぎさを横目でみる藤花とうかの志望先は工学部だった。千遥ちはるはまだ進路を決めてはいなかったが、とにかく二人の後を追うことだけは確定していた。


 年末最後の日は、三人で過ごした。毎年そうなのだが、過ごす場所はルーレットで決められ、今年は渚咲なぎさの家。星を見ようなんて話もあったが、生憎の曇り。紅白の代わりに、三人は部屋に籠ってYouTubeで宇宙に関する動画を見ることになった。ただ、LiSAの紅蓮華だけは聴こうということで、その時ばかりは下の階に降りて見ることにした。



「これ何のやつ?」

「今年流行ったじゃないですか」

「あー、『こうべれてつくばえ』ってやつ?」

「なんでそこだけ知ってるんですか」



 そんなことを話していると、頃合いを見て藤花とうかが年越しそばを作る。今年一年の厄災を断ち切ろう。そして、年を重ねていこう。そんな願いを込めて海老の天ぷらも乗せられていた。


 頬張りながら、今年の思い出を語る三人。特に盛り上がったのは、横須賀への旅。それから、藤花とうか渚咲なぎさに襲い掛かった事故。勝手において行かないでくださいよと、千遥ちはるは念を押す。ついてくりゃいいじゃんと軽口を叩く渚咲なぎさ藤花とうかは二人の応酬を見ながら溜息をこぼす。



「今度はどこ行く気なの?」

「うーん。レバノンとか?」

「……それ、本当にやっちゃいそうで怖いんだけど」

「パスポートも更新したしね!!」



 そのうち、渚咲なぎさのおじさんが血相を変えて部屋に飛び込んできた。話を聞くと、どうやら、渚咲なぎさのおばあちゃんが、初詣に行くと言って飛び出して行ってしまったらしい。外は寒く、ちょうど雪が降り出したところ。地面も凍結しているに違いない。足腰が悪くなってきたおばあちゃん。そんな中で歩けば、転倒する可能性が高い。



「連れ戻してくれん? 俺の言うことは、聞かぁせんだけぇ。渚咲なぎさの言うことなら、聞いてくれるけぇ」

億劫おっくぅー

「頼むけぇ……」



 まっ、しゃあない。私らも初詣行きますか。そんなノリで、コートを羽織る渚咲なぎさに、残りの二人もついて行くことにした。渚咲なぎさと彼女のおばあちゃんは本当によく似ている。



「じゃ、行ってきます」




 *****




 日付が変わる頃。最寄りの神社に、渚咲なぎさのおばあちゃんの姿があった。彼女の隣には、別のおばあちゃんが二人。渚咲なぎさ藤花とうか千遥ちはるの三人がついた頃、おばあさん一行はちょうど参拝を終えて帰るところだったので、すれ違うことになった。


 二人の琥珀アンバーの悪魔。

 二人の紫水晶アメジストの死神。

 二人の翠玉エメラルドの妖精。


 それぞれ、お互いによく知った人物。

 三人はいつかの三人だった。



「 「Hey, Demon」  「よっ、ばばぁ」 」

「 「………………」 「……分かってるよ」 」

「 「最高の先輩ね」 「自慢の先輩です」 」



 六人の手が上がる。そしてすれ違いざまに、お互いに手を重ね合う音だけが、空にこだました。もう大丈夫。逢えてよかった。楽園エデンにあったという、生命の実と知恵の実。夜明けロキシーは、生命ゾーイ叡智ソフィアを連れて、彼女たちの前に現れた。彼女たちに恐れるものはもう何も無かった。意志は時を越え、時代は引き継がれた。神に叛逆する術はもう彼女たちの手のなかにある。




 *****


 


 神の座を前にして、渚咲なぎさは、いつになく真剣な眼差しをしていた。祈りを込め、投げ入れられる五円玉。大きく二礼。馬鹿でかく柏手を二回響かせる。そして勢いよく一礼。



「今年が来ませんようにッ!!」

「なにその斬新な願い事? もう来てるんだけど」

「はぁ、つっかえ」

「理不尽すぎる」



 だってぇ、と渚咲なぎさは頬をぷぅっと膨らませた。新年最初から一体何事だろう? そんなことを考えていると、何かに思い至ったのか、千遥ちはるも苦々しい顔を浮かべた。



「今年は何もできん。どこも行けん」

「……」

「……」



 またこいつは、千遥ちはると二人っきりで、何か変なことが起こる未来を見せてもらったのか。藤花とうかは溜息を吐く。けれど、関係ないでしょ。時空を超えるあなたなら。連れてってよ。どこまでもついていくからさ。そう伝えると、渚咲なぎさは、瞳を琥珀に染めて、下手くそな笑いを浮かべるのであった。




「……キヒッ」




 行こう、夜明けの航海者。

 生命と叡智を乗せて。



 

 西暦2023年の世界げんざいへ。

 昭和四十一年、東京げんざいより。








 (完)

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昭和四十一年、東京より。 げこげこ天秤 @libra496

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