第2話 僕が浄化してあげる!

 一本杉は十字路にポツンと存在する。林から近くイリヤとよく歩いた場所だ。右手には廃棄された畑があり、背の高い雑草と低木が生い茂っていた。


 僕は幸福感に満たされ、薄暗くなるのも気にせず走っている。

 愛するイリヤにもうすぐ会えるのだ。

 飛んで帰りたい。




 やがて一本杉と交差する道が見えてくる。


 何やら黒い獣が群れている。

 僕だって冒険者の端くれだ。護身くらいならできるだろう。


 背中に回していた杖を手に取り、止め紐を解く。

 補助魔法を唱えて杖に頭をつけた。


 薄暮の中、淡い黄色い光が辺りに漂う。


「神の祝福よ、僕を照らしたまえ!」


 解放した魔法は、纏いつくように僕を包んでいった。

 全能感に酔いしれる。


「さて、掃除しないとね」


 攻撃魔法をプレキャストして獣のもとに走りだす。

 射程範囲に入った時。



 僕は魔法をさせてしまう。


「あ……」



 杖が転がって乾いた音が響きわたる。

 信じられない光景……。世界は色褪せ、時が緩やかに流れはじめる。



「イリヤ?」



 ゴブリン共が寄ってたかってイリヤを玩具にしていた。奴らは子孫繁栄と本能に導かれ僕のことなど見ていない。


 ただ子を成す行為に没頭している。



 僕の心は闇に染まる。あぁ、溢れ出る憎悪。憎い。憎い。

 風が吹き、草木が揺れる。黒い霧が、僕の心の奥底から湧いてくる。

 天を仰いで僕は声もなく口を歪める。声のかわりに呪詛が渦巻いていた。

 もう止まらない。あぁ、止めたくないんだ。


「うあぁぁぁぁ!」



 何かが切れた。弾けてとんだ。


 魔法回路が波紋のように広がっていく。心臓は過度に脈打ち胸が張り裂けそうだ。

 世界が変わる。視野が、感覚が、知性が限界を超える。


 覚醒した。覚醒したのだ!

 僕でもそれはわかった。

 僕は理性を代償に覚醒した。もう戻れない。


 現実は残酷だった。だが、ねじ切れた僕には関係ない。

 あぁ、理性がこぼれていく。



 目の前でイリヤが慰み者になっている。

 いやあれはイリヤじゃない。


 ウエーブのかかった艶やかなピンクブロンドの髪。今朝着ていたベージュのワンピースが手前に落ち、破られぼろ布のよう。


 その女は襲われながら僕を見て手を伸ばす。

 イリヤ? 


 いや、あれは他人だ。見知らぬ女だ!


 僕は手を伸ばしかけて、逆手で引き戻す。認めない。認めるもんか!


 彼女の瞳、藍色の瞳は涙にぬれている。

 流れる落ちる涙。

 落涙!


 あぁ、その瞳の色、泣きぼくろ。

 ぷっくりとした唇は汚されていた。獣によって。


 違う、イリヤじゃない!

 イリヤじゃない。

 イリヤ……。



 闇が僕の周囲を覆いつくす。

 羽音が聞こえる。


 ハエだ! 頭の中にハエが飛んでいる。どうやって追い払えばいい?


「知るかそんなこと!」


 僕は頭を掻きむしる。頭皮は爪で裂け、鮮血が目に流れ込む。


 ハエめ居なくなれ。あぁ、うるさい。うるさい。


 耳元に子バエアベルが止まり告げ口する。


「なんでイリヤはここを通ったの? クシシシシ」

「僕を捨てた奴らに会いに行った帰り道……」


 そうだ!

 あぁ、やっとわかったよ!


 僕を捨てた奴らが悪いんだね。


 やっとわかった。

 僕には復讐する権利がある。奴らは狩るべき賞金首だ。首を刈って腰に吊るそう。


 それは僕とイリヤのトロフィー!


 杖はどこだ。

 あった、握らなければ。


 イリヤ一緒に帰ろうね。その前に僕を邪魔する奴らは刻んであげる。

 愛しいイリヤ。すぐ行くからね。



「貴様ら喰らえ!!」



 杖を横に構えて前に突きだす。左手を添え掌を獣に向けて開いた。

 力の限り指先を逸らし、魔力を掌に集める。


「集えよ風。風よ集え。集えよ嵐。風よ嵐よ。地獄より出でよ!」


 目を大きく見開き絶叫する。 


「ウインドォォォォォーッ!」


 渦巻け。薙ぎ払え。切り刻め。剃刀の如く!

 口から歯を剥きだし吠えた。


「カッタァァァァァァァァァーッ!!」


 暴風が吹き荒れ、僕のローブをたなびかせる。腰の革ベルトの金具が鳴っていた。

 三日月のような風の刃がみるみるうちに育っていく。


「遂にぃぃぃっ……解放だぁぁぁぁ!」


 竜巻が巻き起こり刃は飛んでいく。旋回しながら獲物を切り刻む。


 次だ!


「ウインドカッターッ!!」

「ウインドカッターッ!!」

「ウインドカッターッ!!」

「ウインドカッターッ!!」

「ウインドカッターッ!!」

「ウインドカッターッ!!」「ウインドカッターッ!!」


「いひひひ!! 死ね! 死ね! ハワード、エミリア、グレイ、キャシー」

「許さない! 絶対に許さない! 僕は許さない!」




 僕はゴミ共を細切れにして踏みにじり、イリヤをエスコートして家に帰った。

 僕は浴室でイリヤを綺麗にして服を着せる。


「綺麗だよイリヤ。愛している。結婚してくれないかい?」


 僕は穢れた女の首に手をやり、絞めあげて楽にしてあげた。

 死せるイリヤの頭は重力に従い揺れうごく。


「ありがとうイリヤ。僕たちは決して離れることはない。離れられない!」



 さあぁぁぁ! ハネムーン復讐に行こう。


 待っていてね君達、イリヤが合いたいって。

 さあ、いこうね。



「イリヤァァァァ!!」

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首狩りアベルはフラグを折れない~補助魔術師の追放、それは狂騒劇の開幕~ 楠嶺れい @GranadaRosso

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