首狩りアベルはフラグを折れない~補助魔術師の追放、それは狂騒劇の開幕~

楠嶺れい

第1話 君さえいれば

 冒険者になるため生まれ故郷を後にした僕たちは、この町リーズシャドウに流されてきた。町外れに丘があり初心者冒険者には適した場所と言われている。僕の名はアベル、冒険者としては中級ランクで補助魔術師をしている。いや、していた。 


 僕は狩りを終え、雑木林を抜けて草原に出た。山から吹き下ろす風が首元を通り過ぎていく。心細くなり目を細めて夕日を眺める。

 血のように赤い太陽が僕を睨んでいる。

 なぜ見つめるの。こんな僕を。


 夕焼けが眩しく僕は視線を彷徨わせる。上空の雲は夕焼けに焼かれたようにオレンジ色だった。紺とオレンジ色に染まる雲。コントラストは美しい。

 これから晩秋を迎えようとする空は高く、斜陽を嘲笑うように星々が輝きだす。


 気温は下がってきて肌寒く、僕は震えながら盛大にため息をつく。


 あぁ、職を失ってしまった。僕は居場所を失ったのだ。

 夢も希望もない。


 煌めく星は残酷だ。僕に努力が足りなかったこと、向上心がなかったことを知っている。

 星よ僕を照らすな。夕日よ僕の前から消えてくれ。

 明日からどうやって過ごせばいいのか。


 わからない。何が悪かったのか。

 いつ間違えたのか。


 焦りは僕の心を焦がしていく。

 僕の犯した罪は何?



 僕は幼馴染たちと強い絆で結ばれていると思っていた。それなのに、長年在籍していたパーティーから追放された。ハワード、エミリア、グレイにキャシー、僕は仲間だと思ってた。もしかして、それはすべては幻想だったの?


 後悔と先行きの見えない不安から、イリヤの家に足早に向かう。僕は幼馴染のイリヤの家に居候している。

 今の状態は何とも情けない。でも、受け入れるしかない。


 僕とイリヤの関係は幼馴染にあたり、幼いころから付き合いがあった。僕はいつしかイリヤを意識して、君に恋するようになる。必然の流れだったと思う。

 本来なら告白するタイミングなのに怖気づいてしまう。断られることを恐れて告白できなかったのだ。僕はどうしようもない意気地なし。



 成人を迎えた僕らは就職のため、仲良くこの町に越してきた。

 そして君はさらに美しくなる。

 輝く宝石のように。


 あぁ、愛しのイリヤ!


 失意の中、すべてを失い、路頭に迷った時、君は手を差し伸べてくれた。

 幻想なんかじゃない、僕は君に救われたんだ。間違いなく。

 君は僕にとってかけがえのない人になる。


 君は魂の灯火!

 胸の内には優しく笑いかける君がいる。



 ♢♢ ♦ ♢♢



――それは昨日のこと。


 僕が追放されて行くあてもなく彷徨っていたとき、イリヤ、君は何も言わず迎え入れてくれた。

 涙で薄汚れた顔を優しく拭いてくれ、微笑みながら抱きしめてくれた。僕は君の暖かい胸に顔をうずめ、泣いて夜を明かした。君は柔らかく暖かい。

 君の清らかな心が僕の魂を癒した。君の温かさで僕は救われたんだ。


 君は優しく笑い。子守唄を唄う。僕の瞳から目を離さず。


 明け方の空に君の鼓動と君の織り成す旋律が舞っていた。

 君さえいればそれでいい。


 幼児退行と笑われても気にしない。

 僕は君に抱かれて救われた。君がいなければ生きていけない。


 イリヤ、もう隠さないよ。

 僕は君のことが好きだ。愛してる。


 これは気の迷いじゃない。迷いなんかじゃない。

 僕は君に抱かれて微睡まどろんでいく。


 心地よい夢……。

 それは浄化の波だった。




 昼前になって目覚めると、イリヤ、君が僕に気づき駆けてくる。君は僕の背中に手をまわし、横に座って距離を詰めてくる。

 僕は彼女の袖先を握って引き寄せながら手をつなぐ。君は頬を上気させ恥ずかしそうに俯いて顔を隠した。

 気がつくと涙が溢れ出て止まらない。

 嗚咽がとまらず、ぼろぼろと涙が零れ落ちる。

 

 このままではダメになる。

 傍にいると、君に溺れてしまう。

 君の優しさに、つい縋りたくなってしまうんだ。


「アベル聞いて。私がハワードに掛け合って来る。貴方の追放を取り消してもらう」


 イリヤは決心したかのように僕の眼をじっと見つめて言い切った。

 嬉しいけど、僕はパーティーに戻りたいわけじゃない。


「い、いいんだ。君さえいてくれたら何もいらない!」

「だめよ。任せてアベル。悪いようにしないわ」


 イリヤは一度言いだすと何を言っても聞く耳を持たない。

 幼馴染だからよく知っている。


 僕はイリヤの手をぎゅっと握って微笑んだ。


「わかったよ。ありがとう」


 イリヤは照れくさそうに微かに笑った。伏し目がちの君は可愛らしい。

 僕の鼓動は早くなる。


 僕は決心した。交渉の結果なんてどうでもいい、僕は君にプロポーズするんだ。

 今夜こそ告白するね。愛しいイリヤ。



 ♢♢ ♦ ♢♢



 秋風が僕の頬をすり抜け、現実に戻された。


 僕は高揚感に包まれ走り出す。

 君に会いたい。


 全力で小道を掛け抜ける。風が僕をアシストしてくれる。

 彼女の笑顔が脳裏に浮かんだ。


 待っていてイリヤ。

 もうすぐ帰るから。愛しい君のもとに。




 十字路、一本杉に差し掛かった時、草むらにがいた。

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