#52 乖離

 心と体は乖離することなく、欠けることなく私は元の感情を取り戻しつつあった。

 それが良いことなのかはっきりとは分からないが、いつもの調子に戻ったということは、あの考えるという行為に意味があったのではないか?と考えるのが自然だろう。

 自然ではあるが、それでも自分を度し難いもののように扱うのはつらくもありからくもある。酢いも甘いもってやつだ。

 そんな私なら死ねばよかったのかと考える。

 何でまたこんなことをなんて思ってしまうのはだめだろうか。


「あの首が気がかりだったが、本当に牙を剥いてくるとは思いもよらなかった」


 そんな独白をするぐらいには心はズタボロで、裸でボロ切れを纏っているような状態になっている。

 はは、これが私にお似合いの心か。

 だったらいっそ死ねばいいのにな、私。

 くそでばかな思考回路は止めることを知らない。

 本当にお粗末な心だよ、私は。

 また刺客が現れる。

 本当に勘弁してほしいものだよ……本当になぁ!


「デスサイズ……というものだ。前回のあいつはうまくいかなかったようだけど、死神の名を冠するこの私を……止めることなどできない」


 大振りの鎌を携えて、こちらを真に見据えてくる敵と会うのを楽しみにしていない……と言ったら嘘になる。

 邪神としての本能が、この狂人を借り尽くせと命令してくる。

 この戦いにこそが意味を見出していいものだと自覚する。

 これが私の生まれ出る意味であるかのように、奴を殺せと私の本能が命令する。

 そんなに殺せと命令するなら、仕方がないことだよなぁ?

 これが私の全てならば、全霊を持って叩き折ってやらないとなぁ。

 No.sでは埒が開かないと思ったのか、汎用性の高い戦闘に特化した狂人を投入し出してきたということは、私の力を認めた証拠か、それとも別の思惑があってのことなのか。


「手加減などできないから、一瞬で肩がつくモノだと思えよ、狂人」


「端から準備などできている。私は……戦闘用の殺戮兵器であるならば……その使命を全うする……のみ」


 激しい剣戟が宙を舞い、辺り一体を粉微塵にしていく。これこそが戦いに塗れた、闘争こそが私の生きる意味だと決定付けるような戦い。

 これが世界から与えられた邪神の存在意義であるかのように、戦いは加速する。

 すべからく狂人は皆殺しだ。

 これが私の意思じゃないとして何とする?

 これは私のための戦い。

 私を私たらしめる戦い。

 本当にお膳立てのうまい女神だ。お膳立てがうま過ぎて嫉妬してしまいそうだよ。

 全てに嫉妬して狂ってしまいそうな、橋姫と似たような感覚になるな。

 パルってきそうだよ……本当にねっ!


「《邪神特攻ゴットキリング:死鎌デスサイズヘル!!!」


 大きな鎌が更に大きくなってから、私の首を狙いとる。

 体を伸縮性のあるものにしてそれを回避しつつ次は鎌の破壊を狙っていく。

 硬化性のあるものに体を変化させ鎌に思い切りアタックするが、流石に戦闘特化狂人というべきか、鎌には傷一つもついていない。

 商売道具がそう簡単に壊れてしまっては、意味のないものだろう。

 全てを無に帰す本当の技を見せてやろう…………異空間を作り出してから、そこで武器を取り出す。

 今まであまり使ってこなかった武器を用いての戦闘は久しぶり過ぎて感覚があまりないかもしれないが、それでもこの鎌をへし折ったら強さは激減するだろう。


「(取り出してるは惨憺たる水流の血の輝きの如き真剣。全てを無に帰す……洗い流す清浄の神器水分神《ゴッデス:あめのみくまり》!!」


 清浄の青き刃をその身に喰らえば、一撃必殺は免れず、全てを無に、全てを洗うこの刃を喰らってまともに生きていたらそれは最早神すらも凌ぐだろう。

 しかし、そんな未来は訪れない。

 訪れようにもしない。

 お前に明日はない。今ここで死ぬのだから、明日など来ずに今日で終わる。

 さらば狂人。ここがお前の墓場だ。

 首と鎌を同時に切り落とすと、肺のようになって消えるデスサイズ。

 何の言葉を吐くこともなく、その場に粉塵となって消え失せる。

 風が吹き荒れると、ここにそんな存在が居たとさえ知覚できなくなる。

 武人のような男だった。

 最後まで諦めず、言葉を残すことなく去っていく。

 そんな武人嫌いではないよ。

 でも、好きでもないかな。

 どんどんと乖離していく日常に拍車をかけるように畳み掛けてくる狂人の群れ。

 これこそが非日常であり、これこそが乖離と呼ばずして何と言おうか。

 ははは、私はもう本当に心の底から邪神だということなのだろう。

 暗雲立ち込める空気は、いつになったら正常なものに戻っていくのか、女神にすら判別はつかず、邪神にすらも判断を下すのは難しいだろう。

 こんなにも世界は美しいのに戦いは止むことを知らないというのが、またまたどうして皮肉なものか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

転生したら魔力させられました 邑真津永世 @muramatsueise117

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ