第54話 追加EP  風雅、出産に立ち会う。

 萌咲の二度目の出産、未来ちゃんの次の出産です。



 きゅうう~というお腹が引き絞られるような感覚。


 あ、来たな、と萌咲は思った。

 予定日より二日早い。時計を見ると午前十一時。もうすぐお昼の時間だ。

 今、萌咲達は二区の小屋に来ている。萌咲は未来とさやえんどうのスジを取っていた。


“みーちゃん、お腹すいた?”


 未来は“んー”と首をかしげる。


おやつを食べてからまだそんなに経ってないからお腹はすいていないか。でもオーダライ家に戻っていろいろ準備をしなきゃいけないし今のうちに何か食べておきたいし。今夜は未来をトモに預けるのでいろいろ打ち合わせもある。


“風芽さん、陣痛が始まったみたいです”


 椅子に座って何かスクリーンを見ていた風芽に声をかける。

 一瞬無言になった風芽だったがいきなり通信機のスイッチを押した。実家かドクターに連絡をしようとしてるのだろう。


“あ、でもまだまだだと思いますよ。陣痛の間隔空いてるので”


“あ、ドクターか?始まったらしい。すぐ来てくれるか”


 だからまだ早いって。


“え?何分間隔?待て、今聞く。こっちから行った方がいいか”


 風芽には珍しく声が上ずっている。

 萌咲は台所に向かうと冷蔵庫を開けて食べ物を探した。

 作り置きのスープがあったはず。


“萌咲、帰るぞ”


 いやいやいや、まだ早いから。


 スープを温めながら萌咲は


“風芽さん、落ち着いてください。まだしばらくかかりますから”


“大丈夫なのか”


“私もよくわかりませんけど、そんなに切羽詰まった感じじゃないので”


“そんな、適当な”


“お腹がすいてるんです。お昼には少し早いけど、今のうちに食べておかないと。風芽さんも食べましょう。その後家の片づけをしてからでも十分間に合いますって”


 未来の出産のとき風芽が萌咲の傍に居られたのはほんの短い間だった。未来が生まれたのを確認した途端、分娩室から出て逃げるようにその場を離れなければならなかった。だから今回が風芽にとっては初の出産立ち合いになる。


 焦る風芽をなだめて萌咲は昼食の後片付けをして、小屋の整頓をする。


 オーダライの屋敷に入るとサカキはすでに到着していて分娩の準備はとっくに出来ていた。


 ‟今回はもう一人、医師を立ち会わせてもよいと言ってくださったので連れてきました”


 イトーと名乗る若い医師がお辞儀をする。その顔には緊張がある。萌咲は努めて笑顔を作り


 ‟よろしくお願いします”


 とお辞儀を返した。





“うぅ~~!!ふっふっふ”


 萌咲は汗びっしょりになる。風芽の手を握るその力はすさまじい。普段の萌咲からは想像もできない力だ。


 そんなに痛いのか、苦しいのか?


 風芽も軍人だから痛みも知っているしそれに耐える経験もしたことはある。だが萌咲のように痛むのが分かっていて敢えてその痛みを受け入れようとするその感覚が理解できない。萌咲は軽くリラックスできるガスを吸入している他は鎮痛剤を使っていない。


 陣痛の合間、萌咲がぐったりと頭を枕に落として目を瞑る。


“!”


 フーガが息を止める。そして萌咲の顔を凝視した。


‟萌咲、萌咲!しっかりしろ!”


 気を失ったのか?


 慌てて肩を揺する。


“フ、フーガ様”


 サカキが恐る恐る風芽を止めよとする。

 その時萌咲がギッと目を開き


“静かにして。休ませて”


 と言ってまた目を閉じた。


 ‟…”


 ‟…”


 少ししてまた陣痛が始まる。

 いつまで続くかしれない痛みが引いては寄せて繰り返される。

 その度に風芽はおろおろと萌咲の手を握っては立ったり座ったりしていた。




 隣の部屋ではオーダライの家族が待機していた。そこに風芽がふらりと入ってきた。

 皆が一斉に彼の顔を見る。


“どうした”


“生まれたのか”


“…”


 蒼白な顔を手で覆う風芽を見て皆動揺した。


 まさか萌咲になにか?


 だが、後ろからついて来たサクが


“あの、赤ちゃんの頭が見えてきたのですが、それを見てフーガ様の気分が悪くなられたのでこちらで休むように、と”


 ‟萌咲に追い出された…”


 風芽がぼそっといいソファーに倒れこんだ。


 ‟…”


 ‟先ほどマリエ様が到着されたのでモエ様についていてくださいます”


 サクが付け足してまた分娩室に戻って行った。



 風芽の顔色が戻ったころ、そろそろだと、サクが呼びに来た。


“大丈夫?僕が代わりに行こうか?”


 コーキがにこにこして自分を指さす。


 ‟いや、俺が行く…”


 風芽が立ち上がった。部屋に入った瞬間、あわただしい空気に満ちていた。


 ‟生まれました!”


 ナースがタオルにくるんだ物体を抱えて保温器の方へ向かう。そこへサクも行き共に何か作業をしている。サカキはまだ萌咲の足の方から離れない。


“ふ、がさん”


 萌咲が手を伸ばす。慌ててその手を握った時またギューッと握られた。


“モエ様!もう一息です!”


 萌咲がいきむ。


 双子

 そうだ、双子がお腹にいたのだ。


 萌咲の手を握りつつ視線を足の方へやる。


“ああ!”


 サカキが真剣な面持ちで両手を伸ばした。


“モエ様、頑張りましたね、生まれましたよ”


 サカキが風芽をみて頷く。萌咲の手をそっと放してそちらに寄っていく。


 ‟へその緒を切られますか?”


 何を言われているのかわからないまま頷くと鋏を手渡された。その後の事はあまり覚えていない。感動的な出来事だったのだろうがあまり思い出したくないのが正直なところだ。萌咲には言えないが。


 泣き声の二重奏を聞いて萌咲がほっとしたように大きく息をついた。

 体をきれいにされた赤ん坊の一人を萌咲が抱き、もう一人を風芽が抱く。


‟翔と芽衣”


 ようやく落ち着きを取りもどした風芽がぽつりと言った。


“ふにゃふにゃだ”


 あまりにも柔らかく軽く心もとない。そして、皺くちゃだ。

 未来が生まれた時にコーキがなんだか失礼なことを言ったようだが今ならその気持ちがわかる。

 そんなことを考えながら茹で上がったばかりの赤ん坊の顔を見ていたら、萌咲がジトっとこっちを見ていた。

 考えを見透かされたらしい。


 ‟萌咲、よく頑張った。ありがとう”


 ここは、ねぎらっておかねば。


 女についてよく知る前に母というものについて学んだ風芽は愛と尊敬と怖れを込めて萌咲に口づけした。


 初めてわが子の出産に立ち会った風芽は大事を成し遂げた余韻に浸った。

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「ハズレ」天女のお騒がせな恋 有間ジロ― @arimajirou691

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