断章① きみと出会った、時のこと。
【──それは、晴天と雨天が交互に訪れる日が十日程続いた、ある雨の朝のことだった。
雨を司るのは龍神様のお役目だから、きっとまだなりたての龍神様なんだろう。村の老人たちはそうからからと笑っていたが、納得がいかない。何をどう考えたら一日置きに雨を降らせようと思うのか。しかも昨日は雨だったろう。だから朝に散歩に出たと云うのに、なぜ今日も雨が降り始める? 下手くそか? 龍神に向いてない。やめた方がいい。
(龍神に会えるなら、そう言ってやるんだが)
枝葉の下で雨を凌ぎながら雨空を睨んでいれば──
「きゃあああ!?」
「は……?」
人が、空から落ちてきた。
落ちて、そのまま勢いよく水柱を上げながら川へと突っ込んだその人影は、ややあって川縁へと上がってきた。絶対に死んだと思ったが。無視するか助けるかをぼんやりと悩んでいれば、女の細腕であることに気づき、仕方なしに腰を上げる。
「──大丈夫か?」
「はぁああ……落ちた……ありがとうございます」
「見事な落ちっぷりだったな」
木にでも登っていたのだろうか。雨の中、酔狂なものだ。
助けた娘は、不思議な色合いの娘だった。川に落ちたのだから全身がずぶ濡れなのは当然だったが、黒いはずの髪は光を受けては時折真水色に透けて、瞳は水面のように凪いでいた。
「──……」
言葉が、出なかったのは見惚れていたからだと、自覚するより先に娘が声を上げる。
「雨は、好き?」
「……え?」
唐突な質問の意味がわからずに首を傾ければ、娘は聞こえなかったと思ったのか言葉を繰り返した。
「雨」
「雨……は、別に普通」
「普通……」
「濡れるからな──まぁ、全く降らないのは作物が育たないから困るから、感謝はしているよ」
しょん……とうつむいていた娘は、続いたその言葉にはにかんだ。そのまま、くしゃみをひとつふたつ。
「……ほら、乗れ。家まで送る」
背中を向けてしゃがみ込めば、娘は慌てたように首を横に振った。髪の先から水の雫が飛んで冷たいからやめてもらいたい。
「あ……歩けます! あなたも濡れますし」
「裸足でか?」
「あー……あ! それ、貸してください!」
「俺の草履を……?」
天真爛漫なその厚かましさに、思わず笑ってしまう。肩を震わせていれば、娘は不思議そうに首を傾けていた。笑われている理由──以前に、恐らくは自分が笑われているとは気づいていない。
「──どうぞ」
「ありがとう!」
草履を脱いで渡してやれば、娘はいそいそと裸足の足に草履を履いた。わかってはいたが娘の足にその草履はだいぶ大きく、転ぶのではないかと見ていて不安になる。ため息をついてその腕を取れば、娘はよたついた足取りながら草履を飛ばさないように気をつけつつ歩き始めた。
「どこの家の子だ? 初めて見る顔だな。名前は?」
木に登って川に落ちるなんてお転婆娘、この狭い島の中で話題に上がらない訳はないんだが。そんなことをつらつらと考えながら娘の歩幅に合わせてゆっくりと歩いていたが、娘からの返答はない。不思議に思い首を傾げながら振り返れば、目の合った娘は困ったように小さく笑った】
──きみと出会った時のこと。
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