第二章 古墨の獣が鳴いた夜 夜明けに見つけた互いの名④
。──これは、墨の獣が役目だよ──。
人の歩ける道を逸れて、木々の連なる獣道に入る。月は明るいが枝葉が覆い繁っているせいで視界が悪い。蔦の多い地面に足を取られ舌打ちしながら子どもを探して目を凝らして、ようやっと見えたのは──
「っ、なんで来た!? 戻れ!!」
──何か大きな影にのし掛かられ、地面に押さえつけられる子どもの姿だった。
「……っ」
(なに、なんだ、野犬……!?)
狼の類いはこの島にはいない。海に囲まれた孤島故、外来種の侵入・繁殖と云う現象が起こりにくいのだ。そも野犬すら、よすがは山で見たことはないのだけれど。
思わず言葉をなくしていたよすがだったが、影が大きく動いたことに因って我に返った。
子どもはもがくが、前足で腕を、下半身を下肢で押さえ込まれており抜け出すことは叶わない。子どもの頭目掛け開かれたものが口だと気づけば、その鋭すぎる大きな牙が奮われる寸前──
「ッやめろ!」
──ギャ!
適当に拾い上げた木の棒で野犬の首根っこを叩けば、野犬は悲鳴を上げてその体躯を震わせた。
拘束が緩んだのだろう、すかさず子どもが野犬の腹を蹴り上げて五尺程先へと飛ばした。
うめきながら上体を起こした子どもの側で膝を折れば、子どもの着物が破れ頬からは血が滲んでいるのが見て取れた。
「大丈夫……?!」
「平気だ──それより、僕は戻れと言ったはずだが? 大体、夜道をひとりでふらふらするな」
「きみがいないから……」
「すぐ戻るつもりだったんだ」
野犬は、横たわったまま動かない。死んではいないはずだが、すぐに動く様子もない。その安堵からか、よすがと子どもはすぐに逃げることなくその場で軽口を交わし合った。平気だとは言ったものの、子どもも疲れていたのだ。
──と。
横たわる野犬の前足が、ぴくりと動いた。ふたりは気づかない。野犬は起き上がることなく視線だけでよすがと子どもを睨めつけ、不意に口をもごもごと揺らした。そして、
「──っ!?」
耳をつんざく咆哮が、二度、三度。
「え、何……?」
「下がれ」
不安げなよすがを背に庇う子どもの手には、いつの間にか件の短刀がしっかと握られている。
野犬が吠える度、木々がひどくざわめいた。ざわめいて、揺れて、──溶けて。溶けた枝葉は黒い煤けた繊維となってほろほろと野犬の身の上へと落ちた。
(……吸い、込まれてる……?)
どんどんと枝葉が崩れ、やがて空が覗いた。強制的に拓けた空間から、作り物染みた月の明かりが地を照らす。一瞬その明るさに気を取られ瞳を眇めたよすがが視線を戻した時──
一際明るいその場所に、墨色の獣が立っていた。
「え……?」
四つ足の、獣であることに間違いはなかった。後ろ足が前足の倍以上あり、爪は地面に食い込む程に長い。獣の身体は子どもはおろか、よすがと同等に見えた。
そして何より、特筆すべきは──
(……っあの、毛は、なに……っ!?)
身体を覆う毛は長く──まるで流れるような墨色だった。色だけでなく、筆で描いたかのような質感と、力強さ。
水墨画から溢れ出てきたような迫力と、相反する無機質な拍動。墨色の眼からは、おおよそ生命力と云うものが感じられず──思わず呼吸を震わせていたよすがの耳に、子どもの硬い声が届いた。
「──この夜も、畑の作物も、あの獣が原因だ」
「え……?」
「同じ臭いがする。すえた、松の臭いだ」
「松……? あ、墨のこと?」
──その時。
『──まるでそれは、墨で出来た獣でした。
狼のように鋭い爪で、虎のような大きな牙で、真っ黒の毛はさらさらと流れる墨汁のようで。
それはこの世界の、獣ではありません』
その時ふっと脳裏におりたのは、よすがの知らない誰かの言葉。
先のような曖昧な何かではなくて、はっきりとした、けれど優しい、声。
『それは
男の、大人の声ということだけがわかる。けれど、その声の主をよすがは知らない。記憶に、ない。
(──誰の、声……?)
「ッおい!ぼんやりするな! 逃げるぞ」
「ッあ、うん……!」
知らず胸元をきつく握っていたよすがは、子どもにその腕を取られた。頷くと同時に子どもはよすがの手を握ったまま走り出して、必死にその背中を追う。
「この島にはあんな獣がいるのか!?」
「よすがは、初めて見た、けど…っ!」
子どもの怒号──ざわざわと、いつからか枝葉が喧しくなったせいで大きな声を出さないと聞こえづらいのだ──に、よすがは首を横に振った。
基本が日陰の獣道は足元が悪い。よすがが転びかける度に子どもは腕を引いてやり、ふたりは必死に足を止めないがやはり獣の足は速い。
手を引いて走るよりも完全に抱え上げて逃げた方がいいと判断した子どもが僅かに速度を落としよすがを振り返った瞬間──
「──っ!?」
子どもが、膝を折った。
「うわ、鳴き声すご……っ、どうしたの!?」
獣の咆哮。先のものとは、おそらく意味合いが違う。重苦しい程に低く、大きく大地を揺らした唸りは子どもにひどい耳鳴りと突き刺すような頭の痛みを与えた。それこそ、立っていられない程。
──僕にしか、効いてないのか……?
心配そうに子どもの顔を覗き込むよすがに、子どもが感じているような痛みは見受けられない。
──狙いは、徹頭徹尾僕か……。
どうする? よすがだけ先に逃がすか。耳鳴りに思考を分散される中、よすがの背を叩こうとした子どもの身体はしかし、
ふわりと空に浮いた。
「──……!」
「掴まってて!」
「……お、前」
よすがに抱え上げられた途端、鳴り響いていた耳鳴りがぴたりと止んだ。ほぅ、と知らず息が漏れる。苦痛に震えていた指は、思わずよすがの羽織を掴んだ。
けれども、よすがが走り出して数歩──視界が反転する。
「っ、ごめ、怪我してない!?」
「……」
ふたりして地面に倒れ込んだが、痛みはない。よすがの腕に庇われたのだとすぐに知れて、舌を打ちたくなる。しかしそれよりも──
「ごめん、転んで」
よすがはそう言うが、違う。
違う、転んだのは、僕の足が。
視線を落とせば、黒い縄のような何かが足首に巻きついていた。転んだのはこれに引っ張られたせいで、よすがのせいではない。
すかさず短刀を突き刺すが感触はなく、故に切れることはない。指で払えば煤のように粉が舞うがそれだけで、少しずつ拘束は強まっているように思えた。
周囲に視線を走らせる。逃げることに必死なよすがはまだ気がついていないが、枝葉や幹、蔦や小石が黒く染まり始めていた。それらは端からほろほろと崩れ──世界が、景色が、その輪郭を保てなくなっている。
『──
枯れて、溶けて、崩れてしまう森の姿に、きっと怯えてしまうことでしょう』
はぁ、と子どもはため息をついた。早く、早く逃げなきゃと子どもの足に纏わりつく墨色の枷を外そうと苦心するよすがの手を取った。指先が薄黒く汚れてしまっているのが気になって、指の腹で拭ってやる。
「ひとりで逃げろ」
「──え?」
「僕はもう動けない。じきあれに追いつかれる。あいつの狙いは僕のようだから、逃げればお前のほうまでは行かないはずだ」
「……は、待って」
「逃げたら、念のため朝になるまではどこかに隠れていろ。行きたくないだろうが、集落のそばがいい。騒ぎになれば村人も無視はできないはずだ」
「待って……!」
「食い殺されたくはないだろ」
「そんなの……っ、」
そんなの別に──どうせ数日後には死ぬんだから、死ぬん、だから。
それなら、いま、一緒に。
「──ん、」
一緒に、死、!
そう言い募ろうとしたよすがの口に当てられたのは、子どもの手の甲。
「僕の前で死ぬな。今は、生きることだけを考えろ」
言葉が詰まったのは、物理的に塞がれたからではなくて。よすがは
──生きる……? 生きる。
生きろ、と。
この子どもは、よすがにそれを言うのか。望むのか。死ぬ運命の命にそれを、願ってくれる、のか。
唇に触れる、小さな手の甲の温度が熱い。
──一緒になんて、生かそうとしてくれているこの子どもに、言える訳が。
「早く行け!!」
唇を震わせて黙り込むよすがを立たせ、その腕から抜け出した子どもの、小さな手のひらに背中を押される。
よろけて一歩二歩を踏み出して、すぐに振り返ったよすがの視線の先、子どもの身体に絡みつくのは枷とは異なる細かな何か。
獣は少し奥に佇んだまま、すぐに動く気配はない。先程攻撃されたせいで行動が慎重になっているのだろう。子どもが完全に身動きができなくなって、よすががいなくなった時を狙っているのか。
『怖くて怖くて──けど、大丈夫。諦めないで』
古墨の獣、墨害──これは、誰かが自分に語ってくれた物語だ。
(──誰、誰でもいい、この子、助けて)
子どもの身体が黒い何かに群がられて、徐々に見える肌の色が減っていく。耳が、あごが、唇が覆われて、不愉快げにきつく寄せられる眉。その目が、早く逃げろと告げている。
『大丈夫』
──落ち着いて。
ふわりと、頭を撫でられた気がした。
(落ち着いて……どうしたらいいか、を、考える。思い出す)
なんだった、確か、どうすれば。
必死に、よすがは話の続きを思い出そうとした。大丈夫だと宣うならば、どうかその方法を。
『けれど、そんな古墨の獣にもひとつの弱点があるのです』
『じゃくてん』
そう、繰り返した声は、幼い自身のもの。
『そう。古墨の獣は──』
「古墨の獣は、水に弱い……!」
その人が誰かは、やっぱり思い出せないけれど。言葉の続きは確かに──受け取った。
「っ、お前……?」
踵を返したよすがは、座り込み墨害の拘束に因って身動きの取れない子どものへと駆け寄った。怒鳴られるのは折り込み済みだ。
「早く逃げろ!!」
「一緒に……」
「だからお前は生きろと、」
「っ、一緒に生きたい! だからひとりじゃ逃げない!! 私のお願いも少しは聞いて!」
「──……っ」
子どもは瞳を瞬かせて、虚をつかれたように口をつぐんだ。毒気の抜かれた表情の幼さに思わず笑みをこぼしそうになって、けれど、視界の端にいる古墨の獣の姿に気を引き締める。
──本当にこの子だけを狙っている? なら、私は襲われない? ……いや、油断は駄目だ。なんにしても、急がないと。
焦りに表情を固くしたまま、膝をついて、両手をついて、頭を低く下げたよすがはそのまま子どもの足首へと唇を寄せた。
「え、」
子どもの戸惑う声が頭上から漏れたが気にする余裕はなく、よすがは子どもを拘束する墨色の縄を口に含んだ。
「ッ馬鹿! 止めろ!!」
「ちょっ、と!?」
ぐいと力任せに両腕を引き上げられ、口からは煤けた欠片が零れ落ちた。子どもの手の甲に口を乱暴に拭われる。
「変なものを口に入れるな! 吐き出せ!」
「痛いよ!──な、大丈夫だから」
思い出される言葉が、正しいのかもわからない。よすがの妄想かも、しれなくて。
それでも。すがれる藁には、すがる。
「大丈夫。ちょっと苦いけど、それだけだから」
子どもの指を掴んで引き離せば、指先が黒く汚れた。汚れないように、手の甲で触れてくれていたのは分かっていたけど──一緒に汚れる位、別に、構わない。それでこの場から、逃れられるなら。
(水に弱いなら、唾液でだって溶けるはず……!)
再び口をつけた縄は、唾液を含ませればほろりと崩れた。安堵しながらそのまま縄を噛みちぎって子どもを抱えて立ち上がる。
「っおい、自分で走れる……!」
「痛いんでしょ!? 大丈夫、今度は落とさないから!」
「──……」
言うが早いが走り出したよすがは、手近に転がっていた石を獣へ向かい投げつけた。簡単に避けられることはわかっている。追随を、少しでも遅らせられればそれでいいのだ、向かう目的地はさほど遠くない──湖へ。
(古墨の獣は、知能はあまり高くない。狙った相手をどこまでも追い続ける習性があるから、水に気がつきさえしなければ──)
そう語ってくれた誰かの言葉を信じ、よすがは走った。
──とにかく、そこへ。
(けど、運がいい。この方向からならうまくいけば……!)
子どものようにうまく早くは走れず、腕の中の子どもが舌を噛まないかが不安になる。
木々の隙間を縫って走ると云う視界の悪さの中落とした視線の先では、やけに静かな子どもが──ぐったりと気を失ってしまっていると気づく。いつからだ? 顔色も悪く、蠢く黒い虫のようなそれが群がる範囲も広くなっていた。
(っ、急がないと!)
立ち止まってそれを払ってやる余裕もないことを内心謝りながら、なだらかな斜面を勢い良く駆け下りる。
「──ほら、この子が欲しいなら追ってこい!」
一際木々の多い場所、高低差があって一寸先がよく見えないそこへと、地を蹴ってよすがは飛んだ。子どもを落とさぬよう、しっかと腕に力を込めて。
そうして拓けた視界に飛び込んでくるのは──ひとつの湖。
(──来い……!)
ここで追ってきてくれなければ、次はどうする。腰までつかる深さの湖を端へと移動しながら思案し、祈る。そして。
──ァアギィア!!
不安の中、上がった水飛沫は、響く鳴き声は、獣が湖へと飛び込んできた証。
「……」
子どもを湖岸へと寝かせたよすがの目の前で、獣が溶けてゆっくりとその姿が喪われていく。
よすがは動物が好きだ。だから、生命力の感じられない古墨の獣相手でも、同情心が湧いた。湧いて、だから湖から上がるのが遅れて。
獣は最早、半身の全てを溶かしていた。けれど、水に浸かっていない頭部はまだ、生きている。その光の灯らない瞳孔が見つめたのは──子どもではなく、よすが。
「……ぁ」
確かに目が、合った──瞬間。
獣の首が、水面を走った。首だけになって尚、いや、最期だと察したからこその悪足掻きだった。しかしそれは、古墨の獣としての矜持を喪ったと同義。
よすが目掛け、その口が大きく開かれる。鋭い牙が奮われるその刹那──
「……っ!」
風が、暴れた。
「え……? なに、」
吹き荒ぶ暴風が、着物を、枝葉を、水面を叩く。野分染みた烈風が、重なり合うように獣を裂いた。煽りを受けて幾筋も上がった水飛沫に紛れ、獣の姿が掻き消える。
水流に圧されよろけたよすがが湖岸へ背中をぶつければ、すぐ傍らでは子どもが上体を起こし獣を睨めつけていた。
「……手出し、してみろ──容赦はしないぞ」
掠れた声で吐き捨てる子どもは、獣が完全にその視界から消えたのを確認するや否や、ぱたりと倒れた。
(今のは……)
──この子は、ひとではないのかもしれない。ふとそんな考えがよぎったが、頭を振ってよすがは湖から上がった。湖へ向けて数秒手を合わせてから、子どもへと向き直る。
「……え? これ、文字……?」
虫かと思っていたそれは──文字、だった。ひらがな、が、一文字一文字子どもの肌に、服に、貼り付いている。
(駄目だ、水じゃ溶けない……)
水を掬って掛けてみるが、古墨の獣のように溶ける様子はない。獣がいなくなったからか増える様子はないが、子どもが目覚める気配もない。
『物語りましょうね』
『大丈夫、きっと忘れませんから』
途方に暮れるよすがの脳裏で、そう、優しく囁くのは女性の声。
顔も、名前もわからない。けど、この人は自身を好いてくれているとすぐにわかるような、澄んだ柔らかい声音。
その声に背中を押されるように、よすがの口は知らず言葉を紡ぎ始めていた。
「は。……
「こ。……ころころころん。泣き虫な少女の涙は、ころころころころ、小さな飴玉に変わります。それは赤ん坊の頃から。少女の涙は、ずっとずっと飴玉になるのです。ある時ひとりの魔法使いが──」
「い。……石憑きの姫は、双子です。生まれつき肌が石に覆われたお姫様たちはある日、旅に出ます。ひとりの心優しい勇敢な男が、お姫様たちの護衛を名乗り出ました。けれど大変! 男は国でも有名な、盗賊だったのです──」
子どもに貼りつく文字を見て、その文字にふさわしい物語を、よすがは朗々と語った。それは決してよすがが創造した物語ではなかった。なぜか、いくつもの物語をよすがは知っていて。涙が溢れそうになる理由もわからないまま、物語を紡ぐ声が止むことはない。
物語を語り終われば、その文字はさらりと溶けた。
どれだけの時間が経ったか、徐々に減っていく文字の中に不意に淡く光る文字を幾つか見つける。何となくそれらは後回しにして物語り続けるよすがだったが、残るは件の光る文字だけとなり、「か。か──」と口を開きかけた時。ふっと思い出された言葉に、慌てて物語を飲み込んだ。
──光る文字は、欠片だと。名前の、欠片だと。
「……名前」
この子の、名前?
頬と口元、そして手首に残る文字は、か、ひ、み。よすがはそれを見つめ、眉を寄せた。
「え、と、名前……『か』と『ひ』と『み』……?」
順番を変え、幾つか名前になりそうな候補を上げるが、いまいちしっくりとくるものがない。その証に、子どもは未だ目覚めない。
舌打ちを溢しながら頬に貼りつく髪を払うよすがは、肩で息を切っていた。眠る前の精神状態は悪く、森の中を獣に追われ逃げ、水に飛び込んで濡れたまますでに数時間が経過しているよすがの体調は、本人の自覚はないが意識を保っているのがやっとの状態だった。
視界の隅で、空の向こうがぼんやりと白み始めているのが認められる。無意識に空を見上げたよすがの脳裏を、そうしてよぎったのは──初めて子どもと出会った時の、目映いばかりの一筋の閃光。
「……ひかみ。ひかみ……ひかみちゃん、起きて、頼む、から」
よく──似合うと思った。
子ども──ひかみが目を覚ます寸前、よすがの身体がぐらりと傾いだ。
「……馬鹿が」
その身体が地面にぶつかることはなかった。ひかみの腕が、よすがを抱き止めたから。
腕の中のびしょ濡れのよすがを見下ろせば、肌は青ざめ、頬には切り傷。至るところに煤けた汚れがついていて、酷い有り様だった。
「綺麗なのに、何やってるんだ」
──こんなにぼろぼろになって、なんの意味がある。僕を助ける、ただそれだけのために。
自身のことは棚に上げた発言を吐いてからひかみは羽織を脱ぐと、よすがの身体を包み、そのまま肩に担ぎ上げた。
よすがの草履は森のどこかに落ちているのだろう、探す気にもならないが、新しく編んでやれるだろうか。
体温が低くなっているのか、小さく震えている。背中を摩ってやりながら足早に帰路につく途中──
「ッ!?」
足元が草で隠されていたため道の傾斜に気づかず滑り落ちたひかみは、よすがもろとも小高い崖下へと放り出された。
早くよすがを休ませたい一心で近道だろう獣道を通っていたのが裏目に出たか。
「く、っそ……おい、死んでないな?」
慌てて傍らのよすがへ声を掛けるが、目を覚ます気配はない。きつく眉根が寄っているが新しく傷が出来た様子はなく、なびく草花の多い地であったことが幸いした。
「……夜が明けたか」
よすがを抱いて立ち上がれば、ちょうど太陽が顔を覗かせ辺りに朝日が差し込んだ。
薄暗かった視界が拓ける。澱んだ松の臭いのしない、世界。深呼吸をひとつしてから、ひかみは傾斜を避けて道を上がろうと周囲を見回した。
そして──ひかみの瞳が、静かに見開かれた。
大きく口を開けた洞窟の、そのほんの少し奥に見えた姿、は。
「──……! 龍神、様……」
呆然と呟いた自身の声は、どこか遠くで響いたような気がした。
◆◆◆
よすがと雷の子どもは、あっという間に仲良くなりました。
雷の子どもは、やさしいこころの子どもです。村の大人にいじわるをされていたよすがを助けてくれました。よすがは雷の子どもが大好きになりました。雷の子どももよすがを大好きになりました。
力を合わせて悪い獣をやっつけて、そうして。
雷の子どもはついに、龍神さまをどうくつの奥に見つけたのです。
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