第10話
再び機体が貫かれるのを目撃した。
前方の風防の防弾ガラスが砕け、外気が一気に入り込んだ。
正確に当ててくる……翼にあいた穴から、液体のようなものが吹き出した。
(燃料タンクをやられた!?)
どうやら穴から漏れているのは燃料のようだ。
火が付くのではと心配したが――燃料タンクには防弾ゴム皮膜処理がしてある――燃料漏れはすぐに収まった。
それよりも――
黒い塊が左側をすり抜けていく。
太陽の中から機銃掃射してきたやつだ。だが、それに注意している暇はなかった。
アルの機体は右に旋回したまま戻ろうとしない。先ほどの試験のようにくるくる回るのかと思ったが、そうではなかった。
ゆっくりと機首も下がり始めている。
(もしかして2回目に撃たれたときにッ!)
風防が割れたときにアルに何かあったのかもしれない。
「アルさん、大丈夫ですか! 返事してくださいッ!」
機内通信に叫んだが、反応は無し。
手を伸ばして……届くような作りにはなっていない。
もし確かめるとしたら、機体の外に出なければならない。だけれど、このままでは機体は海面に激突してしまうだろう。
その時、ドラグーンとの戦いの記憶がよみがえった。
恐怖が……体が固まってしまう。
何かやらなければ……そう思っても、何もできない。
止まってしまった彼女を起こしたのは、皮肉にも原因を作った黒い塊だ。
下から突き上げてきた。弾が機体を
「あッ!」
その衝撃で止まっていた体が動き出した。
(どうするべきか?)
とにもかくにも、機体のコントロールを取り戻さなければならない。
「アルさん、大丈夫ですか! 返事してくださいッ!!」
再び機内通信に叫んだが、反応は無し。
彼がどうなっているか分からないが、悩んでいる暇はない。
ふと目の前の操縦桿に目がいった。
(たしか、後ろでも同じように操縦できるようになるって――)
操縦桿を軽く牽いてみたが、ビクともしない。しかし、飛び立つ前にアルがさわったあのチャンネルを入れれば、動くかもしれない。
そう思いつき、パネルの端にあるチャンネルをひねった。
計器の明かりが灯り動き始める。操縦桿に手ごたえのようなものを感じた。
(ともかく体制を整えないと……)
機首を引き上げ、海面へ落ちないようにせねば――
あの黒い塊への対応はその次だ。だが、いざ操縦桿を握り、目一杯、身体のほうに引き寄せようとしたが、ビクともしない。
海面はどんどん近づいてくる。
「あがってッ!」
全体重をかけて操縦桿を引き上げる。
しかし、何かに固定されているようにビクともしない。だが、その時だった。
「すまん!」
機内通信にアルビオンの声が届いた。その途端、操縦桿が嘘のように動き出す。
そして、機体は海面すれすれで水平に戻った。
「すまん、しばらく気を失っていたようだ」
どうやら操縦桿が動かなかったのは、彼が握ったまま気を失っていたためのようだ。
「大丈夫なんですか? ガラスが割れているような……ケガとか」
「大丈夫だ。
「無我夢中で……」
その途端、再び曳光弾が降ってくる。
アルはすぐに回避行動にとったので、今回は機体に当たらない。
海面すれすれを飛んでいるためか、なかなか照準が付けづらいのだろう。
機首を下げれば海面に激突しかねないから……だが、こちらも機首を上げることは難しくなった。後方の上空に相手は付いている。機首を上げれば、すぐに機銃が飛んでくる。
アルはチラリと後方を確認した。
「オスカーだな」
黒い塊。それは、アイランド社製の『オスカー』という単発飛行機――陸軍が採用する『一式戦闘機』の民間機バージョン。
彼が使っている機体とは違って、胴体下にフロートが一個付いているだけなので軽い。エンジンは950馬力と、彼の乗る『ドラゴンキラー』と少しだけ非力なものを積んでいる。
「アルさん。これから、どうするんですか?」
「任せろ。戦闘の仕方をよく覚えておけよ」
そう言うと、ワザと機首を上げて上空にあがろうとする。と、機銃掃射が飛んでくる。するとすぐに機首を落として水平飛行。
同じことを繰り返した。だが、何度目かの機首を上げたときに弾が飛んでこなかった。
「よしッ!」
エンジンスロットルを全開にして、そのまま機体は駆け上がる。
ついでにあるボタンに手をかけて押した。
機体の下部から火が噴き始め、機体が一気に加速。強い加速で体がシートに押しつけられるが、あっという間にぐるりと宙返りして、相手の後方上空へ付けた。
「どうして、撃ってこないんですか?」
「弾切れだ。これを待っていた」
アルは相手がいらだたせて弾薬を消耗させていたのだ。
曳光弾の大きさから考えて、相手はまだ初期武装の7・7ミリ機銃を使っている。
機体の中に搭載している弾数は500発だが、
その瞬間を狙った。
アルが詳しいのは、実は今の機体に乗る前に使っていたのが、この『オスカー』だったからだ。
今の『ドラゴンキラー』にはそれよりも重装備。プロペラに邪魔されないから機首に、12・7ミリ機銃を2門、20ミリ機銃を一門積んでいる。
相手は彼の作戦に乗せられたと、悔しがっているだろう。
今は見失っているのか、水平飛行をしている。
「太陽を背にするのは、なかなかの腕だが、空中戦中にまっすぐ飛ぶやつは命取りだ」
そんなところへ、アルは自分が後ろにいるぞと、12・7ミリ機銃の引き金を引いた。
軽快な音を上げながら、機銃弾が放たれる。と、確認したのだろう『オスカー』は、左へ旋回し始めた。
アルはそれを見越していた。
追いかけるように、左に旋回する。ロケットブースター付きで……。
ほぼ変わらない距離と位置のまま、2機が左回転した。
普通だったら小回りのきく単発機のほうが有利になったのだろう。
図体の大きいアルの機体が1回転している間に、『オスカー』は2回転して後ろを捕ろうとしたのだろう。だが、ロケットブースター付きスピードで、気が付けばアルは後ろに付けている。
「悪いな、これで終わりだ」
一瞬、機体が遠心力からときはなれた瞬間があった。
アルはそこを見逃さない。
20ミリ機銃が火を噴いた。
わずか数発だったが、確実に相手の翼を直撃し
機銃弾は20ミリぐらいの大きさになってくると――実際はその下のサイズ12・7ミリ機銃からだが――
破壊力は抜群だ。
「よし逃げるぞ」
「えッ、追いかけないんですか?」
エリナはアルがこのまま相手を撃ち落とすかと思った。
見た目で判断していたところがあるが、自分に刃向かったものは容赦しない。そんな人だと思っていた節があった。だが、相手は片翼を失って、なんとか飛んでいると言うだけで格好な獲物のはずなのに……。
自分がいるからそうしたのか?
そうエリナは聞き返そうとした。
「
疑問をぶつける前に回答が返ってきた。
そして再びロケットブースターに点火して、一気にこの空域から離れる。
(そうだ。飛行機を落とすと言うことは、人を殺めることだ……)
今回は片翼を破壊しただけだったが、もしあれがコックピットなりに当たっていたら、操縦者は必ず死ぬだろう。
そもそもドラグーンを倒すためだったら、7・7ミリ機銃で十分だ。
それ以上を求めて載せているのは、対
自分がなろうとしているものに、恐怖が感じ始めた。生活のために……そう単純なものではないかもしれない。人の命を奪うこともできる力を持とうとしているのだと――
「あの人、あのままで大丈夫なんですか?」
「大丈夫だ。頑張れば飛べる。近くの村か、どこかの補給船に拾ってもらえるだろう。
それにあいつは、それぐらいじゃあ死なん」
「あの人? 襲ってきた人は知り合いですか? でも何でまた……」
「知り合いも何も……。
それよりもなんで俺がここにいることを、あいつは知っていたんだ!」
アルにも何か複雑な事情があるのだろうか?
ぶつけることのない怒りが声から感じる。
これ以上、
「……ところで、帰ったら腕時計を買ってやる。
ホーネットになるんだったら、いつまでも止まっている時計を使っているわけには、いかんだろ」
「あッ、バレていました?」
「何の話だ?」
「何でもないです……」
〈了〉
傭兵の条件~バトル・オブ・ドラグーンより~ 大月クマ @smurakam1978
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