エピソード15 美味しいミーティング
永遠の国から幻の国まではフライトで約十九時間かかる長旅だ。俺たちは宿に戻り、準備をすることにした。
「明日って急だね。私、幻の国には初めていくなぁ! シャンはいったことあるの?」
「あぁ。学生の時に実習で行ったよ。時には魔法生物を知って関わるのも魔法使いには必要だからね」
「今では魔法生物のほとんどは幻の国にしか生息していないんだよね。私、見たことないからワクワクするなぁ! ドラゴンって本当にいるの?」
ブルーベルは綺麗な瞳をキラキラさせている。
「ドラゴンはいるけど、滅多に姿を現さないから幻の生物だね。俺が見たのは卵だけだな。といっても博物館に展示されてた、産まれた後の殻なんだけど」
「会えたらいいな。喋れるのかな」
「知能は高いといわれているけど、どうだろうね。俺も一目見てみたいよ」
宿に着き、準備と休息もかねて各部屋で過ごすことにした。
「俺がリーダーってことになるよな? ミーティングもかねて夕食にさそってみよう」
ブルーベルとリンくんにメッセージを送った。ブルーベルからは「いいね!」とかわいらしいスタンプですぐに返信がきた。暫くして「カチュッコが食べたいです。いいお店知ってるので良かったら予約しておきます」とリンくんから返事があった。
「意外に気が利くところもあるんだな」
お店はリン君にお願いすることにして準備にとりかかった。
夜になり、宿のロビーでブルーベルと合流した。
「リンくんは現地集合だから行こうか」
レストランへ向かう途中にパン屋を見つけた。とてもいい匂いが漂っている。
「ごはん前だけど、パンの誘惑に負けちゃいそう。シャン、ちょっと見ていかない?」
「いいよ。食事の後に宿で食べればいいさ」
俺たちはパン屋に入った。
「いらっしゃーせー!」
威勢の良い女の店員の声が出迎えた。
「おっ! 新しいお客さんだね! 名物チョコまんはラスいちですのでお早めに! 自慢のメロンパンはこちら! ご当地の総菜パンはキュートなお魚パン! 中身はツナマヨだよ!」
パン屋には珍しい怒涛のセールスを受け買わずにお店を出るのが気まずくなった。
「じゃ、じゃあ、ご当地パンを頂きます。ブルーベルは?」
「チョコまんとメロンパンください!」
結局、勧められた3種類を購入してパン屋を後にした。
「美味しそうなもの持ってますね」
レストランに着くとリンくんにパンに気づかれた。
「そういえば、マーカスさんに聞きそびれちゃった。ねぇ、リンくん」
「ん?」
「レディって人を知らない? 探偵団員にいる人かな?」
「レディ? んー。聞いたことあるような、無いような。どうして?」
「私のお母さんに良くしてくれたみたいで、お礼を言いたいの」
「そうなんだ。僕の知ってる探偵団員にはいないけど、もしも会ったら伝えておくね」
「うん、ありがとう」
「料理だけど、二人が良ければおすすめのコースを注文しようと思うけど、どう?」
「おすすめがあるって何だかかっこいいね! 私も食べてみたい! シャンもリンくんおすすめコースでいい?」
「あぁ。いいよ」
二人の会話は特になんてことないものだが、仲がよさそうな雰囲気がなんだか気に食わなかった。
「シャン先輩、アペリティーボとストッツィーノはいります?」
「アペリティー…… ストッ…… ?」
「食前酒とおつまみのこと」
「要らないよ」
「じゃあ、みんなアンティパストからでいいね」
聞き慣れない用語が続いて「魔法の呪文みたい」とブルーベルが楽しそうにしている。
前菜の生ハムメロンが運ばれてきた。ブルーベルが不思議そうに見ている。
「フルーツとお肉の組み合わせって面白いね」
「生ハムメロン、この地域では定番だよ!」
リンくんはメロンが好きらしく、メロンを一切れ多く注文してたらしい。俺にも慣れない組み合わせだが、食べてみる”メロンの甘さと生ハムの塩気がマッチして意外に美味しい。
「さてと、丁度いいから二人にも事件のこと詳しく共有するね」
リンくんが黒い板を渡した。
「これは僕たちにしか見えないように情報を魔法で隠す魔道具。この魔道具が起動している間は僕たちの会話も隠されて、周りからは日常会話にしか聞こえなくなる優れもの」
リンくんが指を板にとんっと触れると、青色の文字と画像が光って表れていく。
「幻の国で起きている不思議な盗難事件、魔法生物による犯行かもしれないとのことで僕達、魔法探偵団特殊事件捜査班、略して魔探偵にも捜査の依頼が来てる」
「そんな名前ついてるんだ」
「今、僕が考えた!」
なぜかリンくんはドヤ顔だ。
「もしも魔法生物やそれらを悪用する人物の仕業だった場合は魔法生物の保護が第一優先とのこと。魔法生物保護管理局も関わってくるから、慎重に行動するように…… だってさ」
リンくんが再び指をトントンとさせて次の項目の情報が映し出される。
「もしも魔法生物の仕業なら考えられる種類がこの子達」
魔力を持たない者には見えないといわれる獣、群れを成して生活し小さくてすばしっこい獣、妖精を先祖に持つといわれるピクシー科の獣など候補が図鑑のように並んだ。
「わぁ! 魔法生物ってこんな姿なんだね」
ブルーベルが目を輝かせて資料を見ている。最近は明るい表情を見ることが増えて俺も嬉しい。
「このピクシー科の子は僕よりも意地悪だから気をつけてね。ベルちゃんみたいな純粋無垢な子が大好きだから。ね、シャン先輩」
ブルーベルの顔を見ていたら、急に話を振られてうまく反応できなかった。
「ご旅行の計画ですか。ホリデーが楽しみですね」
ウェイターが次の料理を運びながら話しかけてきた。他の人たちには魔法の効果で俺たちの会話は旅行の計画をしているように聞こえ、タブレットは旅のパンフレットに見えているようだ。ミネストローネを食べながら会話が進んだ。
「そういえば、シャン先輩ってどうして魔獣とか神話生物とか派手な召喚ないんですか?」
「そんな大量に体力も魔力も使う物を召喚したら、身が持たないじゃないか。第一、成功するも分からないし、成功してもその後じゃ使い物にならなくて戦闘や操作のお荷物になる……」
「あぁそっか。僕みたいにヴィラン属性級の力があったらいいのにねー」
「なんだよ。嫌な言い方だな」
「シャン先輩ならできると思うんだけどな」
リンくんはうっすら笑みを浮かべて言った。
「その、ヒーローとかヴィランとか、そういうのって何で決まってるの? 私にはリンくんがそこまで悪い人に思えなくて、ちょっと意地悪なところはあるけど……」
「ベルちゃんって優しいね。属性だけで判断しない子なんて珍しい」
「魔法が使える使えないで少し住む世界が違うから、知らないこともあるだろう。俺とリンくんでは使える魔法が違うんだ」
「ヴィラン属性の魔法はヒーロー属性より強いよ! メテオ級の攻撃魔法が多いし、呪いとか支配とか、欲の強奪とかできちゃう! ヒーロー属性の魔法では欲を奪えないし、癒しとか護りとか生ぬるいのばっかりだよね」
小馬鹿にしたような調子でリンくんが大雑把に説明した。
「どうして欲を盗むの?」
「取り込めば自分が強くなるから。でもそれなりの代償を払うけどね」
「だから水の街で戦ったヴィランのように、代償を払うのを避けて自身には取り込まずに、欲を売買目的に強奪する奴らも出てくるんだ」
「代償って何を払うの?」
「さぁね。僕は取り込んだ事がないし、罪を犯して探偵団に捕まったヴィランのほとんどがどんな処分を下されたのか詳しい情報がないからわからないけど、人でなくなっていくとしか聞かないな」
「人に害をなす魔物は元々ヴィランだったと言われているし、ドラゴンが成れの果てなんて言われていたりする。探偵団の上層部ならもっと知っているのかもしれないな」
「元々の強さが危険視されてヴィランってだけで目をつけられる上に、欲を奪える力があるせいで僕らは恐れられて悪い奴って偏見に晒されてるわけ。人間って自分よりも強き者にいつもビクビクしてるよねー」
「捕まってる奴らは全員ヴィラン属性の魔法を持つ者だから、そう思われても仕方がないだろうな」
「本当にそうかな? 闇堕ちだってあるんだし、そもそも探偵団のデータ自体、全て開示されてるわけでもないし…… もしかしたら隠してることもあるかもねー」
リンくんは探偵団データを探っているようだし、俺は私立探偵だから組織については知らない事が多い。そもそも犯罪を犯していなくてもマークする場合もある。
「なぜ探偵団の管理下にいるんだ? 一体何をして捕まった」
「友達が探偵に捕まって、助けに行ったらマーカスに見つかって捕まっちゃった」
「その友達って子は何をしたんだ」
「何もしてない」
「でもマーカスさんが追っていたなら何か事件性があったんじゃ……」
「捕まえたのはマーカスじゃない他の奴だよ。アカリは魔力が高いし目を付けられてたのかも」
フーッと深いため息をリンくんがついて「難しい話ばかりじゃなくて、楽しい話をしましょうよ」と言った。
「次はメインの肉料理トリュフバター乗せた牛肉のステーキ、フォルマッジの後はお待ちかねのドルチェだよ」
「ドルチェは聞いたことある! デザートだよね。でも、フォルマッジって何?」
「デザート前のチーズのこと。デザート前にお腹を整えるんだよ」
フーッと深いため息をリンくんがまたついた。
「シャン先輩は魔法が下手くそすぎる。恵まれているのに気がついてない」
「な、なんだよ、いきなり」
「そういうわけで、幻の国に着いたら魔法の特訓しましょうねー。特別に、本当に特別に、この僕が教えてあげるからさ」
「そんなの願い下げ……」
メインの料理が運ばれてきて、俺の言葉は遮られた。
碧衣社の世界侵略 @AoiLin0726
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