永遠の国編 エピソード14 新たなお仕事

 別に嫌な気分でもないが、モヤモヤする、何とも言えない気持ちを抱えながらブルーベルとの待ち合わせ場所に向かった。頭がいっぱいだ。

「はぁー」

「ふぅー」

 誰かの溜息がきこえて顔を上げると、ブルーベルが目の前にいた。

「あ、お疲れ様。溜息なんかついて何かあった?」

「シャンのほうこそ溜息ついてたよ」

「あぁ、実はちょっと話しておきたいことがあって…… とにかく昼食をとりながらでも話すよ」

「お腹空いたもんね。私も何だか不思議な気分なの」

「そうなんだ。じゃあ、とりあえず行こうか」

 水産業が盛んな水の街ではシーフードピザやパスタが人気だ。ブルーベルがはりきってガイドブックで調べていた。

「いらっしゃいませ」

「二名で予約したクルーです」

「シャン、予約してくれてたの?」

「だってガイドブックに付箋してあったから行きたいのかと思って」

「さすが探偵さん! ぬかりないね」

 ブルーベルが嬉しそうに笑うので少し照れてしまったが、気持ちが救われた気がした。

「わぁ! テラス席いいね! 街が水に反射してすごくきれい!」

「本当だね。やっと息抜きができそうだ」

 ここ数日、ずっと気が張っていたから穏やかな気分は久しぶりだ。

「どれも美味しそうで迷っちゃう……」

 ブルーベルはメニューとにらめっこしている。

「私はサルディン・サオールと、ティラミス」

「俺はスパゲティ・ペスカトーレで。あとオルヅォを二人分ください」

 注文を終えて料理を待っている間にパンが運ばれてきた。食べる前に俺は話しを切り出した。

「ブルーベル、俺の助手として一つ頼みごとをしたい」

 ブルーベルは真剣な顔つきになった。

「マーカスさんに聞いた通り、これからリンくんと俺たち三人で組むわけだけど、正直に言って俺は100%彼を信用しているわけじゃない。だから、ブルーベル、注意して彼を見ることと、もしも彼といて自分の身に危険を感じたら躊躇しないで今から言う呪文を唱えて〈アスピダ〉」 

 ブルーベルに渡していた真珠のネックレスが光った。

「わぁっ」

「驚かせてごめん。守りの魔法をブルーベルが唱えても発動できるようにしたんだ」

「そんなことも出来るんだ! 魔法ってすごいね」

「だけど、俺の魔法がどこまで通用するかは分からない。だからくれぐれも注意していてほしい」

「わかった。だけど、私はリンくんやヴィランと呼ばれる人たちがそんなに悪い人だってどうしても思えないの。さっきもあの子に会ったけど特になにもしてこないし、これをもらってお母さんとも話せたし」

「あの子?」

「シャンが追ってるヴィランの少女だよ」

 ガタッと音を立てて思わず立ち上がってしまった。

「大丈夫! 私なにもされてないから! 安心して。ちょっと話しを聞いてほしいの」

 ブルーベルに宥められて席に着くが心が落ち着かずにいた。

「チョコレートのお店があって入ったら、あの子も偶然いたみたいで。祝福のことを教えてくれてこのノートとペンをくれたの」

 ノートとペンを見ると俺が使っているものと同じものだった。

「俺が使っているものと同じものだ」

「そういえば、どこかで見たことあると思ったら、シャンと同じメーカーのだったんだ。これで文字を書いたらお返事がきて、モニターを描いたらビデオチャットができたの!」

「君のお母さんには俺のノートをあげているから、魔道具同士の通信を開通させることはできる。ちょっと見せてもらえないか」

 ノートとペンを受け取り、危険がないかページを開いて調べたが危険なところは見当たらなかった。だが用心はしておこう。

「これは俺に預からせてほしい。君にもしものことがあったらいけないからね」

「う……ん、わかった」

 注文したオルヅォが運ばれてきた。香りの良い麦茶だが、麦コーヒーと言われ親しまれている。永遠の国に来たら飲んでみたかった。

「レディって人を知ってる?」

「レディ? いいや、俺の知っている人にはいないよ」

「実家のお店の設備とかアップグレードしてくれたみたいなの。お母さんも元気になってて、お礼を言っておいてと頼まれたの。」

「マーカスさんなら分かるかもしれないし今度会ったときに聞いてみようか」

「そうだね」

 料理が運ばれてきた。

「美味しそう! お魚料理は久しぶりだから嬉しいな。シャンのも海の幸いっぱいって感じでいいね」

「水の街に来たらやっぱり海鮮料理が食べたくなるよね」

 美味しい料理とテラス席の景色の良さと運河の流れの心地よい音が疲れを癒す。二人で昼食を食べている間は仕事のことは考えないでいられた。


 昼食を終えてから事務所に寄った。今後の調査のこととか整理しておきたかったからだ。大きなテーブルでマーカスさんとリンくんが山のような資料とにらめっこしながら話している。

「あ、シャン先輩だ。来ないのかと思ったら、ベルちゃんとデートですか」

「デ、違う! ブルーベルは俺の助手だ。一緒にいて当然だろ」

 真剣な顔をしていたと思ったら俺に気が付くなり茶化してくる。調子のいい奴だ。

「あぁ、シャンさん、ブルーベルさん、良いところにきてくれました」

 マーカスさんがニコっと笑顔を向ける。

「リンくんがシャンさんの助手になるにあたって、私の仕事を二人にも手伝ってほしいのです。もちろん依頼料は出ます。例の貴方が追っている少女の件もあると思うのでご意向を聞いてのご相談ですが」

「はい、俺にできることがあるならお手伝いします」

「私も助手ですから! できる限りシャンのサポートします!」

 ブルーベルが張り切って言ったが、内心ちょっと心配だ。

「二人から良い返事が聞けて良かったです。もちろん私とアメリアもサポートしますのでご安心を」

「でも、マーカスさんのお仕事ってことは難易度が高いんじゃ……」

「だから僕がいるの。シャン先輩とベルちゃんだけだと務まらないからね」

 いちいちムッとする言い方をする奴だ。

「ほう。だったらなぜ俺達に頼むんだ? もしかして君だけじゃ力不足だからじゃないのか」

「は? 魔法使うのに小道具がいるお荷物さんに誰が頼りますか。正直に言ってあげると、書類をまとめる係が足りないだけですよー。杖だの魔導書だの、ノートだの、今の時代には向かないね」

 視線で火花を散らしあった。

「二人ともやめてください。それにリンくん、貴方は助手です。生意気なままだと好かれませんよ」

「マーカスうるさい」

「で、早速なんですけど、幻の国の事件を解決してきてくれませんか」

 マーカスさんがそう言うと、いくつかの書類が舞い上がり、空中で情報がきれいに整列された。

「幻の国は今では珍しい魔法生物が多く生息している国です。そこで頻繁に盗難事件が起きている。はじめは一般の事件として一般警察が捜査していましたが、不思議なことが多く魔法を使える者あるいは魔法生物の関与も疑って我々に依頼がきています」

「不思議なこと?」

「えぇ、事件が起きるのは昼夜問わず、窓がなく鍵がかかっている密室に保管した物が痕跡もなく消えていたり、中には物が無くなる前にお化けを見たと証言する人もいます」

「なるほど……」

「なんだか心霊現象みたい……」

 ブルーベルが少し怖そうに言った。

「ということで、明日、お三方は出発です! 先方には私のほうから連絡してあります」

「は…… い。えっ! あした?」

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