大文字伝子が行く73

大文字伝子が行く73

午前１０時。大文字邸。伝子達がコーヒータイムにしていると、EITOのアラームが鳴った。

カップを持ったまま、伝子と高遠は移動した。

「おはよう、大文字君。高遠君。大文字君の見込み通り、中町巡査は入れ替わっていた。お地蔵さんが日本にどれだけあるか知っているか？という問いが理解出来なくて、刑務官に尋ねたそうだ。」

「お地蔵さんは、町の辻辻にある、石像で、閻魔大王の分身として我々の悪行を監視している、と言われていますね。だから、地獄の入り口で嘘をつくと、動かぬ証拠を押さえている閻魔様に地獄に落とされる、とか。」

「見事だね、高遠君。刑務官は、同じような話をして、奴は大層驚いたそうだ。」

「交番より、コンビニより多いって言われていますよね。実態の数字は分からないけど。」と、高遠が言うと、「コンビニの数は分からないが、交番と駐在所の数はほぼ同数だが。併せると、全国で１５０００カ所以上ある。駐在所は宿舎を兼ねているものを指す。先日の中町巡査が勤務していたのは、正確には駐在所だ。因みに、交番は平成６年に改正して正式名称になったが、元は『派出所』が正式名称で、交番は通称だった。」と理事官は応えた。

「へえ。交番はあだ名だったんですね。」と、高遠が感心した。

「うむ。ところで、久保田管理官に、死の商人のキーワード実行日が５日置きだったのは何故かと尋ねられ、『カン』と応えたそうだね。アンバサダーを頼んで良かったと言っていたよ。今日は警視の検査日で、久保田警部補が休んでいる。警視の付き添いだそうだ。まだ早いのに、と嘆いていたよ。明日、大阪府警の研修から帰る予定だ。」

「これから出産ラッシュです。戦力強化できそうですか？」「うん。空自から出向が決まった者がいる。名前は浜田なお三曹。空自からの出向だ。金森が連れて行くと言っていた。もう着いた頃ではないかな？」高遠がモニター画面を見ると、秘密の出入り口に金森と浜田が立っている。高遠はスイッチを押し、解錠した。」

「では。」と、理事官が言うと、PCの画面が消えた。金森が、、その浜田を連れて、リビングルームに顔を出した。

「アンバサダー。今日から警視のお宅のトレーニング場で特訓します。」と金森は伝子に報告した。「浜田です。よろしくお願いします。アンバサダー。」「しっかりな。」と、伝子は浜田に笑顔で応えた。

「浜田さんは、何がいいかな？金森さんは、ミルクティーだったね。」と、高遠は『オーダー』を採った。「じゃあ、私も。」と、浜田は言った。

「アンバサダー。浜田はバスケットと水泳をやっていたそうです。水泳はともかく、バスケットはブーメランに役に立ちます。それで、警視は大乗り気で、今日は泊まりがけです。」

紅茶類と煎餅を運んで来た高遠は、「良かったですね、金森さん、伝子さん。」と微笑んだ。

午前１０時。福本邸。犬のサチコが福本の膝の上に乗り、福本はサチコを撫でてやっていた。

「暫く留守が多くなるけど、祥子と母さんを守ってくれよな。」サチコは軽くワンと鳴いた。

「帰ってきたら、交代ね。私は３ヶ月後には出産準備に入るし。」「ヨーダは、交通安全教室と高齢者詐欺対策教室を続けるらしい。愛宕さんは、済まない済まない、って言っている。みちるちゃんも本格的に出産準備に入るからね。」

「先輩のところは、どうなのかしら？」「多分セーブしていると思う。みちるちゃん、警視、祥子、次は慶子ちゃんかも知れない。先輩の責任感は尋常じゃないからね。DDもEITOも辞める訳にはいかないし。」

「一佐は、どうなのかしら？」「プロポーズを受けた時に子供は３年間辛抱してくれ、と土下座して頼んだらしい。その時、相手はどう言ったと思う？」「どう言ったの？」

「僕も自衛官です。」「それだけ？」「それだけ。」「それで、婚約した。そうそう、レイプされたことがあることも話したそうだよ。」「懐が深いわねえ。なんで、知っているの？」

「聞いたから、直に。前とは違うんだよ、もう。一佐は。」「ふうん。」

「きっと、いい家庭を築くわ。」と、福本の母、明子が言った。

午前１０時。南原邸。南原が庭の花に水をやっている。南原は、完治して、ずっと立っていても平気だった。手伝いに来ている、南原の母京子が南原を呼びに来た。

「龍之介。生徒さん達が見えたわよ。」「分かった。」南原は如雨露を置くと、学習塾の教室に使っている部屋に急いだ。

午前１０時。南原邸の居間。蘭と文子がお茶を飲んでいる。「お義姉さん。入院中は随分お世話になって、ありがとう。改めて礼を言います。」「お礼だなんて。妻ですもの。いえ、あの時は婚約中だったわね。蘭ちゃんは、今日、お仕事は？」「お休み。ウチはシフト制に変わったの。」

午前１０時。副島邸。副島はるかは、恩師に電話をしていた。「大丈夫です、先生。危ない橋は渡らない主義ですから。」と言って、はるかは電話を切った。

「先生。お時間です。」「ああ、津島さん。今度ね、私の先生が特別に指導に来て下さることになったの。日時は追ってお知らせするわね。」「先生の先生。大先生ですね。楽しみだわ。」

午前１０時。依田邸。「大家さん、どうしてるかなあ。」「森さん？」「うん。しばらく行ってないな。」

チャイムが鳴った。二人の朝の団らんは中断した。「叔父様。」「社長。」「お楽しみの途中なら、お邪魔虫だと思ったが、そうではないようだね。」「は、はい。」「実はね、依田君。多忙だとは思うが、良ければ、私の代わりに行ってくれないか。」「バレエのチケットですか。」「嫌いかね？」「いえ。行ったことがないので。シフト調整して、二人で観に行って来ます。」「うむ。じゃあ、私はこれで。」

社長は、さっさと帰って行った。

午前１０時。喫茶アテロゴ。物部と栞が、辰巳を揶揄っている。「もう同棲か。わかいもんは早いな。今度連れて来いよ。」と物部が言うと、「確認しておきます。」と、辰巳は応えた。

「確認だって・・・もう、尻に敷かれているのね。でも、それくらいがいいのよ。ここに、いい見本がいるでしょ。」

「栞。惚気って言われるぞ。」「いいじゃない、一朗太。４人でイチャイチャしましょ。」

「それじゃ、お客さんが来ないですよ。」と辰巳の抗議に二人は黙った。

午前１０時。服部のアパート。神妙な面持ちの服部の前に、服部の叔父夫婦と、一人の女性。少し離れて、叔父夫婦の知り合いの男性がいる。

「緊張しますね、叔父さん、もっと早く報せてくれれば良かったのに。あの、え、と。僕は今無職なので、資格はないと思いますが。」「源一郎さんは、コーラスやっていらしたとお聞きしました。」「はい。」「コーラスやる人に悪い人はいませんわ。作曲されているんでしょう？」「はい。」「楽譜見せて。」「はい？」「楽譜、あなたが作曲した歌の。」

服部は、段ボール箱の中から、楽譜を取りだし、見合い相手の彼女に渡した。

「才能はあると思います。日の目を見るまで遠いかも知れません。」

彼女は、いきなり立って、服部に向かって跪き、次いで土下座した。

「源一郎さん、あなたしかいません。私を妻にして下さい。収入のことなんかいいんです。結婚を前提にお付き合いして下さい。私、麻宮コウは、あなたを支えて幸福にしてさしあげます。いいえと言わないで下さい。」

叔父達は、口をポカンと開けたままだった。

午前10時。山城のアパート。「いよいよ明日だね、叔父さん。」「ああ。また会える。嬉しいな。大文字さんには足を向けて寝られないよ、順。」

叔父の一郎は満面の笑みで言った。「もう準備出来てるの？」「勿論だよ。ああ、そうだ。新しいパジャマ買ってやろうかな？」「うん。それがいいよ。買いに行こうか。」

「そうだな。そうしよう。」

午前10時。愛宕邸。「何、悩んでいるだ？みちる。」「あかりに後を託すのは心配だなって思ったの。」「今更？来月から正式に産休なんだぞ。身重で任務に就ける訳ないだろ？本人の目の前で、よくそんなこと言えるな。」

側で、当人である、新町あかりと結城警部が笑っていた。「大丈夫よ、愛宕君。我々がフォローするわ。」と結城が言った。

「先輩。大ジョブ、大ジョブ！！」愛宕はため息をついた。

午前10時。中山ひかるのマンション。

「じゃあ、売却した訳じゃないのね。」と千春がオレンジジュースを飲みながら、ひかるに言った。

「うん。飽くまで緊急避難。その家はEITOの持ち物で、借りているんだ、無料でね。」

「いつ戻るの？大文字さんが出産する時？」「出産はともかく、平和になるまで。」

「平和になる時っていつ？」「分かんない。」「じゃ、無期限？」「無期限。」「呆れた。」

「お母さんが呆れても仕方ないよ。大文字さんが決めたことだから。それまで、ずっと、藤井さんが見張っているんだって。ガードマンの部屋みたいに監視モニターあるらしいよ。」「へえ。」

午前10時。久保田邸。

「あっちゃん、用意させといたよ。今夜ウチに泊まるの？金森一曹達。午後から検査だっけ？」

「不服か？まこちゃんは。トレーニングに。」「そんなこと、あるわけないでしょ。戦力になるんだったら、好都合じゃない。あっちゃんが出産してもさ。」

「うん。子供が大きくなったらさ、乗馬教えようね。」「あ。それ、いいね。やっぱり子供のうちから始めなくちゃね。」

午前10時。大阪。南部のアパート。

「そやから、ぐずぐずせんと、はよ、出勤しい。社長夫人。」と南部が怒鳴った。

「はいはい。社長夫人でも共働き。現実は厳しいな。また、揶揄われるな、重役出勤でっか？って。あいつ、いつかクビにしたるねん。」

総子は、ゴミ出しに行った時、嫌いな近所のオバハンに愛想笑いをして、出勤した。

午前11時。東京。テレビC。ニュースショーで、アナウンサーが原稿を読んでいると、いきなり制服の警察官が乱入してきた。制服の上に、腹巻きのような物を巻いているが、ダイナマイトが縫い付けられている。そして、時計。カウントダウンしていく時計から配線が施されている。誰が見ても時限爆弾だ。しかも、制服の警察官は、ライターを持っている。制服の警察官は叫んだ。

「EITO、出動しろ！」

午前11時。テレビB。バラエティショーを放送中だったが、テレビCと同じことが起こった。なだめようと司会者が試みたが、もう一方の手に持っている拳銃で男は威嚇した。

午前11時15分。大文字邸。EITOのアラームが鳴った。

「大文字君。出動してくれ。テレビBとテレビCで、放送局ジャックだ。両局とも制服巡査とおぼしき男が、ダイナマイトを腹に巻いた時限爆弾を着ている。EITO出動しろ、という言葉を発したという。カウントダウンは1時間だ。テレビCには、警視を向かわせた。テレビBには、爆発物処理班が向かった。君は、一佐と共にテレビBに向かってくれ。裏山のオスプレイに乗って、途中で一佐と合流するんだ。なお、総理の計らいで、各テレビ局には秘密の出入り口がある。到着したら、ヘリポートから、その出入り口に行くんだ。急げ！！」

「金森、行くぞ！！浜田は待機だ。学、後を頼む。」

伝子は走った。現場へ。そして、みんなの未来へ。

正午。テレビBの屋上。あと15分しかない。オスプレイの中でレクチャーされた要領で、屋内に侵入。男がいるスタジオに入った。

スタジオには、人が十数人いた。どうやら、男が威嚇して、外に出さなかったようだ。

オスプレイの中で急いでコスチュームを着て良かった。急場だったから、皆ワンダーウーマンの格好だった。

物陰から伝子と金森と共にブーメランを投げて、男の拳銃とライターを跳ね飛ばして、伝子は、なぎさ、金森、増田、大町と共に男に近づいた。

「みんな、外に逃げて！！」増田の声に我に返ったテレビマン達は出て行った。増田はドアから侵入者がないように見張った。

金森、大町は暴れる男を背中から押さえた。

イヤリングから草薙の声が聞こえた。EITOベースゼロの情報通信室から直接通信しているようだ。

「今、テレビCの警視が、結城、金森、新町隊員と共に到着、男の時限爆弾の解除中です。テレビA、テレビB、テレビCは一時的にネットワークを結び、3局ともテレビに映っています。カメラを犯人の腹を映して下さい。」

「しまった。カメラマン達は外に出ている。」「大丈夫です。ロックを外せば、誰にでも動かせるそうです。」

なぎさは、一番近いカメラを移動させ、男の腹を映した。ついで、モニターテレビを近くに配置した。

イヤリングから、あつこの声が聞こえた。伝子は、あつこの指示通りに操作して、時計を止めた。しかし、配線を無闇には切れない。配線を切らないと、ダイナマイトは外せない。まだ、爆発物処理班は到着しない。やるしかない。

「外にいる人達を遠ざけてくれ！」と伝子は叫んだ。

増田は、廊下で覗き込もうとしている人達に叫んだ。「命の惜しい人は、すぐに遠くへ！！」

人々は慌てて走り出した。

「こちらと同じ条件ね。でも、配線の色が逆になっている。困ったわ。」

伝子は、側の男に尋ねた。「死の商人の使いに成り果てたか。情けない日本人だな。しかも、巡査を拝命しているのに、公務に就かず、逆の行いをしょうとしている。呆れたな。お前、桃太郎の話を知っているか？」

「ああ。それがどうした？」「桃は、どんな音で流れて来たかな？」数秒の間を置き、「じゃあ、お前の好きな色は何だ？」「青。いや、黄色かな？」

「行くぞ、3，2，1！」伝子は赤い線を抜いた。イヤリングからあつこの声が聞こえた。「おねえさま、成功よ！こちらは黄色い線だったわ。」

伝子は、なぎさがカメラを外したのを確認して、男を平手打ちした。往復ビンタである。

伝子が、ダイナマイトを外そうとした時、爆発物処理班が来た。

「理事官に申請した方が良さそうね、常駐を。」「はい。」と、なぎさは涙をこぼしながら応えた。

爆発物処理班が退去すると、警官隊が突入してきた。伝子達は男を失神させてから、秘密の通路から去り、警官隊が来た時には、床に伸びた、爆弾男しかいなかった。

男が連行されて行き、インタビューをしようとした者もいたが、邪険に警察官に「邪魔です。」と言われ、引き下がった。

秘密の通路から出た伝子たちだったが、増田と大町と金森が、そして、なぎさが伝子に抱きついてきた。「よくやった、みんな。さあ、帰ろう。反省会は後だ。」

「おねえさま。反省することなんてあるんですか？」と、なぎさが尋ねた。

「一つある。私がお前達を信頼し、愛し過ぎることだ。」

「お仕置き部屋ですか？」と、今度は金森が尋ねた。

「ああ。お仕置き部屋で抱きしめてやる。」ジョーンズの声が聞こえた。

「美しい姉妹愛もいいけど、もう出発していいかな？」「いいとも！」と伝子は大きな声で返した。

時間は午後1時を過ぎていた。

―完―