第9話

「そうやな。ゆっくり調べたいと思いますよ。」


ホームズのほうから桶田が振り向いたとき、土魔法使いは明らかに青い顔をして後退りしていた。

狼狽えているのか、視線がおよいでいる。

順一やホームズの方を見て、それから近くにいるコスギ達を見るが、この場に土魔法使いは一人しかいない。

彼女の後ろには、逃亡できぬようすでに何人かの警備員かいた。


「その様子だと、なにか知っていそうだね。お話を聞こうか、ミクニさん。」


「━━だって、だって、あいつ……! 」


ミクニは耐えきれなくなったのか、震えながら語りだした。


「自分は動きもせずにしたっぱのあたしにばっかり仕事押し付けて……、だいたい無理なんですよこんな古いだけが価値の物件、あいつのいう値段で借りるなんて……。前世もブラックだと思ったけど、全然だったわ! なにが酒の席は無礼講だよ、ベタベタ触りやがって。気持ち悪い。奥さんとはご無沙汰だからなんだっていうの? 上司となんか飲みたくないのに仕事のうちだって連れていかされて、パワハラもセクハラももう耐えきれなかった……! 」


「確かに、ガーダルシアの宴席にはそんな雰囲気はあるが……そんなに嫌だったなら言ってくれれば……。」


コスギがおずおずと声をかけるが、ミクニは止まらない。

ジェットの妻もまさか、自分の夫がパワハラやセクハラしていたとは思っていなかったのか、青ざめた顔で話を聞いている。


「嫌がったって、冗談だからって笑って終わりだったじゃないですか! コスギさんにも助けてって言ったの覚えてないの? 昭和からの転生人は仕方ないよねってしか言わなかったじゃないの。つまり、法整備のないこの世界じゃ、身体のどこを触られたって、どこにも訴えられない! 警察も裁判所もないなら、自分でやるしかないじゃん! あんな、ゴキブリみたいの、ばっちくて触りたくないから、直接触れずに外からぐちゃぐちゃにしただけよ! 」


「確かに、ガーダルシアの法だともしかしたらパワハラやセクハラは裁けないのかもしれないが……。」


「わ、わかってるよ……。日本にいたときの倫理観だったら、しなかった……。でも、ここは異世界だから……。」


彼女は項垂れて両手を出した。

桶田はその手をそっと下ろしながら言う。


「ごめん、ガーダルシアには手錠すらないんだよね。………警察機関、ちゃんと作らないとあかんねえ。」





この事件は、事件の少ないガーダルシアの全国紙の一面を飾っていた。警備責任者として桶田がインタビューに答えている。

少し前に手伝ったお礼と称して、村田が菓子折りを持ってきた際に詳細をきいていた。しかし、順一は自分の関わった事件が新聞に載るなんて滅多にない経験のため、新聞を角から角まで読んだ。一般人の協力者がいて事件解決にみちびいた、との一文につい頬を緩めてしまう。


桶田や村田などの依頼により、今後もホームズは警察組織を作るためのアドバイザーとして仕事をすることになったそうだ。

仕事も見つかったことで順一宅のホームステイも終了かと思いきや、一向に出ていかない。

どうもアドバイザーに順一も含まれている気がしないでもないが……、気がつかないふりをしている。


「密室殺人なんて、凄い事件だったね。」

「そうかね?僕の記憶によれば、単純ではあったが、いくつか啓発的な点があった。」

「単純!」

順一は叫んだ。

「そう、実際、それ以外に表現のしようがないね。」

ホームズは順一の驚いた顔に笑いかけた。煙を吐き出し、持っていたマルボロを灰皿に押し付けて言う。


「本質的に単純だったことの証拠に、僕は、少々ありふれた推理をしただけだ。あとは本人が勝手に自供してくれて、桶田たちも楽チンだったな。━━それに建物を横にして転落死させるトリックは、赤川次郎の小説に似たものがあったし。」

「んっ?? 赤川次郎?! ……っ本物のホームズなら、日本の小説家のことなんて知らないはず……!! 」

「はっはっはっ! まあ、いいじゃないか。僕が令和のホームズで、君は令和のワトソンで。」

「もう、君が僕を令和のワトソンというなら、この出来事を小説にして発表しなきゃならないじゃないか。」

「ふむ。じゃあ、次に転生して元の世界に戻ったら、是非書いてくれたまえ。」


ホームズはお気に入りのソファに座り直し、微笑みながら言う。


「━━カクヨムで、な。」

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自称シャーロック・ホームズの異世界転生 花澤あああ @waniyukimaru

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