第8話
空は曇天。灰色の雲は昨日に引き続き、この後の雨模様を示しているのかもしれない。
この世界にはアメダスとかはないけれど、気象師というスキルは存在するため天気予報は一応ある。しかし利用するのは農家や漁師などだから、街に住んでいる自分達にはあまり関わりのないとも言える。
それでも順一は以前の世界の習慣で、新聞の片隅にある天気予報は目を通していた。今日も天気はあまりよくない。
ホームズに促されて、湿った土を踏みしめながら事件現場に戻る。カルファ含めた関係者がすべて建物に入っていく。
ご遺体には青い布が被せられており、悲惨な姿は見えないようになっていたが、つい視線を裏口側の壁の上部のベッタリとついた血の痕に向けてしまう。ライトの魔石が生々しい血痕を照らしている。
「まあ……まず、国の役人がマナスキャンしたんだから、安易にカルファって男が犯人だとは言えないんだよね。」
マッチをカラカラと手の中で遊ばせながら、ホームズは喋らないよう口も押さえられているカルファを指差す。
「え、そうなの? 」
「国の役人が魔法の痕跡をスキャンしに来てたからね。たしか身体強化魔法でも、マナスキャンな反応があるはず、ですよね? 桶田さん。」
「重力魔法のグラビティにしろ身体強化にしろ、室内で魔力の動きがあれば、な。なにも魔法の痕跡がないから、魔法による犯罪じゃないと言う判断で奴らは帰っていたよ。かくにんしたければ、国に問い合わせるといい。」
「じゃあ、どうやって被害者はこの位置に頭をぶつけて死んでいたの?」
「もしかして、ゴーストとかレイスとかの特殊な魔獣ってこと?」
「――この物件はガーダルシアを区分けした土魔法使いの作った建物、だったよね。ミクニさん」
「え、あ、……そうです。築89年、ガーダルシア区分け時に建てられたもので、証明の書類もあります。必要であれば事務所にありますのでお持ちします。カルファさんはずいぶん値下げの交渉はされていましたが、かの魔法使いの建てたモノはゴーストもレイスも鍵なしで中になにも入れない魔道具と言われているため、町外れの倉庫ですがお値段をそこまで下げることが出来ませんでした……。」
「もちろん転移の魔方陣なんてレアアイテムも、もちろんない。室内も隣の空き物件にもなかったのは確認済みだ。」
「さらに物件の鍵は被害者が持っていて、内側から鍵も掛けらた、密室だったんだよねえ。」
「じゃあ人間以外の犯行か? 私はこの世界にきて10年は経っているが、そのようなことの出来る魔獣は聞いたことないね。転生したばかりの君が、そんな魔獣を知っているとでもいうのか? 」
「いいえ? 魔獣だったら、もっと単純な現場になりますよ。こんな姑息な殺人は人間しかしませんよ。」
「あー、こほん。つまり、ホームズくんはなにか、わかったってことかな? 」
「―――ま、僕にかかればね。」
ホームズはご遺体に一礼すると、血の匂い立ち込める事件現場をあとにした。裏口から外へ出て一度建物を振り返ったあと、足跡だらけの小道をなにかを探すように目を走らせていた。
後ろから桶田が着いてきていて、なにやら言いたそうな目でみている。
ホームズは桶田を無視して、順一に話しかける。
「"この世界の魔法"は属性以外の魔法は使えない、と言うのが"常識"だろう? 」
「確かに、そうだね。」
「だから自分が疑われないためには、自分の使えない属性で殺したように見せかけたかったのではないか━━と、僕は考えたんだ。」
「つまり、身体強化系の属性や重力関連の魔法の属性やスキルを持っていない人物が犯人ってこと? 」
「そう、僕らの前の世界で言えば、魔法のない世界の"アリバイ工作"じゃないかと思ったんだ。」
ホームズはポケットからマッチ箱をだした。
順一もホームズもタバコを嗜むが、この世界にはライターがないため火魔法属性がないもなはマッチをつかう。地球出身者たちも「レトロでいい」と火魔法属性があっても、マッチを使ったりもする。喫煙者の流行りみたいなものだ。
ホームズはレトロでお気に入りな『猫目』マッチ箱を手に持ったまま、建物を振り返る。
「【ガーダルシア】を区分けした偉大なる土魔法使いは、建築のセンスはあまりなかったな。ただの四角い石の建物は、ただの箱にみえる。」
「確かに、マイクラの初心者っぽいけど。作りやすいって聞いているよ。」
「だけど、建材自体は魔法使いのレベルが高くて、丈夫だし多機能だ。」
「外から中には盗難防止の機能で、魔法関与出来ないもんね。」
「偉大なる土魔法使いよりレベルが高くないと、動かせても壊すことは出来ないんだったな? 」
「ホームズくん、それって―――」
ホームズは手に水平に持っていたマッチ箱を、カタリと縦向きに動かした。
「土魔法使いか! 」
桶田が声を出す。それを受けてホームズは辺りの地面を指差した。
「建物の周りを調べると、建物が動いた形跡は残っていたよ。ほらワトソンくん、地面をよく見てごらんよ。雨が降っていて良かったな、裏口側の地面に四角い痕がちゃんとあるから。被害者は表側の窓近くに立たせて、建物を裏口側を下になるよう縦に動かせば……。」
カタカタと、ホームズはマッチ箱を振る。
「この建物の長さからしたら10~15階位の高さから転落した衝撃になるだろうね。」
「なるほど……。"転落死"ということか。」
「え、でも、ホームズくん、密室の謎は……。」
「単に被害者内側から鍵を閉めただけだよ。言っていたじゃないか。被害者は非常に几帳面な性格だった、と。」
「つまり、被害者が密室を作り出した、と……? 」
「――そんなわけで、奇しくも密室になってしまったために、上の人間が来てマナスキャンするなんて犯人は思いもしなかっただろうが。完全なる犯罪なんて無理なのさ。普通の人間にはね。」
ホームズはマッチ箱をポケットにしまいこむと、桶田の方へ向き直る。態度はずいぶん横柄に見える。
「――以上が、遺体と現場から導きだした僕の推理だ。現時点では証拠もなく、ただの推測でしかない。推測ではなく事実かどうか調べるのが、あなたたちの仕事だと思うんだが、どうかね? 」
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