第7話


「被害者のポケットに、この物件の鍵が入ってたよ。建物の内側から鍵も掛けられていて、いわゆる"密室殺人"ってやつやな。」


桶田がそう言うと、その場にいた人々から何とも言えないため息がこぼれた。

隣の空き倉庫には関係者が集められていた。

被害者の妻と仕事の同僚、友人といったメンバーであった。

こちらの倉庫は貸し出す予定がまだなかったためかずいぶんホコリっぽく、表も裏も開け放って風通しを良くしている。ホコリアレルギーでもあるのか、ホームズはくしゃみを繰り返していたので順一はポケットからティッシュを渡す。びっくりするくらい大きな音で鼻をかんで、桶田が眉を不機嫌そうに動かすのが見えた。


「被害者はベータ地区で不動産会社を営むジェットという20年ほど前に転生した人間で、魔法の属性が無属性だったこともあり、転生前からしていた不動産の仕事をしていたらしい。10年前から独立し自身の名前を冠にした「ジェット不動産」を開業している。」

桶田は腹を決めたら実に協力的に、ホームズたちに状況を説明している。

「彼はリュウと言って、倉庫街担当の警備員で、第一発見者だ。」

「転生人のリュウです。火と風属性で以前は冒険者でしたが、今は警備で街を守っております。」

硬い表情の真面目そうな警備員が、ぴしっと背を伸ばして敬礼をし、ホームズの方に向いている。シャーロック・ホームズだと紹介してから、彼はずっとこんな感じだ。

「自称だから、そんなに緊張しなくても……」と順一は小さい声でリュウにつたえたが、聞こえていないようだ。


「朝7時前くらいの出来事です。見廻り中に表のショーウインドウから、奥に光って見えるものがあったのです。窓があのように曇っているのでよく見えなかったので、近づいてよく中を見てみたんです。見えたのは転がったランタンと、動かない曲がった足と血痕でした。慌てて本部にリングで連絡入れたんですが、なかなか応援が来なくて心細かったです。こっちにいるヴァンと奥さん、同僚の方がきてから、扉を破壊してなかに入り最初にご遺体を確認しました。」

「本部に詰めていたヴァンです。私は転生人二世で、両親が転生してきた人間です。属性は水と火で、同じく冒険者を経て警備員となりました。」

若い警備員はリュウの挨拶を真似して、ぴしりと敬礼をする。こっちは雰囲気を読んでるだけのようだ。なんでこの人に状況を説明するんだろうと、顔にかいてあるような表情をしている。

「物件を管理しているのがジェット不動産と言うことは調べて判っていたので、早急にジェット氏ご自宅へ連絡を入れました。奥さんが言うには昨晩からご主人は帰ってきてないとのことでした。仕事のことは判らないというので、右腕として一緒に働いていたコスギ氏に連絡を取ってもらいました。」

奥さんの方を見るとさめざめ泣いている姿がみえる。水と風の属性だという奥さんの周りは、魔力が制御できないのが湿った風が渦巻いて床を濡らしているのが判る。

その横にいた小太りの男が近づいてきた。


「私がコスギです。私も無属性です。私はジェットと一緒の時期に転生してきたことが縁で、彼と仕事をしていました。あの時期は無属性の転生人が多く、不遇の世代と呼ばれているんです。私も身体強化で冒険者を目指してみましたが、武器も上手く扱えず………向かなかったんでしょうね。全くうまく行かなかったんです。すぐに冒険者を止めましたが、その後の仕事をどうするか困っていたので、仕事に誘ってくれた彼には本当に助けられました。」

コスギはポケットからハンカチを出して、涙を拭った。目は真っ赤ではあるが、気丈に話をしている。

「ジェットは見た目と違って、仕事の出来る男でした。金髪で、流行りのスーツを着ていていい加減なように見られがちですが、性格は真逆で非常に几帳面でした。確かに、細かい性格ですから、ちょっとは融通をきかせろよと腹が立つことも多かったのは事実です。ですが、それは仕事上のことで、プライベートは昔から変わらず、僕らは仲は良かったんです。転生前の仕事ですか? 弱かったので恥ずかしいのですが……相撲部屋に所属していた相撲取りです。」


その次にやってきたのは、小柄な痩せた女だった。

順一はあっと声に出しそうになる。以前、喫茶店『猫目』で被害者と一緒にいたのを見かけていたのを思い出したからだ。

彼女も、ハンカチを目に当ててから話し出す。


「ええ、あの物件を担当していたミクニです。はい、私は土属性だけです。冒険者とかは無理で……転生して、結構すぐにこちらに就職しました。ジェット社長ですか? 確かに仕事には厳しい方でしたが、上司ってそんなもんでしょう? 確かに細かい性格でしたけど……。転生前の会社はもっと酷かったので……。ブラックでしたので。」

「あの倉庫はなかなか難しい物件のようですね。」

桶田が彼女に訪ねると、言いにくそうに答えた。

「ええ、あの、現場の物件はなかなか買い手のつかない空き物件でした。輸送ルートの川から遠いのに大きすぎる物件で、使い勝手がとても悪かったのです。それで━━━」


ガタリ、とどこかで物音がした。


順一たちが音の発生源を探すより前に、隣にいたホームズが走り出した。表のショーウインドウ側のガラスの扉の向こう側に走り去る影がみえる。

続いて、桶田が後を追う。順一たちは立ち上がって、ショーウインドウから外を覗いた。

目にも止まらぬ早さで桶田が逃げた男に追い付き、柔道のような動きで投げ飛ばし、あっという間に彼はガタイのいい男を押さえつけていた。

ちなみにホームズは桶田に追い越された辺りから、隣で立っていただけだった。


「僕は肉体派じゃないのさ。」




ヴァンとリュウが桶田の元に向かい、押さえつけていた男を捕縛して連れてきた。

「あ、カルファさん……」と、ミクニが呟くのが聞こえた。

「『猫目』にいた、最後の男だな。これで関係者がすべて揃ったようだ。」

隣に押しかけたホームズが、ニヤリと笑う。それで順一も思い出した。あの物件を買おうとしていた男であった。


「テルロー・カルファだな。ガーダルシア人の元傭兵か。無属性で身体強化を使っていて、お金がもらえればどこでも闘っていたみたいだな。本部で確認したら、バッチリ指名手配されていたぞ。━━ドラッグの密売人として。」

警備員専用なのか、ミリタリーグリーンの武骨なマジックリングでどこかに連絡を取っていた桶田が言う。マジックリングの水晶には犯罪者の手配書が映っていた。カルファの顔と特徴、犯罪歴が書かれているようだ。

ばたばたと逃げるように身動きをするカルファを、ヴァンがキツく押さえ込む。


「……えっ!? 」

密売人と聞いて、コスギとミクニが声をあげる。

「━━知っているのか? 」

桶田に言われて、コスギが答える。

「ちょうど、…現場になった物件を購入したいと仰っていたのが、カルファ様です。アルファ地区に住居のある貴族籍の方と聞いていましたが……。」

「アルファ地区に入るための紋章もお持ちでしたので、疑いもしませんでした……。」

ミクニも続く。

「でも、だから━━目立たない物件ばかり、見たがったのですね。隣の物件は条件が合わないから、代わりに値下げしろとか社長に強く言ってましたし、なんだか脅し方もマフィアみたいでしたし、……もしかして、この人が社長を……! 」

「ドラッグってのは、最近スラムで出回っているって噂のものか? 詳しくはないが、ドラッグによる争いや中毒による死者も出てるって話じゃないか。……なるほど、こいつが社長も手を掛けたってことですか? 」

「あんなに壁の高いところにぶつけて殺すには、身体強化が出来ないと無理ですもんね。」

「なるほど、傭兵なら人を殺すなんてなんとも思わないんだろうさ。」


「俺は関係ない!! ただ、安い物件を借りようとしただけだ!! 」

口々に責められて、押さえつけられたカルファという男が反論するように吠える。

「確かに、薬は売ったこともあるが……、俺は戦争以外で人を殺したりはしない! 」


コスギ、ミクニとカルファの言い合いの中、シュッ……っと、マッチを擦る音がした。

ホームズがタバコに火をつけていた。

ふぅっと煙を吐き出して、火のついたタバコでカルファの方を指す。


「━━でも、密室ですしねえ。この人には難しいんじゃないんですかね。」






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