第24話




 ◆ ◆ ◆


 脳の処理が追いつかず、気を失ってしまったライネリカを抱えながら、キリノスが軽くフィーガスを睨め付ける。


「確かに殿下が、真っ向から言いくるめろって指示出したっスけど、ちょっとやり過ぎじゃないっスか?」

「…………分かっている。だが、これくらい言わねば、彼女は自らの発言を鑑みないだろう」


 疲れた顔のフィーガスは小さく首を振ると、突風を纏って変化を解いた。蹄を床についてよろけた白馬は、そのまま体躯を伏せて倒れ込む。

 人型へ変化している状態で、あれだけ言い争い感情が高ぶれば、酸素濃度も薄くなるのだろう。リュグザは肩をすくめて、隣にいるアスターに視線を向けた。


「アスタロイズ、閣下を部屋へお連れしてください」

「……分かったわ。……さ、フィーガスさま。客間に行きましょう」


 迷う素振りを見せつつ、立ち上がった彼女がフィーガスに近寄る。支えられながら体躯を起こした彼は、ライネリカを一瞥してから、消沈気味に項垂れ歩き出した。

 固く唇を引き結び、床の一点を見つめていたリンドウが、蹄の音に気がついて慌てて扉の前まで下がった。大きな手を取っ手にかけ、僅かに空けた隙間から廊下の様子に気を配りつつ、振り返ってアスターを見つめる。

 唇の色を悪く変色させる部下に、アスターは眉尻を下げた後、一度、リュグザを振り返った。

 

「……構いませんよ」


 彼女の言わんとする事を把握し許可してやれば、アスターはドレスを持ち上げ頭を下げ、リンドウよりも更に顔色の悪いバラを呼び寄せた。

 ライネリカの二人の従者は、『騎士』としてだけでなく、エイロス国内で最も長くライネリカに仕えている。その主君が取り乱す様子に、何も思わないはずがない。自分達は正しかったのか、これでよかったのか、様々な葛藤があるはずだ。

 バラは表情の変化は乏しいものの、戸惑った様子でライネリカを見るが、すぐに深く頭を下げてアスターに付き従う。家族が共にいることも幸いしたのだろう。

 今は、これ以上の心労が祟らないうちに、頭を休ませた方が良い。

 フィーガスを気遣いつつ退室する三人を見届けて、ラジレイシアが妹の髪を撫でながら口を開く。


「……そうですわね。あたくし達は、この子を甘やかす事に神経を注いでいますの。こうして真っ向から対立してくださる方は、必要なのですわ」


 どこか独り言混じりの呟きに、キリノスが複雑な表情でライネリカを見下ろす。蒼白な顔色で眠る彼女は、怯えるように表情を強ばらせていた。


「……ライネリカ第二王女殿下が、納得するのは少し時間がかかるでしょう。気持ちの整理をする時間は必要だ」


 リュグザは金の瞳を目蓋に隠し、腕を組む。


「ただ、今世、シガリアは二人の子供を産んでいる。出産は体力を使いますからね、おそらく通常より、餌を求めて目覚める時期が早いでしょう。ライネリカ第二王女殿下の意志がどうであれ、自身が生き残る未来を選んで頂くことになる。その為に我々は準備を進めるべきです」

 

 シガリアが覚醒する前に、やらねばならない事は多い。

 まずは大国をフィーガスに明け渡す為、余計な憂いを取り払い、リュグザがシスボイリーの全権を掌握する必要がある。それと並行し、神の国へシガリアを誘導する為のルートも確立しなければならない。皮肉な話だが、生身の人間が神の国へ入国するには、シガリア鉱物が多く必要だ。加えて現在、開門している神の国へ向かう場所は、シガリアの巨体では通りぬける事ができない。彼女の体躯を通す場所も新たに検討が必要になる。

 そして最後、エイロス国の民を、一人でも多く大国に移動させるのだ。

 小国と言えど、王族貴族含めて二百人弱。それなりの移動手段を確保しなければならない。幸いエイロス国内には、ラインギル第一王子という協力者がいる。王族として人望があつい彼が内政を誘導してくれれば、自ずと道は開けるだろう。


「……まぁしかし、結局、ラインギル殿下には、国を裏切れと言っているようなものですがね……」


 リュグザは小さく呟き、薄く目蓋の下から瞳を覗かせる。

 エイロス国第一王子とリュグザは、国を超え秘密裏に交流があった。

 彼はエイロス土着の人間としては珍しく、初めから国母に疑問を持ち、ライネリカの犠牲に否を唱えてくれている。

 エイロス国は、国母の為に死ぬ人間がいるという事を、恐ろしく普通の現象として捉えていた。伝承は城下の民草にも広く知られていて、国母に代替わりする生贄の存在を、名誉な事だと全肯定する人間が多いのだ。

 推測の域を出ないが、鉱山となっているシガリアの影響なのだろう。

 彼女は生きた異形だ。彼女の内側を通り体表へ湧き出した水が、流れ落ちて湖を形作っている。海に面していないエイロス国は、湖の水や、鉱山からの湧水を生活用水として使用していた。

 シガリアの体液を少しずつ摂取した国民は、長い年月をかけ細胞が変化させられていく。

 古くからエイロス土着の民であるほど、細胞や思想がシガリアに近しい。だから厳しい環境の鉱山にも、適用できる人体構造を持っている。

 いわば現在のエイロス国は、国民のほぼ全てがシガリアの分身なのだ。故にシガリアの存在と、生き残る手段を肯定する。

 リュグザが成人を迎える前、身分を隠しライネリカに会いに行っていた数年。嫌というほど、そんな国民性を目の当たりにしてきた。

 その中で唯一、出会った当初から違う考えを持っていたのが、第一王子のラインギルなのである。



 


 

 


 

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