第22話





 餌となって、死ぬ。

 胸の内で繰り返した言葉は、そのまま納得という形で腑に落ちた。

 ライネリカはずっと、死んで代替わりするということが、どのような過程を踏むのか理解していなかった。詳細は文献にも残っておらず、伝承をくまなく探しても、誰もその世代交代を目撃している記述はないのだ。


「シガリアは、僕らの世界で起こった戦争に巻き込まれた。彼女は僕ら兄弟を守る為に深手を負った。しばらく消息を絶っている間、エイロス国に逃れたのだろうな。それ以降の彼女の身に起こった事は、推察の域を出ないし、もうシガリア本人にも、恐らく聞き出せないだろう」


 フィーガス曰くシガリアは元々、それほど巨体を持つ存在ではなかった。だが、現状まで肥大化しているのを見ると、考えられるのは、彼女が生成する鉱物を得るために、人間がわざと彼女を肥大化させて囲い込んで動けなくし、彼女は自らの体に臓器が耐えられるよう、休眠状態に入っているということだ。

 シガリア鉱山は、シガリアという異形そのもの。エイロス国の民は眠る彼女の体に分け入り、彼女の体の一部を採取し、それを売買することで豊かさを約束されている。


「休眠状態でありながら新たな鉱物が生成され、加えてあの体躯を維持するなんて、通常の種族では到底無理だ。体内の栄養素だけで足りるはずがない。だが人間がそれに気がつくには、あまりに種族的な差がありすぎる。だから、……彼女が、彼女自身の意志で、体外に餌を用意したとしか思えない」


 種は、体内で組み立てられた栄養素を摂取しなければ生きていけない。

 何らかの方法で交配し、生まれてくる子供を栄養素として排出し、再び取り込もうとしたのだろう。シガリアは恐らく、長い生命活動の中で、絶体絶命の時に飢えを凌ぐ方法を心得ていた。


「彼女が排出した最も栄養価の高い餌と、その血を分け与えた六つの肉。シガリアはそれを食べる事で、己の命を維持してきたのだと、僕は思う」


 再び、重い沈黙が降りた。真っ青な顔でフィーガスを見つめるライネリカに変わり、ラジレイシアが眉を顰めたまま、発言の許可を求める。それに小さく頷くと、彼女は胸の前で片手を握りしめた。


「……シガリア鉱山が、生きている生物だと言うことは、分かりましたわ。ですが、そのお話と、国を滅ぼすこととどんな関係があるんですの」


 フィーガスが説明したのは、あくまでシガリアの実態だ。自分達が最終的に、ライネリカと共にその異形へ食べられる未来である、という事は理解できた。

 ラジレイシアも妹姫同様に、生まれた時から、国の為に死ぬことが誉だと教えられた身だ。彼女に何の力も宿っていないと分かった後も、ライネリカと『血の契約』を結んだ後も、大切な妹の為に働き、国の為に死ぬことが最も価値ある事だと刷り込まれた。

 しかし今の彼女は、母国で暮らしていた時ほどの愛国心はない。

 成人を迎え、すぐ隣国に嫁いでから三年。まるで、我が祖国を守ろうとする強い感情は、無くなりつつあるのだ。

 シガリア鉱山に何かを行い、それによってライネリカを助け、その顛末が一国の滅亡なら、それも良い。

 フィーガスは視界の端にライネリカを捉えたまま、僅かに手を握り締める。


「僕ら兄弟は、シガリアを助けたい。彼女にとって今は、苦痛以外の何ものでもないだろう。だから殺す。殺して彼女をあの状態から解放する」

「……あの山脈を? どのように?」

「シガリアは餌を得ようと、必ず目を覚ますはずだ。口径摂取である以上、気を失っている今の状態では不可能だろうしな。レディを囮に使って僕らの国にまで誘導し、そこで首を切り落とす」


 ライネリカが息を呑んだ。ますます訳がわからない。

 シガリア山脈は、エイロス国を外敵から守るように連なる山だ。それが動き出すとでも言いたいのだろうか。もし本当にそうなら、シガリアという種を殺す以前に、エイロス国は壊滅してしまう。


「シガリアの首が、どの方向にあるか分からない以上、一度目覚めさせるしかない」

「……っ、お、お待ちください、閣下、恐れながら申し上げますが、そっ、そんなことをしたら、我が国はどうなるんですの!? 殺す殺さないよりまず、あの山脈が本当に動いたら、我が国は跡形もなくなりますわ!」


 紙のように白い形相で叫んだライネリカに、フィーガスの極めて冷淡な声が応えた。


「そうだ。だからエイロスは滅ぶと言っただろう。僕ら兄弟はこの数百年、ずっと彼女を探してきた。やっと見つけたんだ、この機会は逃せない」

「養母であるという話は聞きましたわ、ですが! 我がエイロス国は、どうなっても良いと申しますの!?」

「構わないだろう、あんな国家として破綻している国など」

「──ッ!!」


 あまりに傍若無人な態度に、頭に血が上る。

 彼がシガリアを助けたいとする、強い意志があることは理解できる。言葉の端から、表情から、大切な家族であった事は十二分に伺える。

 だが、祖国が滅ぶ事と天秤に掛けたとき、ライネリカが選ぶ未来は明白だ。

 彼女が生きる使命は、エイロス国の豊穣と安寧の為。それを害そうとするフィーガスの姿が、彼女の目には歪な怪物にしか見えないのだ。



 

 

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