第19話
数年ぶりの対面となる近衛騎士団長に、ライネリカは感極まって抱きついた。
「アスター! こんなところにいましたの、わたくし、ずっと心配で……!」
「申し訳ございません。任務の為とはいえ、なにも言わずにお側を離れましたこと、お許しくださいませ」
抱き返した彼女は、目蓋を閉じて謝罪を口にする。
アルヴィア・ロイズは、現エイロス国王の臣籍降下した姉の子供だ。昔からラジレイシアとライネリカを護ってくれていた、頼れる騎士である。
エイロス国では近衛騎士を志願するのに、性別は問題視されない。伝承の記述で女神と共に旅立った『騎士』の中に、女戦士もいたからだ。
彼女は功績が認められ、近衛騎士団長に命じられてからは、主に第一王子の近衛騎士として職務に励んでいた。
そんな騎士団長は数年前、長期任務として、急に姿をくらました。
アスタロイズ、──アスターが差し出した手を取れば、流れるような動作でソファーに移動し、腰を下ろす。バラが様子を見てリンドウを招き入れると、彼は半泣きになりながら胸の前で手を組んでいた。
アスターはリンドウの剣術の師だ。おまけに騎士団長の長期任務は、他の団員達にも何も説明がなく、ライネリカ同様、ずっと彼女を気にかけていた一人である。
「だ、だんちょぉ……っ」
「リンドウ、私が不在でも、我が主さまをよくお守りしましたね。流石、私の一番弟子です」
「はいぃ……っ!」
おいおいと泣き始めるリンドウに、バラがそっと片手を背中に添えた。泣き虫は変わらない、と一人苦笑したアスターに、ライネリカはおずおずと見上げる。
「でも、あの、……まさか、シスボイリーの皇太子妃になっているとは……」
第十二皇子が妻を娶っていたことは、もちろん知っている。結婚式が盛大に行われた事も。しかしその時のライネリカはまだ成人を迎えておらず、属国の使者として参加していなかった。それに式典へ出向いた父王や王妃から、何も聞いていなかったので、あまりにも実感が湧かない。
もしや、施設で相対した第二王子の反応然り、気がつかなかったのだろうか。
確かに、騎士として誠実な姿しか知らない身からすれば、今の彼女はあまりにも雰囲気が違っていた。
元々美人であった顔立ちは更に磨きがかかり、艶のあるピンクブロンドの髪も美しく、薄紅の瞳は輝く宝石のようだ。ドレスも胸元が開いた極めてグラマラスな物で、彼女の豊満な胸を惜しげもなく晒している。妖艶、がしっくりくる、そんな姿である。
ライネリカの視線が胸元へ向いている事に気がついたのか、彼女は一つ咳払いをして、先ほどライネリカにかけたショールを巻き直した。
「……申し訳ありません、お見苦しい姿を」
「い、いえ、とっても綺麗ですわ、アスター。ただ、……もしかして、第十二皇子殿下の、ご趣味なんですの?」
「いえ、そういう設定なのです」
間髪入れずに否定した言葉に、ライネリカは首を傾ける。
「設定?」
「はい。無理なく宮殿に入り込めるよう、高級娼館の娼婦としての地位を確立し、第十二皇子に見染められ、召し上げられたという設定になっています」
「っしょっ、っ、っ」
衝撃の事実に二の句が継げずに居れば、彼女はややあって、娼館での仕事はしていないと生真面目に片手を振った。
エイロス国には娼婦、娼夫といった仕事は存在しない、事になっている。流石の実態はライネリカまでは届いてこないが、大国のようにそれがあって当たり前の国ではなかった。
アスターも国の方針同様、不特定多数と関係を持つことは断じてせず、第十二皇子の協力を仰いで、無事に宮殿へ招かれたという。
真面目で実直な彼女が、まさかそんな設定でまかり通っているとは思わず、ライネリカの口は開いたままであった。ようやくの思いで思考を引き戻すと、引っ掛かりを覚えた言葉に食らいつく。
「第十二皇子殿下の協力って、どういうことですの? ……あなたはどのような任務で、動いておりますの?」
眉を顰めた主君の問いかけに、ソファー横に立つアスターは、顎を引いて姿勢を正した。
長期任務が大国への潜入調査、という事であれば、騎士団長である必要性は謎だが、任務自体は分からなくもない。しかし、第一王位継承者であるリュグザの手引きで潜入したとなれば、話が別だ。
内容によっては、大国シスボイリーへの叛逆なのか、小国エイロスの国家転覆なのか、判断が分かれるからだ。
王族の顔となったライネリカに、アスターは目を細める。
「……私の任務は、ラインギル第一王子殿下より、ライネリカ第二王女殿下を救済する方法を探せ、と」
「……、……え?」
「主さまが、命を落とす必要のない道を探せと、そう命じられております」
扉の前で、リンドウとバラが揃って息をのんだ。
ライネリカは鼓膜を震わせた言葉を、文章として理解できずに目を見開く。数秒かけて自らの脳内で咀嚼し、処理が追いついてから、乾いた笑みを口端に浮かべた。
「…………な……何を、言っていますの?」
やっとそれだけを絞り出した声にかぶさるように、控えめに扉が叩かれる音がした。
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