第17話





 一方では、大勢の人々が忙しなく動き回り、会話をしながら特殊な器具で鉱物を打ち付ける。

 一方では、たくさんのフラスコを並べた器具に鉱物を入れ、青白い炎がその培養液を煮だたせる。


「……すげぇ」


 半歩前にいる第二王子が、感嘆を溢した。

 宮殿に併設された、シガリア鉱物専門の巨大な研究、加工施設。彼がずっと施設に訪れたかった、世界で最先端の技術がある場所であった。

 

「よく参られた、ラヒューレ第二王子殿下、ライネリカ第二王女殿下」


 騒がしい施設内でもよく通る声が、二人を呼ぶ。第二王子がハッとして腰を折ると、ライネリカもドレスを持ち上げた。


「顔を上げてくれ。挨拶が申し遅れた、シスボイリー国第三皇子、ジャダル・リア・シスボイリーだ」

「ご挨拶賜り恐縮にございます。ベルジャミン王第二王子ラヒューレと申します。こちらは末姫のライネリカです」

「大国の耀き繁栄をお喜び申し上げます、紹介に与りました、ライネリカと申します」


 深く頭を下げてから、ライネリカはそっと顔を上げた。視線があったジャダルが、一瞬惚けた顔をした後、一つ咳払いをして目尻を緩ませる。


「長旅、ご苦労であった。ライネリカ第二王女が、我が国の加工技術に興味を持っていただけて、嬉しい限りだ」


 強面の顔を上機嫌に緩ませる彼に、ライネリカは曖昧に微笑んだ。

 なるほど、そういう設定なのか。

 どうやら第二王子側も、ライネリカが到着するまでの二週間、これ幸いと色々働きかけていたらしい。妹姫をダシに使い視察を取り付けたようだ。これなら互いを利用するのに貸し借りはなさそうである

 

「本日は視察の許可を頂き、ありがたく」

「ああ。貴国は貴重な鉱石の原産国だ。特に貴殿の著書は私も拝読したが──」


 熱心に話し合う二人を横目に見つつ、ライネリカは、さてどうやって別行動を取ろうかと考えを巡らせていた。

 無理のない入城許可を取り付けた以上、下手に動くのは不信に思われる。かといって、この場所から動けなくては、遥々やって来た意味がない。

 どうしようか、と悩んでいると、不意に第二王子から声をかけられた。


「ライネリカ、ジャダル殿下が、シガリア鉱物を宝石に加工する工場の方へ案内してくださるそうだ。お前はそっちの方がいいだろ?」

「まぁ。ですが、そんな、第三皇子殿下のお手を煩わせるわけには……」


 日用品も気にならない訳ではないが、宝石は確かに気になる。とはいえ、わざわざ案内を受けずとも、と思った視線の先で、第二王子がにこやかに笑った。


「宝石、気になるよな?」


 言外に、さっさと第三皇子を連れ出せ、と圧をかけられた。

 ライネリカは半目で彼を睨め付け、数秒だけ口を閉じる。

 純粋に視察へ専念をしたい第二王子からすれば、大国第三皇子の機嫌をとりつつ接待的に行うのは、面倒極まりないだろう。考えは理解できるが、ライネリカもライネリカでこの大国に来た目的がある。しかしその問答をこの場で出来るわけもなく、渋々頷いて再度ドレスを持ち上げた。


「感謝いたします、ジャダル第三皇子殿下」

「いい、私が言い出した事だ」


 彼の顔色が僅かに紅潮して見えるのは、気のせいだろうか。事前にあんな話を聞いたばかりで、少し動揺してしまう。

 一歩下がって着いて行こうとしたその時、ジャダルが片手を差し出した。

 え、と理解が追いつかず、思わず彼の顔を見る。誠実そうな顔をしながら、しかしライネリカがすぐに手を握らない事を、不思議に思っているような顔だった。


「……で、殿下、あの、?」

「どうした? 手を」

「あ、あ、あの、? わたくし、婚約者がおりまして、それに、第三皇子殿下には妃さまもいらっしゃいますし、不躾にお手を取るなど……」


 大国の礼儀を全て心得ている訳ではない。一夫多妻制のこの国では、特別重要視されていないのかもしれない。しかしエイロス国の貴族内では、婚約者がいる淑女が家族以外の紳士に、ましてや妻子ある男に対し、自らの意志で手を取る事など、悪き行為だとされていた。許されるのは年はもいかぬ子供だけである。

 困惑するライネリカに、ジャダルは鬱蒼と笑って首を傾ける。それは敵前の高揚感にも似た表情で、ライネリカは息を詰めて震え上がった。

 面と向かって会話をすることは初めてだとしても、直感的に何かが異常だと思った。いつも通りの第三皇子ではない。そう頭に警鐘が鳴り響く。

 

「ライネリカ? どうしたよ、いつまでも殿下を煩わせるんじゃねーよ」


 小声で叱責する第二王子は、すっかり脳内がシガリア加工品の件でいっぱいになってしまっている。視線はずっと施設内に釘付けだ。リンドウやバラに助けを求めるわけにもいかず、ライネリカは困り果てて視線を彷徨わせる。

 フィーガスの言動や行動に頭はきても、彼と自分は婚約関係にある。不誠実な態度をとれるほど、ライネリカは落ちぶれていない。

 意を決して否を唱えようとした瞬間。

 どこからか飛んできた細い針が、ジャダルの左耳朶に埋め込まれたシガリア鉱石を、後ろから貫通して木っ端微塵に吹き飛ばした。

 






 


 

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