第12話





 背後に数人の側近や護衛を引き連れ、仰々しい様子で父王の部屋の前にやってきたのは、シスボイリー国第三皇子、ジャダル・リア・シスボイリー。リュグザより十以上年上の異母兄であり、現正妃の実子である。短く刈り上げた金髪と屈強な肉体を持ち、父王の若い頃によく似ていた。

 シスボイリー国王は、数多の属国を従えるにあたり、手駒となる子供を多くこしらえた。存命であるのは皇子が六人と、皇女が五人である。

 第三皇子は自らの出自に誇りを持っていて、側妃と見初められた娼婦の子供であるリュグザを毛嫌いしていた。何かと面倒な難癖をつけてくる人物である。

 ジャダルは胡乱げな双眸で父王の部屋を見た後、そのままリュグザが持つトレーに目を向けた。


「父上の容態はどうだ。貴様が自ら調達してきている薬は、きちんとした効能があるのだろうな」

「もちろんですよ、義兄上。父上には長く存命であって貰わねばなりませんからね」

「心にもないような顔で殊勝なことだ」

「とんでもない。本心ですよ」


 ジャダルの側近や騎士たちからも、敵意を感じる眼差しが肌を刺す。自分達が仕える第三皇子を押し退け、小僧が国王の寵愛を受けている状況が、面白くないのだろう。

 それに父王の容態に何かあれば、真っ先に疑われるのはリュグザだ。王位継承権を取り戻したい彼らにとっても、こちらの隙を窺っているのが十二分に伺えた。

 リュグザはニヤニヤと笑って金の目を細め、ジャダルの碧眼を見据える。


「ところで義兄上はどちらに? お引き止めしたのなら、申し訳ございません」

「……いや、貴様に要件があってのことだ」

「俺に? 珍しい、何用でしょう?」


 大袈裟に目を見開いて首を傾げるも、相対する男は険しい表情のまま小さく息を吐き出す。


「神の国の陛下と、エイロスの姫君の事だが、エイロス国王から遠回しの抗議が入った」

「……それはそれは。婚姻は厳格な契約の元ですが」

「日参しているとの事だが、貴様は把握しているのか? いくら神の国の王と言えども、相手は王女。あまりに無礼な振る舞いだとな」


 リュグザの後ろで、キリノスが何とも言えない顔でリュグザを一瞥した。把握しているも何も、フィーガスには彼自ら忠告しているのだ。しかし聞き入れてもらえていない。

 エイロス国の第二王女ライネリカは、リュグザ個人を毛嫌いしている。それは彼女本人も隠せていない周知の事実で、エイロス国王も娘を慮り、第三皇子に対して抗議を申し入れたのだろう。この男がリュグザの反対勢力であることもまた、に周知の事実であるからだ。

 片手を額に当てて長い息をついたリュグザは、胸に当て直して軽く頭を下げた。


「お手を煩わせ申し訳ございません。フィーガス弟王閣下には、再度、俺がご忠告を」

「エイロス国王も、貴様に交渉を任せることで、姫君に危害を加えられるのではないかと恐れている。相応の対応で大人しくさせろ。エイロス国が世界の宝物庫の異名を持つに、恥じぬ国でことを忘れるな」

「申し開きもございません」


 頭を下げたままでいるリュグザに、ジャダルはますます表情を歪める。矜持の高い男だ。腰の低い第十二皇子など、優位に立ったところで優越感に浸るわけもなく、ただ苛立たしいだけだろう。自分の方がよほど上手く交渉を進められる、とでも思っているのかもしれない。

 ここ数年、この男はエイロス国に固執し始めている。それまで眼中にもなかったはずが、リュグザが成人し交渉の場に赴くようになってから、──正確には、リュグザと共に小国の視察に訪れてから、彼の思考回路は切り替わった。

 理由は単純明快で、小国の愛らしい第二王女に熱を上げているからである。

 ジャダルには高貴な家柄から娶った妻がいるが、ライネリカの容姿は、そんな事など些細な問題だと捨ててしまえるほど、相手を魅了する力があった。女貴族である身で短髪だ、という事だけを取り立たされ、周囲からは眉を顰められがちの彼女だが、造形の美しさは群を抜いている。

 そんな彼女にこの男は、自分の立場も年齢も忘れて入れ込んでいる。ほとんど会話もした事がない小心者が、ご苦労な事だと、リュグザは内心でせせら笑った。


「さぞかしライネリカ第二王女も、心を痛めている事だろう」


 痛ましい、と一丁前に他国の姫を心配する様相に、ジャダルは声を上げて笑いそうになるのを堪え、一つ咳払いをする。


「そうですね、双方、上手くいっているようですが、確かに姫君が恐怖に感じていることについては、改善の余地があるでしょう」

「余地ではなく義務だ。でも、難しい判断ではあるまいよ」

「そうですね。でもあるまいし」


 相手を射殺さんばかりの碧と、柔和でいて冷めた金が、双方の間で鋭く交差した。数秒の沈黙の後、先に静寂を破ろうとしたジャダルの後方より、甘えた声がリュグザを呼ぶ。


「リュグザさま、やっと見つけたんだから。もう、どうして早く部屋に戻って来ないの? あたしを寂しくしないで」


 第三皇子の側近たちの間を縫うように、女が一人、悠々とした動作で近づいてくる。

 ゆるく巻いたピンクブロンドと、赤い口紅の美しい女だ。しかし豊満な胸を強調するドレスを揺らし、白く艶やかな肢体を男たちの前に晒す仕草は、品性とはかけ離れた妖艶さを醸し出す。

 彼女は笑みを浮かべたまま、男たちに移し香を振り撒き、開いた胸元にある黒子を見せつけるように、リュグザの片腕に抱きついた。


 

 

 


 

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