第3話

 だからであろう。彼女がクラス内でのカースト上位に居座るサッカー部の男と楽しそうに会話していることに業を煮えたぎらせていた。嫉妬である。当初その権利を有していないと考えて諦めていた良心的な僕は気づけば忘却され、傲慢党が脳内議会の第一党となっていた。呵責もなさそうにあの男と笑みを含んだ会話していることに苛立ち、「僕のことが好きではなかったのか」そう真面目に口ずさんだ。誰にも聞こえないちっぽけな声で。それでも続く二人の優雅でいかにもと青春を彩る光景は見るに堪えないが、可能性の片鱗を感じて安心したい思いからか悟られない程度に目をやった。口をパクパクと動かしているのを遠巻きに見ているから、何をおしゃべりしているのか知れないが、甲高い声と変声期が静まり落ち着いた低温の声とが、共鳴するように笑うのだけを耳は知覚して、ぴくっと動揺する。目の情報は仮定に過ぎないが耳が事実だと証明すると脳みそは訴えるのだ。感覚器官ほどの正直者はいないため、やりきれない気持ちになる。けれど同時に正直者が馬鹿を見るという言葉通りに、伝えた情報は逐一放出されていき、仕事が無に帰すのである。全てを司る心が偏向報道によって傲慢を浮き彫りに、それが結果として隣にいるのが僕でない理由が思い浮かばない、彼が隣にいる理由が思い浮かばないなどという感情を生み出す。それから思考は曲がり、校則では禁止されている眉毛そりと横髪の刈り上げを平気でやる男だぞと思っている間に、ふとこの嫉妬を狙っての事ではないだろうかと気が付いた。怒りは理性を飛ばすから、それによって僕がやむなく話かけてしまうのを狙っているのならば、なんて臆病な手を使う。まったく可愛らしいやつめ。急激に穏やかさを取り戻し「なめてもらっては困るなあ。僕は利口な男だぞ」と息巻いて狸寝入りをした。一番近い席のイスが引きずられる音がして、彼女だと高揚する。はてさてどうでてくるのだ?僕は君が決行した作戦を見てすらいないかもしれない。君に好意を抱いていないかもしれない。などごちゃごちゃ抜かしているうちにチャイムが鳴り響いた。時間に解決させるときたか。まあ安牌を取るのは普通だな。恋愛は急がば回れの連続だからなと高台から見下ろして言う。すると(お前が乗っているのは断頭台だぞ)と誰かが言った。声帯は震わせていないからクラスメイトの誰かではないな、いやもしかするとテレパシーか、としているうちに正体がリトル僕であることを悟った。彼はいつも反対のことをいうだけのゴミだ。

(妄想で満足するなよ)

(いいところだったのに邪魔するなよ)

(お前自分の姿見てみろよ、垂れた腹に青白い肌だろ?あんな筋肉に溢れたイケてる男じゃない)

(妄想は自由だぞ。そんなことも知らないのか?)

(自由ではあるがお前の場合、現実にまで手が伸びちまってる。何故今日彼女がお前を中心に行動しているなんて痛い勘違いをしてたんだ?)

(あくまで可能性の話であって事実とは一切思っちゃあいない)

(ならこのまえの帰り道、今日は話しかけられなかったなと呟いてたのはなんだよ。期待してるじゃないか)

(彼女は冷静に僕を口説こうとしていることに気付いていなかっただけだ)

(気持ちわるいなお前)

(なんでキレてるんだよ。これは僕の話だぞ?)

(主導で動いているのはお前だけど、精神やら感情の起伏は俺にとってダメージになる。どうせ今回も相手はなにも悪くないのに勝手に傷つくんだろ、どこまで人見知り拗らせればそんなことになる?)

(僕は傷つかない。傷つけないように気を付けるほうだ)

(なんの根拠があって・・。最後には面倒だからとかぬかして彼女のことを忘れようとするんだ。)

(それは前の子に飽きて面倒に思っただけだよ)

(クズ。本当は怖いだけなのに)

(怖い?何言ってんだ)

(俺はある意味お前の深層心理の具現化だから、全部お見通しなんだよ。勝手な期待は失望を生むだけだから認めないとか、自分から話しかけないのは無視されたり、あとで陰口言われる恐怖が彼女と付き合うことより重要だと思っているからで、面倒くさいってのはそれらの要するに傷つきたくない自分をひた隠しにするための・・・)

(うるさい!黙らねえと殺すぞ。もう二度と喋るな)

(まあ必要になったら出てくるさ。お前のためじゃないからな)

彼に顔はないけれど確実に勝ち誇った顔だろう。彼女を見るたびに脳裏によぎる妄想が3割程度に減少した。長年放置されていたガムテープを剥がしたときのねちっこさや、耳管開放症によって感傷に浸った感情を憤りに変えられた胸糞悪さも相まって、貧乏ゆすりが激しさを増して辺りに地震が起きてしまいそうだった。

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砂ぼこりのおり、かき氷 相田田相 @najiroku

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