第2話

 目が彼女を映してから脳が記憶するまでにそう時間はかからなかった。比較的大きな瞳は感情を筒抜けにしているため、裏表のない性格として好かれており、スポーツをこよなく愛する姿勢の格好良さに磨きのかかったスタイルは数多の人を魅了し、何匹の豚共を興奮させてきた。邪魔だからと短い髪にしているのも、女々しさを消し去り好印象をもたらす。小高い鼻にぷっくりと柔らかな唇に小麦色の肌、これら全てが総じて特有の可愛らしさと愛らしさを溢れさせ、僕はそれに惚れていた。女性的なものに嫌悪を抱いていたから、彼女のことを好きになるのは当然の道理だった。しかしだからといって彼女に好意を伝え、直ぐに告白するようながめつさは出さなかった。陰茎海綿体に動脈血が充満している猿と同じと思われたくなかったからだ。一流の捕食者のように機会を伺い来るべき時に備えて、じっと待つのである。そしてときは簡単に満ちた。席替えにより彼女は僕の隣になった。席はくじで決めるから変な誤解を生むことなく、最高のチャンスを得たことに歓喜した。彩度がグッと高くなり、人々の声は多少のモザイク処理が施されて、僕と彼女だけの世界に思われた。

「山田くんって頭いいよね。分からないことがあったら訊くかもだけどいい?」

「あ、はい。大丈夫です」

「よかった。これで頭がよくなる」

満面の笑みで僕を見つめているのはよく理解しているけれど、目を合わせることができない。沸々と顔周りの火照りが赤面を知らせているのだと思い、見られたくないがためにそのまま机に突っ伏して狸寝入りを試みた。すると「あ、寝ちゃった」という声と「いつもでしょ」という声が聞こえてきた。

「陰キャだから仕方ないよ」

「え?そんなことなくない?山田くんて頭良くて可愛いじゃん」

「え、まじ?こいつなんか怖くね?急になにかやってきそうで」

「そんな人そうそういないよ、海外ドラマの見過ぎだよ」

こんなやり取りが近くで行われている。本人が隣で寝ているというのに全く失礼な野郎がいたもんだと怒りがこみ上げてくるが、彼女が擁護してくれたうえに褒めてもくれた事実のおかげで、すぐに冷める。明らかに僕に対して好印象を抱いているのだと内心嬉しかった。その会話以降はなにもなかったけれど、収穫としては十分すぎるし、なによりこれからだろうという意識が強かった。僕は布団に潜れば鬼神の如き活躍を遂げる英雄へと様変わりを遂げる。それはまるで三国志演義の関羽のようで迫りくる敵を次々に撃破していき、その後ろでは僕の戦いぶりに見入っている彼女が座り込んでいる。防衛戦にて場をつかむ主人公に魅了されるヒロインの構図は、ときおり胡散臭いと我に返るも壮大な妄想の前に太刀打ちできるわけもない。一頻りふけり満足をしたところでやっと眠りにつくのだ。そのときの心境は完全に現実で起きたものだと確信するほどの満足感を味わっていた。もうそこに世界の区別などなく、多幸感と事実が存在するのみで彼女はもはや僕に夢中だと信じて疑わなかった。

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