番外編 ココハとコヒナ

①ふしぎな出会い

【はじめに】

 今回、番外編「ココハとコヒナ」としまして、琴葉刀火先生の作品『世界渡りの占い師は NPCなので世界を救わない』より、刀火先生のご許可と監修を頂き、主人公コヒナさんと同名の占い師が登場します! コヒナさん登場の番外編は今回含め、全3話で完結予定です。

(今後刀火先生の作品が書籍化されて権利関係がややこしくなった時、番外編は非公開となる可能性もありますので、いまのうちにお読みいただけましたら幸いです)


 刀火先生の作品はネットゲームを中心とした物語ですが、ココハの世界はゲーム世界ではありませんので、あくまで倉名まさ版のパラレルワールドコヒナさんとしてお楽しみいただければ幸いです。その他にも幾つかオリジナルコヒナさんと相違点もありますが、刀火先生には「そのままでも良い」と許可を頂いています。


 よろしければ、とてもステキな作品ですので、ぜひ『世界渡りの占い師は NPCなので世界を救わない』もお読みください!

(もし拙作のココハを読んで面白いと感じて頂けましたら、きっと刀火先生の作品も好みドンピシャかと思います)

https://kakuyomu.jp/works/16816700429050299055


 ◇◆◇


【本編】

 これは、ココハが故郷へと向かう旅の途中。

 とある小さな町での、ささやかな出会いの一幕。


 イハナ隊のみなと一緒に、ココハは門をくぐり、町を囲む城壁の中へと入った。

 そこは、百戦錬磨の隊商イハナ隊にとっても、初めて訪れる町だ。村と呼ぶにはちょっと大きく、街と呼ぶにはちょっと小さい、素朴な雰囲気の漂う町だった。

 民家の屋根は低く、パッと見た限りでは大きな建物も見当たらない。少し遠くに見える教会の尖塔が一番背の高い建物だ。それも、王都サラマンドラが誇る大教会、サンタ・エステル聖堂とは比較にならないほど素朴な造りなことが、遠目からも見て取れた。

 田舎育ちのココハにとっては、なんとなくほっとするものを感じる光景だった。

 


「と、いうわけで各自情報収集とあいさつ回りよろしく~。この町があたし達の交易新規拠点になるかどうかは、みんなの目と腕次第だかんね」


 イハナは元気よく、けど隊長らしくちょっぴりプレッシャーも感じるような声で隊員たちに呼びかけた。隊員たちから「おう」と頼もしい返事が間髪入れずに上がるのを確かめてから、自分の後ろに控えていたココハの方をくるりと振り返って、


「じゃ、あたしとココちゃんは町歩きを楽しむとしましょうか」

「いや、ですから……」


 ――わたしのことはいいから、ちゃんと仕事してください。

 そう言いかけて、ココハは途中で口をつぐんだ。

 ココハにもだんだんわかってきたことだけれど、イハナはぶらぶらと町を散策しているようでいて、訪れた場所のヒトやモノを鋭く観察する力は常にオンになっている。事務的なことは隊員たちに任せ、より大きな視点で町を観察するのがそのスタンスのようだ。

 また、ココハという商いとは無縁の素人と一緒に町を見て歩くことで、新しい視点に気づくのを期待しているようなフシもあった。別にココハのことを利用しているわけじゃないだろうけど、どんな些細な縁も商機に活かしてしまうのが、イハナが凄腕なところだ。

 それに、ココハがあんまり遠慮しすぎると、イハナはすねる。けっこう本気ですねる。「ふーんだ。あたしと一緒よりココちゃんは一人でいるほうがいいんですよね~」などと言ってすねた挙句、寝ている間に果実から作った染料で顔をペイントされたり、食事の時に後ろから髪をお団子頭にされたりと子どもみたいなイタズラをしかけてくる。(どちらも隊員たちからは「新鮮だ!」と案外好評だったが……)


「わかりました。じゃあ、よろしくお願いします、イハナさん」

「おうよ。すなおでよろしい!」


 ココハがぺこりと頭を下げ、イハナは豊かな胸をぽよんとたたいて、鷹揚にうなずく。その後ろでは、隊員たちがこっそり苦笑を漏らしていた。


「では、隊長、ココハさん。ごゆっくりお楽しみください。また後ほど」


 話がまとまったところで、実にさりげなく副隊長のエステバンが言い、他の隊員たちに細々とした指示を与えはじめた。

 隊長が不在のあいだ隊員たちをまとめ、実際的な仕事をこなすのが副隊長である彼の役目だ。イハナも、彼の存在があるから、安心して町歩きに繰り出せるのだろう。


「んじゃ、ココちゃん。まず、どこ行こっか?」

「ん~、全然土地勘がないのでちょっと分からないです。イハナさん、何かアテはありますか?」

「ない! あたしたちも初めて寄った町だからね~」

「そんな堂々と宣言されても……」

「ま、とりあえず足のおもむくまま行きましょうか。あえて表通りからはずれた裏路地とか歩くのもいいかもね~」

「あ、それおもしろそうです! わたし一人だとゼッタイ迷っちゃうんで、助かります」


 ココハとイハナの二人はわいわいと楽しげに言い合いながら、まだ細かな打合せをしている他の隊員たちより先に、町の中へと歩いて行った。


 ◇◆◇


「ほむほむ。どうもこの町、これから発展していく途中って感じね~。これは商売のしがいがあるわ~。ココちゃんのおかげで、いいとこ見つけられたかも」

「いや、べつにわたし関係ないですよね」


 狭いけど、ぎりぎり二人並んで歩ける。そんな表通りから外れた路地をぶらつきながら、イハナとココハは言葉を交わす。

 路地は狭いけれど、背の低い素朴な造りの家が並んでいるおかげで、あまり圧迫感はなかった。案の定道の左右はほとんど民家で、あまり人ともすれ違わなかったけれど、時おりぽつりぽつりと、近所の人が利用するのだろう野菜や雑貨の商店があるのがなかなか面白かった。


「関係あるよ~。今回、途中までココちゃんの故郷に最短で向かうルートを取ったから普段と違う道に入ったんだし。ココちゃんといっしょじゃなかったら通りがからなかったんだから」

「えっ、そうだったんですか!?」

「あれ、言ってなかったっけ?」

「初耳です。そんな、申し訳ないです。わたしのせいで道を変えることになっちゃったなんて……」

「だ~か~ら~。”せい”じゃなくて、”おかげ”なんだって。いくらココちゃんのためでも、利益になる可能性のあることじゃなかったらあたしらもやんないからね」


 聞きようによっては”冷たい”と感じるかもしれないイハナの物言いだったが、隊商としてのプロ精神も感じる彼女の言葉に、ココハはほっと胸をなでおろした。


「もしかしたら新しい行路を開拓できるかも、って思ってもきっかけがないとなかなか新しい場所に行くって決断しにくいからね~。今回の場合はたぶんアタリだったと思うけど、ハズレだったとしても、ココちゃんのせいじゃないし、それがわかるだけでもあたしらにとっては意味あることだからね」

「なるほど……」


 新しい場所に一歩を踏み出すのに勇気がいることは、遠い片田舎から旅して王都サラマンドラの魔導学院に入学したココハにとっても、実感をもってよくわかる。

 ”行けぬところなし”と世間では評判のイハナ隊でもそういうものなのかと思うと、なんとなく親近感が湧いてくるココハだった。

 そんな話をしながら、二人が狭い路地裏を歩いていると、道の先がほんの少しだけ幅広になった。

 広場と呼べるほどの規模ではないけれど、小さなベンチとテーブルがいくつか、道の両端に置かれていた。

 この国の人たちは日差しを好み、外でご飯を食べる習慣の人が多い。

 そんな市民のために、憩いと食事の場所を提供する意図なんだろう。


 そして、そのベンチの一つにぽつんと一人座っている人影があった。


「あれ? イハナさん、あのかた、なんでしょう?」


 最初にココハがその人の存在に気づいた。

 素朴な町並みからはちょっと浮いて見える格好だった。


 緑のドレスに、つばが広くとんがり頭のマギハットをかぶった女の人だ。その帽子も、ドレスと同色だ。

 緑といっても農業に従事する村人がよく虫除けにしているようなシンプルな草木染ではなく、少しだけ青みがかった、若葉のような明るい緑だ。その表面には光沢があって、日の光を受けるときらきらと霜を思わせる白い光が生まれる。

 後でココハはイハナから聞いたのだが、”霜緑色フロスト・グリーン”と呼ばれる、特別な花から抽出された染料でのみ作れる色なのだそうだ。

 それに、両耳にぶらさげた大きなピアスと、こちらも大きな三連の腕輪が目に鮮やかだった。


「ん~、見た感じ占い師さんっぽい感じかなあって思うんだけど……」

「やっぱりそう見えますよねぇ……」


 そう言いながらも、二人は断定できないでいた。

 占い師。

 サラマンドラくらいの大都会であれば、そう珍しい存在じゃない。

 ココハの親友の一人エメリナも、魔導学院で占星術を学んだのち、王都サラマンドラで開業するのを目標にしていた。いまごろはもう、その夢の実現のために奮闘しているころかもしれない。

 けど、こんな小さな町ではどうしても浮いて見える。しかも、なんでこんな人通りの少ない路地裏に?

 はっきり言って、怪しい。


「え~っと、何かご用でしょうか~?」


 と、だしぬけに女の人が声をあげた。

 一瞬返事をしようとしたけど、その声はココハたちに向けられたものではなかった。

 ちょうどココハたちが空き地に差しかかったとき、一匹の黒猫が占い師(仮)の前にふらりとやってきていた。


「もしかして占いをご希望でしょうか~? えっと、何を見ましょうか~?」


 おっかなびっくりという感じで、女の人は黒猫に話しかける。

 「占い」と本人が言っているからには、やはり、占い師で間違いではなかったようだ。 「みゃあ」と短い鳴き声が返ってきた。


「おお! 占い師さん、ネコちゃんとお話できるのかな?」

「可能性はなくはないですけど……」


 なんとなく声を潜めて、二人はこそこそと言い合う。

 魔導学のなかには動物と意思疎通し、使役する”ビーストテイム”という分野がある。

 ココハはその方面の才能はからっきしなので断言はできないけど、占い師の人がテイムの術を使っているような気配は感じなかった。


 黒猫は品定めするような目で女の人を見上げていたけど、不意にぴょんとテーブルの上に飛び乗った。

 ――おっ?

 とココハたちが思う間もなく、次の瞬間にはテーブルからもジャンプ。

 占い師さんのマギハットをかぶった後頭部を踏みつけて、彼女の背後にある塀の上へと飛び移る。


「ふぎゃっ!?」


 潰れた悲鳴をあげる彼女にはもはや目もくれず、黒猫はスタスタと塀の上を歩き去ってしまった。


「うぅ~、本日最初のお客さんが行ってしまいました~」


 占い師は、黒猫に蹴られた勢いのままテーブルの上に突っ伏して、さめざめと泣いていた。

 ココハたちはぽかんとあっけにとられていたけど、思い出したように顔を見合わせた。


「……悪い人じゃなさそうですね」

「……だねぇ」


 そして、どちらからともなく、いまだテーブルの上に上体を突っ伏したままでいる女の人へと歩み寄った。


「あの~、すいません」


 ココハが遠慮気味に呼びかけると、


「あ、はい~。いらっしゃいませ~。どちら様でしょう~?」


 女の人はぱっと起き上がって、ココハたちの方を向く。

 すかさずイハナが一歩前に出て、


「旅の隊商をしていますイハナと申します。こっちは旅の同行者、魔法医のココハちゃんです。あたし達、実は今日この町に着いたばかりでして、町のことを色々お聞きできる人はいないかと、訪ね歩いていたところなんです」


 丁寧なお辞儀のあとに、隊商の顔つきになって笑顔で言う。

 ココハもあわてて「ココハです」と名乗って、ぴょこんと頭を下げた。


「これはどうもご丁寧に~。私も旅の占い師をしているコヒナと申します~」


 女の人は語尾の間延びしたのんびりした口調で名乗って、こちらも笑顔でお辞儀を返した。


「旅の……ってことは、コヒナさんもこの町の方ではない?」

「はい~。私はちょうど昨日来たばかりです~」

「おお! それはすごい偶然! 旅人同士が同じ町で出会うなんて、不思議な縁を感じますね!」

「はい~。これも何かのお導きかもしれませんね~」


 イハナは丁寧ながらも、少しずつ相手との距離感を詰めていく。この辺りの匙加減はさすがの一言に尽きた。


「けど、旅の占い師さんなら、どうしてこんな人気ひとけのない通りで占いを? もしかして、表通りでは棚代がかかったり、複雑な手続きが必要とか?」


 行商を営むイハナとしては、そこはぜひとも確認しておきたいところだろう。世間話としては、少しばかり熱がこもった聞き方だった。

 けど、コヒナはぱたぱたと手を振ってそれを否定した。


「いえいえ~。たぶんそういうことはないと思います~。私も最初は一番大きな通りで占いをしようと思っていました~」


 ではなぜ、とイハナは目線で続きをうながした。

 コヒナはほがらかな笑顔を浮かべたまま、


「宿を出てから大通りに向かおうとしたのですが、どうしても辿り着けず~。しかたがないので、もうここでお店を開こうとおもいまして~」

「え、ええ……。それってつまり――」

「分かります!」


 勢い込んで、ココハが会話に割り込んだ。


「わたしもよく、表通りのお店で買い物したりご飯食べようと思っても辿り着けなくて、たまたま見つけた店で済ませたりとかします!」

「ありますね~。迷った先での出会いというのも、良いものですよね~」

「あとあと、魔法薬の材料を町の外で採取したりするんですけど、せっかく見つけたいい採取地に、もう二度と行けなかったりとか!」

「ええ~。一度行った場所にもう一度迷わずに行ける人というのは、いったいどうやってるんでしょうね~」

「ほんと、不思議ですよね!」

「せっかく次の町に向かう地図を書いて頂いても、全然読めなかったりもしますね~」

「逆さまに見てたこと、しばらく気づかなかったりとか!」


 急に方向音痴トークで盛りあがりはじめた二人についていけず、大変珍しいことにイハナひとりが、ぽつんと会話から置きざりにされていた。


「え、え~っと、ココちゃん、コヒナさん。ごめんだけど、そろそろ話を元に戻してもいいかな?」


 あっけにとられすぎて、いつの間にか口調も隊商モードから普段の調子に戻っていた。


『あっ、すみません。つい』


 ココハとコヒナは異口同音に言い、同時に頭を下げていた。


 出会ったばかりだというのに、息ぴったりの二人だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る