②世界を渡る占い師

「……つまり、コヒナさんは今日ここで占い師のお店をしているってことであってる?」

「はい。そのとおりです~」

「じゃあじゃあ、わたしのことも占ってもらえたりしますか?」


 方向音痴仲間が見つかったことがよほど嬉しかったのか、はじめの警戒心もどこへやら、ココハはわくわくと弾んだ声できく。


「はい。もちろんですよ~」

「やった~。わたしの友達も、魔導学院で占星術の勉強をしていたんですよ」

「おお~、それは素晴らしいですね~。私はほぼ独学なので、ココハさんの目から見たらつたない占いに見えてしまうかもしれませんね~」

「そんなことないです。とっても楽しみです!」


 わいわいと楽しそうに話す二人は、”占星術”という言葉が出た時、イハナが小さく「うっ」とうめき声を漏らしたことに気づかずにいた。


「あ~、コヒナさん。その前にお値段のほう、確認してもいい?」


 イハナはどこか気の進まなさげな声で問う。

 言うまでもなく、初めに価格を確認するのは商いにおいて基本中の基本だ。特に占いの値段なんて、相場があってないようなものなのだ。

 コヒナがぼったくり商売をしているような人間には見えないが、今日初めての客だと言っていたし、交渉次第でかなり割引いてもらえる可能性もある。


「あ、はい~。こちらが一回の占いの値段となります~」


 コヒナはテーブルの横に立てかけていた看板を手に持ちつつ言う。そこには「占い承ります」という文字の下に、料金や注意書きが色々と書かれていた。

 目ざといイハナがその料金表の存在に気づかなかったのだから、よほどココハとコヒナの二人が作った独特のペースに吞まれていたのだろう。

 看板を示しながらコヒナが告げた料金に、


『えっ!?』


 ココハとイハナは同時に驚きの声をあげた。

 プロの占い師の料金として、それは破格に安かった。

 そんな値段で占いをして、旅を続けられるのだろうか、と他人事ながら心配になってしまうレベルだ。

 

 けど、コヒナは二人の驚きをまったく逆の意味でとらえたみたいだった。

 ちょっとあわてて手を振り、


「あ、もし占いの内容にご納得いただけないようでしたらお代はいりませんので、その点はご心配なく~」

『いやいやいやいや』


 二人はどうツッコんだものかと考えあぐねるが、当のコヒナはきょとんとしていた。

 とにもかくにも料金についての質問も一応解消して、改めてコヒナは問う。


「では、お二人の運勢を占星術で占う、ということでよろしいでしょうか~?」

「はい、お願いします!」

「…………」


 ココハが元気よく返事をし、イハナは――何も言わなかった。


「では、ココハさん。お生まれになった場所と生年月日、もし分かれば一日のうちの朝なのか、昼なのか夜なのかといった、だいたいいつ頃なのかも教えていただけますでしょうか~?」

「はい。生まれたのはマヨルカ村という、ここからずっと南西のほうの小さな村で……えへへ、ちょうどいま、その生まれ故郷に帰る旅の途中なんです。それで、生年月日は……あっ」


 言いかけて、ココハは初めて気づいた。

 生年月日。生まれた年。

 その質問が、イハナ隊における最大の禁忌タブーであることに。


「コヒナさん。その情報、全部言わないと占えませんか?」


 コヒナは、笑顔のまま眉だけ困ったように寄せるという、器用な表情を作った。


「そうですね~。生まれた日、と書いて”星”占いですので~。もし、分からない部分がありましたらだいたいの見当で占いますが、当てはまらない確率は増えてしまうかもしれません~。申し訳ないです~」

「あ、いえいえそんな……」


 頭を下げるコヒナに取り繕いながらも、ココハは内心焦りまくっていた。

 イハナは歳を聞かれることを嫌うが、聞くのを不自然に避けようとしても不機嫌になる、というなかなかめんどくさいクセの持ち主だった。

 イハナの時だけ、こっそりコヒナに耳打ちしてもらおうかとも思ったけど、それも露骨過ぎる気がした。

 さっきから一言も発してないのも怖い。


「あ~、コヒナさん。実はわたし、占星術はエメリナ……さっき言った友だちに付き合ってみてもらったことがあるので、もしできたら他の占いをやってもらいたいな~、なんて」


 やや棒読み気味にココハは言う。

 コヒナはまったく気にさわったそぶりもなく、笑顔でうなずいた。


「はい、もちろんいいですよ~。すみません、早とちりで占星術希望だと思いこんでしまいました~」

「いえ、こっちこそすみません」

「では、こちらはいかがでしょう~?」


 そう言いながら、コヒナはテーブルの下から小さな箱を取り出した。

 ふたを開けると、中にはたくさんのカードが折り重なって入っていた。


「あっ、タロット占い!」

「ご存じでしたか~。さすが魔法医さんですね~」

「いいですね、やって欲しいです!」


 弾む声で言うココハにうなずき返し、コヒナはイハナにも目を向けた。


「イハナさんも、こちらでよろしいでしょうか~」

「うん。あたしもココちゃんと同じでオッケー」


 何気ないように言うイハナだったが、少しその声にはほっとした調子も混ざっているように感じられた。もちろん、ココハは絶対にそれを口にしようとはしなかったが。


「では、タロットで何を占いましょうか~?」

「う~ん、そう言えば決めてませんでした」


 ココハは少しの間考え込んだあと、ぱっと顔を上げ、


「あ、じゃあ、さっきも少し言いましたけど……。わたし、魔導学院を卒業して、いま故郷で魔法医になるために旅している途中なんです。ですので、わたしが田舎までちゃんと帰り着けるかどうか占うっていうのは――」

「重いよ、ココちゃん!」


 ココハの言葉に食い気味に、イハナがツッコみを入れた。


「ココハさんはちゃんと故郷まで帰りつきますよ~」

「占う前に断言された!?」


 コヒナの顔は相変わらずの笑顔だったけど、真剣なまなざしで、まっすぐココハの顔を見ていた。

 思わず釣り込まれるように、ココハも彼女の顔を見つめ返していた。


「ココハさんは、そのためにいままでがんばってこられたんですよね?」

「え、あ、はい。まあ……」

「旅の途中、たとえ辛いことがあっても、迷うことがあったとしても、ココハさんならきっと最後まで投げ出さずに、終着点に帰り着くと思います~。まだお会いしたばかりですが、それくらいは分かります~。自信をもってください~」

「コヒナさん……ありがとうございます!」


 ココハはちょっと泣きそうになって、感極まった声でコヒナの手を取った。

 が、我に返ったようにその手を放し、


「あ、お代でしたね」

「ちょいとココちゃんや」

「まだ何も占ってませんよ~」


 イハナとコヒナに呆れた気味に言われ、ココハは「あれ?」と首をかしげた。

 その様子にコヒナはふっと、目線をイハナのほうに向け、


「イハナさん。ココハさんのこと、くれぐれもよろしくお願いしますね~」

「うん、まっかせて。一緒にいるあいだは、あたしがちゃんと責任持って見守っておくから」


 何やらアイコンタクトで意思疎通するコヒナとイハナ。

 ココハ一人が首をかしげたままだ。


「えっと、なんでいまのタイミングでよろしくしたんですか?」

「いえいえ~。ココハさんには、とっても私に似たものを感じましたので~」


 ココハの頭上にはさらなる「?」が並ぶ。

 けど、コヒナと自分がどこか似ている、というのはココハも感じていることだったので、とりあえずそう言われて喜んでおくことにする。


「えっと、コヒナさんはどうして占い師をしながら旅をしているんですか?」


 親近感ついでに、ココハはきく。


「えっ」


 ココハとしては、なんの気ない質問のつもりだった。

 けど、コヒナは不意を突かれたみたいにきょとんとしてしまった。


「うーん、どうしてでしょ~」


 笑顔のまま、今度はコヒナのほうが首をかしげる。

 どうもはぐらかしているわけじゃなく、自分でもよく分からない、という雰囲気だった。そのまましばらく「う~ん、う~ん」と首をひねり続けている。

 まさか悩んでしまうとは思わなかったココハはあわてた。


「えっと、その、答えにくいことでしたら無理に言ってもらわなくても……」

「私は物語の主人公でなくてもいい、と思っているからでしょうか~」


 ぽつり、と自分自身に向けてつぶやくようにコヒナはそう言った。


「えっ?」

「この世界にはたくさん……たくさんの主人公さんたちがいらして、その物語を生きています。

 幼い妹たちのために、毎日ロバを引いて険しい丘の向こうに水を汲みにいく男の子。

 旅人たちのためにと、街道沿いに小さなお茶屋さんを営んでいるおじいさんとおばあさん。

 踊り子になりたいという夢を抱いて、都会にやってきた女の子。

 亡くなられた恋人さんの魂が安らかであることを祈って、巡礼の旅を続けられている寡黙なお兄さん。

 世界中の港を航海している陽気な船乗りさん。

 私が出会った、自分が主役の物語を生きている人たちは、みんなとてもキラキラして見えます。もちろん、ココハさんとイハナさんも。

 私はその方たちに占いという形で、ほんの少しだけご自分の道を進みやすくしてさしあげる代わりに、主人公さんたちの物語を聞かせていただくんです」


 いつの間にか、コヒナの口調から独特の間延びした語尾がなくなっていた。

 まるで自分自身、一つ一つの言葉を確かめているようにとつとつと、話す。


「主人公さんたちの物語に触れさせていただくのが好きなんだと思います。

 このために、私は生まれてきたんだと思えるくらいに。

 知れば知るほど、もっと、もっといろんな場所のいろんな人たち、いろんな生き方を知りたいと思ってしまいます。だから私は――」


 コヒナの目が遠くを見つめる。

 見果てぬ世界の片隅に想いを馳せるかのように。


「”世界を渡る観測者”になりたいのだと思います」


 誰も何も、しばらく声を上げなかった。

 その言葉の響きをかみしめるように……。

 静かな町の裏路地に動くものもなく、日の光だけが優しくふりそそぐ。

 コヒナははっと我に返ったように、ココハたちに目をやった。


「いま私、すっごくこっ恥ずかしいこと言いました?」


 顔を赤くしてたずねるコヒナに、


「すごい! うまく言えないけど……すごくかっこいいです、コヒナさん!」

「いや、あたし、めったにこんなこと言わないんだけど、感動したわ」


 ココハとイハナの絶賛の声だった。

 特に、イハナにとって彼女の話は何か琴線に触れるものがあったみたいだった。


「コヒナさんの言うことよく分かる気がする。っていうか、あたしと同じ感覚持ってる人他にもいたんだなっていうか。

 あたしもさ、隊商なんて始めたの元々、いろんな場所でいろんな生き方してるすごい人たちにたくさん会いたかったからなんだよね~。でもって、すごい人が作ったすごいものを、別のすごい人に届けられたらってのが原点っていうかさ」


 イハナの声は、少しうわずったようなものだった。


「いや~、正直、あたしココちゃんほど占いってあんまり興味なかったんだけどさ~。コヒナさんの前で言うのもどうかと思うけど……。でも、やっぱすごいわ、占い師さん。なんていうか、自分の大事なもの思いだした気分っていうか……」


 イハナがここまで感情をあらわにするのを聞くのは、旅をしてからずっと一緒にいるココハにとっても初めてのことだった。

 しゃべり過ぎたと思ったのか、イハナは不意に口をつぐむ。

 照れ隠しなのだろう、なぜかココハの背中をばしばし叩いた。


「ちょ、痛いです、イハナさん」

「や~、ごめんごめん。いつの間にか自分語りしてたわ。あ、お代、お代。ちょっと待ってて」

「ですから、まだ何も占ってませんよ~」


 素でボケたココハと違って、イハナは半分くらいわざとだろう。

 でもこのやり取りがなんだかおかしくて、ココハは噴き出した。

 釣られて、イハナとコヒナも声をあげて笑った。

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