⑦次の場所へ
マカレナ、レナタ、リタの三人はココハの前に並んで立って後ろ手に何かを隠している。
そろってにまにまと笑うその顔はお母さんに内緒のプレゼントを渡そうとする子どもみたいで、年相応のものに見えた。
「ココハさん。当修道院に寄付していただいたココハさんに、ささやかなお礼です」
せ~の、と声を合わせて三人は手に持っている何かを前に差し出した。
それは、彼女たちの小さな両手に乗るサイズのぬいぐるみだった。
羊毛製だろうか。ふわふわもこもこした感触が、見ているだけでも伝わってくるみたいだった。
「かわいい~!!」
ココハの口から黄色い声が漏れた。
「これ、マカレナ院長たちの手作りなの?」
「はい、昔とったなんとやらですが……」
マカレナはちょっと複雑な微笑みを浮かべていた。
三人はもともと旅芸人の一座だったというから、その時に身につけた技術なのだろう。
芸事の合間、手作りのぬいぐるみを売ったりもしていたのだろうか。
けど、旅芸人一座の頃の話はあまりマカレナたちもしたがらないようだから、それ以上詳しいことはココハもきかなかった。
「はい、どうぞ、ココハさん」
まず最初にマカレナがぬいぐるみを手渡した。
修道院長らしく、それは聖堂にあった聖母像をデフォルメしたぬいぐるみだった。
三人の中でも一番、使っている色数も多くつくりも細かくて、ビーズと刺しゅうを使って聖母の微笑む姿を表現している。
かわいらしくも、おだやかで敬虔な気持ちになれるようなぬいぐるみだった。
「ウチからはこれです。ココハ先生」
今度はレナタが照れくさげにぬいぐるみを渡す。
マカレナのものと比べるとつくりはシンプルだけどよくできた、女の子のぬいぐるみだ。
一瞬レナタ本人のぬいぐるみかな、とココハは思ったけど、髪型と服装から想像してリタがモデルだろう。
しょっちゅう口喧嘩しているけど、レナタが妹分のリタのことを大切に思っていることは、修道院での生活を通してココハもよく分かっていた。
レナタはココハに早くぬいぐるみをしまってほしそうにソワソワしていたけど、当のリタはそれが自分の姿だとは全然気づいてないみたいだった。
「ココハせんせ~。リタからもこれ、どうぞ」
「ありがとう、リタちゃん。あっ、これオットーくんかな?」
リタからもらったぬいぐるみを見て、ココハは問う。
「さすがココハせんせ~。見る目がおありですな」
リタは嬉しそうに答え、
「すごっ。あれがオットーだって一発で分かった人、初めて見たかも」
「ふふっ。リタも少しずつうまくなってきているということかもしれませんね」
その後ろでレナタとマカレナがひそひそと話していた。
リタのぬいぐるみは、他の二人のものと比べるとだいぶ拙いできだった。
何かしらの動物であろうことは誰でも分かるだろうが、頭の形は歪んでいて手足の長さも違い、目の位置もちぐはぐだ。
オットー本人が見たら「ばう」と抗議の吠え声をあげるかもしれない。
でも、無邪気にリタに飛びかかってじゃれついていた彼の雰囲気がよく出てるように、ココハには感じられた。
なにより、リタが一生懸命心を込めて作ったことがそのぬいぐるみからは伝わってきて、他の二人と同じくらいココハにとっては嬉しい贈り物だった。
「ありがとう。マカレナ院長、レナタちゃん、リタちゃん。大切にするね!」
「こちらこそ、お祭りのこともたくさんの寄付も、ほんとにありがとうございました」
修道女の三人とココハはお互いに頭を下げあって、そんな四人にイハナとチャボが拍手を送った。
ココハはぬいぐるみたちの頭をそっと指でなでてみる。思った通り、ふわふわもこもこの感触が指に心地よかった。
と、リタがとてとてとココハに向かって歩いていき、ぎゅっとその身体にしがみついた。
「……ココハせんせ~」
「リタちゃん?」
「たいしょーのごあいさつ」
「……うん」
ココハは目を細めてリタの頭をなでた。テーブルにぬいぐるみを置いて、ぎゅっと抱き返す。
修道女三人の中でも特に細くて小さな身体……。少し力を込めたら壊れてしまいそうだけど、ココハよりも体温が高くて、たしかなぬくもりが伝わってくる。
「あ、抜けがけズルい! ウチも」
レナタも走り寄ってきて、ココハに抱きついた。
身体は小さくても、背中に回した腕の力はリタよりずっと強い。修道院長を支えて、リタと仲良く喧嘩しているレナタのエネルギッシュさが感じられるみたいだった。
「……では、わたしも失礼してごあいさつを」
最後に、マカレナもちょっと遠慮がちに寄ってきて、ココハの懐の内に入る。
とってもしっかりしていて、ヘタするとココハよりもおとなっぽく感じられることもあるマカレナだけど、こうして触れ合ってみるとその身体は年相応に幼い。
一緒に寝泊まりして、魔法薬をたくさん作って、お祭り当日は力を合わせて働いて……。
三人と出会ってからいままでの思い出が、いっぺんにココハの胸によみがえる。
まだ出会ってから四日しか経ってないのに、ずっと前から一緒にいたような気がしてしまう。
なんとなく離れがたく、ココハたちはしばらくそうして抱き合っていた。
「さて、ココちゃん。報酬の件も一段落したし、そろそろ出発のしたく始めよっか」
こんな時、現実に意識を引き戻すのはイハナの役目だった。
彼女がぱん、と一つ手を打った音に呼び起されたみたいに、ココハたちは身を離した。
「あ、そ、そうですね……」
名残惜しさは尽きないけど、いつまでもグズグズしてまた隊商に迷惑をかけるのは嫌だった。
「では私はこれで。ココハ魔法医殿。今回の件は本当にありがとう。評議会を代表して改めて礼を言わせてもらうよ。イハナも。道中の無事を祈っているよ」
頃合いと思ったのか、チャボが席を立った。
「チャボさん、お世話になりました!」
頭を下げるココハに丁寧に礼を返し、彼は修道院を出ていった。
「ココハさん。もう今日には出発されてしまうんですよね?」
マカレナに問われ、ココハは確認するみたいにイハナの顔を見やった。
「ん~、そうねえ。お祭りのこともあって、思いがけず日が経っちゃったし。今日の昼には街を出たいかなぁ」
イハナの口調は淡々としていて、さっぱりしたものだった。
もしかすると、わざとそういう態度をとっているのかもしれない。
隊商をしていたら、町の者に引き止められることも多々あるのだろう。
「そうですよね。わたしたちも以前は旅暮らしでしたから、ご事情はよくわかります」
マカレナはさみしさをこらえるように微笑んだ。
その顔は、とってもおとなっぽく見える。
「ん~、でもさ。もうちょっと何かお礼したかったなぁ。あんなにたくさん寄付ももらっちゃったし。いつものぬいぐるみだけじゃ足りないよ」
レナタが悔しげに言い、マカレナも「そうですねえ」と思案気につぶやく。
「じゃあさ、裏の林で取れたハーブとか持ってってもらうのは? 薬作るのに取ったやつ、まだけっこう余ってたじゃん」
「あ、それ助かるかも。魔法薬の材料もストックしときたいし。イハナさん、それくらいの時間まだありますよね?」
「あるある。まだ町での用事もちょこちょこ残ってるし、ビガロ相手の手続きとかもあるしね~。あせんなくて大丈夫だよ」
イハナの答えに、修道女三人は歓声をあげた。
全員、少しでも長くココハと一緒にいたい、と顔に書いてあるみたいだった。
「じゃあ、リタももらったおかしたくさんココハせんせ~にあげる」
「あんた一人がもらったんじゃないでしょうが」
「ふふっ。でも良い心がけですよ。喜びは分かち合ってこそ何倍にもふくれあがるものです。そうですね、でしたらわたしは……」
マカレナはう~んと腕を組んでから、ちょっとためらいながら口を開いた。
「その、お気に入りのウサギさんのぬいぐるみを差し上げますので、わたしだと思って連れていっていただけたら――」
「院長、あのこいないと夜寝れないじゃん」
「そ、卒業します! ……がんばって」
レナタに言い返すマカレナに、ココハは笑い声をあげた。
「あははは、気持ちは嬉しいけど、旅の途中だから……。あんまり大きなぬいぐるみ持ってても、すぐ壊れちゃうかなぁ。みんなからもらったてのひらサイズくらいのがちょうどいいかも」
抱きついて寝ているというくらいだから、それなりの大きさだろう。
ココハの言葉に、マカレナはしょぼんと肩を落とした。
「そうですよね……」
「あ、じゃあさ。一つ欲しいものがあるんだけど」
ココハの頭にふと思いついたことがあった。
「はい、わたしたちにできることでしたらなんなりと!」
笑顔に戻って快諾してくれたマカレナに、ココハは自分の望みを告げた。
その内容に修道女たちは一瞬きょとんとしたけれど、
「そんなことでしたらお安い御用です! すぐにご用意しますね」
元気よくそう請け負った。
◇◆◇
ココハはひとり、ここ数日寝泊まりさせてもらっていた修道院の一室にいた。
文机を前にして、手には羽根ペン。そしてマカレナたちに頼んで用意してもらった紙の束と向き合っていた。
魔導学士時代の親友エメリナとノエミの二人に手紙を出そう、そう思いついたのだ。
サラマンドラから五日の旅程で着けるこの町からなら、魔導学院宛に手紙を出してつかないということは多分ないだろう。
何をどう書こうかと悩ましくはあったけど、あまり悠長に考えてる時間はない。
とにかく、サラマンドラを旅立ってから今日まで起こったことを書きつづることにした。
いまはイハナ隊という隊商にお世話になって、一緒に旅をしてもらっていること。
初めて騎鳥に乗った体験について。
ラスカラスというかわいい町のこと。
国に正式に認められてはいないけれど、サラマンドラのけっこう近くにあって、足を運ぼうと思ったら、それほど難しくはないはずだ。
この町で出会った人たちのことも順に書いていく。大きなお腹の門番ビガロさん、遠く離れた島からやってきたクラーチャ屋台のおじさん、釣りが趣味のマルビンさん。評議会のチャボさん。なんといっても、ヒラソル女子修道院のかわいらしい三人の修道女については、いくら書いても書き足りない気がした。
そして、”万国うまいもん祭り”のことだ。
来年またこのお祭りが開催される時はぜひ訪れてほしい、と手紙の中で二人に強く勧めた。
特に、食いしん坊のノエミなら、絶対喜ぶに違いない。上級学士の勉強はきっとすごく大変だろうけど、たまには息抜きにでも訪れてみてほしかった。
ただし、食べ過ぎた時のための魔法薬は忘れないように。
「ふぅ~」
勢いのまま自分が書いた紙束を前に、ココハは大きく息を吐いた。
こんなにたくさんもらっても書ききれないよ、と手渡された時は苦笑したけど、いざ手紙にしてみると次から次に伝えたいことが増えていく。
思い返してみると、ずいぶんたくさんのことがあった。
学士時代にも負けないような、目まぐるしい毎日だった。
でも――、それを懐かしんだりするのはまだまだ早い。
帰り道の旅路はまだ始まったばかりなのだから。
きっとこの先にも、たくさんの人たちとの出会いと別れが待っているのだろう。
「よしっ!」
インクが乾いたことを確かめると、ココハ丁寧に手紙を折りたたんで封をし、それを持って部屋を出た。
マカレナ、レナタ、リタの三人と最期のお別れのあいさつをするため。
そして、イハナ隊のみんなと合流して、帰り道の旅路を再開するために――。
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