死と生の境界線

藤井

短編



 気がつけば、ビルの屋上に佇んでいた。


 小さな沢山の車が行き交う道路を真下を見下ろすと、思わず足がすくんだ。



 死ぬ勇気なんてないくせに。





 ——————————

 死と生の境界線







 突然切り出された、別れ話。

 それはあまりにも軽率過ぎる言葉だった。



「なんつーか、重いんだよね」



 ショックとか、そういうのを通り越して、冷静に受け止めている自分がいた。


 私は彼の言葉の重さを真剣に受け止める気もせず、まるで他人事のように


「いいよ」


 と、一言で返した。



 向こうに気持ちがないと分かっているのに、「嫌だ、別れたくない」とまで彼に縋りつくほど、最後まで面倒くさい女になりたくなかった。







 なんの未練もなかった。


 だけど、どこか空虚になる。

 あっけなく私達は他人同士になった。



 私は愛されていなかったのか。


 一人で答えの出ない問題が、頭の中をループした。



 携帯を開いた。

 こんな時、頼れる友達なんて誰一人いない。

 携帯電話のアドレス帳には、数十名もの名前が並んでいるのに。


 ……誰にも言えない。


 携帯の電源を落とした。


 真っ黒になった画面。


 もう、どうにでもなれ。







 気付いたら自宅のベッドに仰向けになっていて、見慣れた天井だった


 どうやって帰ってきたんだっけ……。


 意識が曖昧で、はっきりと記憶になかった。




 数時間後に、暫く放置していた携帯電話の電源を起動する。


 明るくなったディスプレイを見てみても、なんの連絡もない。


 所詮、私には誰もいないんだ。




 階段を降りてリビングへ行くと、母親が書いたメモが置いてあった。


 "遅くなるから、好きに買って食べてね。"


 急いで書いたような筆跡と一緒に置かれた5千円札。


 いつものことだ。


 母親は、仕事に恋に、忙しい。


 大体、食事は出来合いのものか、お金が置いてあるだけ。


 母親が作った手料理なんて、ここ何年も食べていなかった。




 行くあてなんてなかったけれど、なんとなく一人で家にいたくなくて、外へと出た。


 ぼーっとしているうちに辿り着いたのは、知らない街だった。


 目的もなく、ただ気の赴くまま彷徨った。



 私の足は、自然とまた別のビルの屋上へと昇っていた。







 いつもより高い景色。


 見晴らしの良いギリギリのところまで行くと、私は身を乗り出し、高さのある手すりを越えてみた。


 いつでも越えられるけれど、決して越えてはいけないハードル。


 下を見下ろすと随分と高くて、恐怖で足がすくんだ。



 ここから飛び降りると即死なのだろうか。


 ぼんやり頭でそんなことを思う。


 まさに、死と生の狭間。



 私は、こうして常に死と隣合わせを感じているのかもしれない。


 屋上の端から端まで、境界線を恐る恐る渡り歩いた。


 一歩バランスを崩すと、真っ逆さまに落ちるのは簡単そうだった。


 それでも自ら空へと飛び込む気にはなれない。


 結局、そこまでの勇気もないのかもしれない。



 今日も、死ねなかった。



 私は、時々、こうやって自分の存在を確かめているのかもしれない。



 ……死ぬ勇気なんてないくせに。



 携帯のアドレス帳から、彼の名前を探した。


 なんとなく、今さらだけど一応連絡しておこうという気になったから。


『今までありがとう。

 一緒に過ごした時間は凄く楽しかったよ。

 幸せになってください。』



 たった3行のメールを打つと、すぐに返信が返ってきた。



『こちらこそ、ありがとう。

 一方的でごめん。

 俺も楽しかったよ。』



 笑いそうになってしまうほど、簡潔な内容だった。


 こんなものなんだよ。私たちの関係性なんて。




 その時、新着通知が届いた。


 クラスメイトからのメールを開くと、同じクラスの女の子が自殺したという内容だった。



「うそ……」



 胸が強く打たれた。


 あまりにも突然で、信じがたい出来事だった。



 でも、生きているのがつらいのは、きっと私だけじゃない。


 そう思うだけで少し気持ちが軽くなった気がした。


 亡くなってしまった子には本当に気の毒だけれど、みんな、それぞれ悩みや葛藤を抱えながら精一杯生きている。



 死にたい訳じゃない。

 この先、どうしようもなくつらいことが沢山あるかもしれないけれど、死ぬという選択肢だけは自ら選んではいけない気がする。


 だから時々、私は生きているということを実感するために、ここへやってきて死と生の狭間を体感しているのかもしれない。

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死と生の境界線 藤井 @koiai

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