新涼

篠崎 時博

新涼

 あ、秋の風だ。

 真太郎しんたろうは窓を開けて、そう思った。


 こんな風が吹く季節は思い出す。あの子のことを——。



 午前六時。

 目が覚めた。

 隣にいる両親はまだ寝ている。

 揺り起こしても、少し声をあげるだけで目を開けてはくれない。


 仕方ない。真太郎はそのまま静かに起きた。


 閉まっているカーテンを少し開ける。

 九月に入り、朝から照り付けていた強い日差しは少し弱まっていた。


 両親に挟まれ寝ていたせいもあってか少し汗をかいていた。


 部屋の窓を開ける。

 涼しい風が入ってきて、最近切ったばかりの髪を揺らした。


 夏の風とは違う。草木の匂いを連れた秋を知らせる風。


 そうして心地よい風を受けていると、窓の真下に女の子がいることに気づいた。


 真太郎がいるのは二階。

 下にいる子は真太郎と歳の変わらないくらいの子だった。


(迷子かな?)


 女の子と目線があった。


「どうしてそこにいるのー?」

 尋ねたが女の子は答えない。

 

 真太郎は仕方なく下に降りて外に出た。


「迷子になったの?」

 玄関を出て女の子の前でそう尋ねると、その子は首を横に振った。


「近くに住んでるの?」

「……」

 また何も言わず首を振る。

「中においでよ」

「…いいの⁉︎」


 女の子の寂しそうな顔が急にパァっと明るくなった。

 初めて聞く女の子の声に真太郎は何故か懐かしさを感じた。


「うん、パパもママも寝ちゃってつまんないんだ。一緒に遊ぼう」

「やったあ!」


「ふふ、ねぇねぇ何して遊ぶ?」

 家に入るなりその子は真太郎のおもちゃがある部屋にまっしぐらに向かった。


(なんでおもちゃ部屋がすぐに分かったんだろう…)


 不思議に思いつつ、でも暇で遊びたい真太郎は自分がよく遊ぶおもちゃを女の子に説明する。

「んとねー、これはシマレンジャーのトランスベルト、それでこっちが変身バッチ」

 変身バッチに付いているボタンを押すと、変身時の音楽と掛け声が流れる。

「すごい、すごい!」

 女の子は真太郎の見せるおもちゃに興味津々だった。

 お気に入りの戦隊モノのおもちゃは、誕生日に両親に買ってもらった。

「触らせて!」

「いいよ」


 そうして女の子は暫く変身グッズや人形に触っていだが、途中で手を止めた。


「ねぇ、これやりたい」

 指を指した先はブロックだった。

「いいよ」


 ブロックをやるのは久しぶりだった。

「何作るー?」

「んとねー、お家!」

「何階立てにする?」

「二階」


 真太郎と女の子は黙々とブロックの部品探しをする。

「何のお部屋があるといいかなぁ」

「えーと、まず、あきちゃんの部屋でしょ、パパとママの部屋、テレビ見る部屋、お風呂、トイレ、んーと、歌える部屋!」

「歌える部屋?」

「あきちゃん、歌うの好きだから、歌う専用のお部屋を作るの」

「へぇ〜、僕もそういうの欲しいな」

「何するお部屋?」

「敵の攻撃のために作戦会議する部屋」

「大事!」


 そうして少しずつ家は完成へと近づいていた。

「あれ、一個お部屋が多いよ?」

 そう指摘すると、

「これはね、赤ちゃんの部屋」

「赤ちゃん?」

「あきちゃんね、もうすぐお姉ちゃんになるの」

 あきちゃんは、目を輝かせてそう言った。

 

「赤ちゃんはねー、もうちょっと先に生まれるんだー。男の子か女の子かはね、まだ分かんないの」

「いいな、あきちゃん、きょうだいができるんだ」

「しんたろーくんは?」

「僕はいないよ」

「そっかぁ」


「赤ちゃん生まれたらいっぱい、いーっぱい遊ぶんだー」

「楽しみだね」

「うん」


「真太郎?」

 後ろから母の声が聞こえた。

「今ね——」

「ねぇ、誰と話してたの?」

「え……」


 隣を見た。そこにいたはずのあきちゃんはいなかった。

「あきちゃんが…」

「あきちゃん?友達?」

「一緒にお家作ってたんだけど……」


 手元には完成した家があった。

 あきちゃんのきょうだいのお部屋もある家。


「あきちゃんは?」

 真太郎は必死になって家中を探した。

 けれど、あきちゃんはどこにもいなかった。


 玄関を出て外を探しに行こうとしたら母に止められた。

 後ろから抱きしめられた姿勢で真太郎は言った。

「あきちゃんと一緒に遊んでたの……。あきちゃんは歌が好きで。あ、あきちゃんと作ったお家は歌を歌うための部屋もあるんだよ!あと、今度きょうだいが生まれるから、きょうだいの部屋も——」


明希子あきこ……」

 自分を抱きしめる母の目から涙がこぼれた。

「あき、こ……?」


「おーい、どうした?」

 ちょうど後ろから起きたばかりの父がやってきた。



 明希子は真太郎の姉だった。

 真太郎ぐらいの歳の頃、外に行くと出かけたきり帰ってこなかった。

 車にはねられたのだ。

 

「——あきちゃんは、真太郎が生まれるのすごく楽しみにしていたんだよ。よくママのお腹から話しかけたりして…」

 泣き出した母の肩をそっと抱き寄せて父は言った。

 

「きっと、ずっと遊びたかったんだろうね」


 完成した家を壊すことはなかった。最初で最後の姉弟きょうだいの思い出だったから。



 新涼しんりょう——。秋のはじめの涼しさのことをさす。


 ちょうどそう、秋のはじめだったらしい。

 姉が亡くなったのは。


 背中の方から娘と息子の遊ぶ声が聞こえる。


 真太郎はそっと目を閉じた。秋の風が顔にあたる。

 

 そう、微かな草木の匂いも連れて。


 

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新涼 篠崎 時博 @shinozaki21

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