私は彼女を逃さない side麻璃亜

 ゲームを始めてから数時間が経った。外を見てみると夕暮れ時になっており、今何時なのかを美琴に尋ねてみる。


「美琴ちゃん、今何時?」


「ちょっと待ってね。んーと、…18時10分だね」


「あ、それじゃあそろそろご飯食べようか!」


「そうだね。ちょうどいい時間かも。下に行こうか」


 私と美琴はやっていたゲームを一度やめて、ご飯のために一階へ向かう。

 そして一階に降りた後、私はキッチンへ、美琴はリビングに向かって行き、ソファーに座る。


 私が美琴の家に泊まるようなってからは、私がキッチンに立って調理をし、その間、美琴はソファーに座って出来るのを待つようになった。

 最初は美琴も手伝ってくれようとしたが、何がきっかけで料理に髪などを入れている事に気づかれるか分からないためお断りした。


「おまたせ~! ご飯できたよ~!」


「ありがとう。今行く」


 ご飯の準備ができたので美琴に声をかけたあと、私は料理をテーブルに並べる。

 作ったものを並べ終える頃には、美琴も自分の席について、私が座るのを待っていてくれた。


「今日も美味しそうだね」


「美琴ちゃんに喜んでもらうために、頑張って作ったよ!」

 

「ありがとう。冷める前に食べないとね。いただきます」


 美琴は手を合わせて、いただきますと言った後、私の料理を食べ始める。

 彼女が食べるものには私の髪が入っている。それを彼女が食べてくれる瞬間はとても幸せで、ずっと眺めて居たくなるが、そんな事をすれば不審に思われるので、たまに様子を伺う程度にする。


「ごちそうさまでした。今日も美味しかったよ。後片付けは私がやっておくから、麻璃亜は先にお風呂入ってきていいよ」


「ありがとう、美琴ちゃん。それじゃあ、そうさせてもらうね!」


 私は美琴にお礼を言うと、彼女と一旦別れてお風呂に向かう。

 彼女は、料理だけでなく皿洗いまでしてもらうのは申し訳ないと、皿洗いはいつも彼女がやってくれている。





 その後、私がお風呂から上がると美琴もすぐにお風呂に入り、今は美琴と二人、部屋で何をするでもなくのんびりしていた。

 そんな時、なんの脈略もない事を美琴が尋ねてくる。


「麻璃亜、麻璃亜って私のこと好き?」


 一瞬、私の気持ちに気づかれたのかとも思ったが、美琴が恋愛感情について聞いてくるわけもないかと思い、何となしに返事をする。


「んー?もちろん好きだよー?」


 これでこの話も終わりかなと思ったが、美琴はさらに話を続けてきた。しかも、私の予想を裏切る方向で。


「麻璃亜、私が聞いたのは友達としてじゃなくて、恋愛的な意味で好きなのかって意味だよ」


 その瞬間、私の体が無意識に反応してしまった。どういう理由で彼女がそんな事を聞いてきたのか気になった私は、続けるように語りかける意味を込めて彼女のことを見つめる。

 彼女は私の視線の意味に気付いたのか、その結論に行き着いた経緯について話し始めた。


「きっかけは、数日前に雪那から借りた漫画なんだ。その漫画では、主人公とヒロインが幼馴染で、とても仲が良かったんだ。

 ただ、その幼馴染は主人公のことが好きな、所謂ヤンデレというやつで、主人公に血を混ぜた赤い飲み物や自身の髪を入れた料理を食べさせていた。その食べ物は髪が入っていることもあり、少し噛みにくいようだった。


 この話を読んで私はとても既視感を感じたんだ。毎朝麻璃亜からもらう赤くて鉄っぽい味のする飲み物。お弁当に入っている噛み応えのあるおかず。

 それに、名取君と話していた日の最後、あの時の名取君の反応は気になってた。


 でも、この程度の情報では確信が持てなかった。だからこの一週間、麻璃亜のことを観察していた。わざと異性の話をしてみたり、同性や異性の友人に触れてみたりして、その時の麻璃亜の反応をつぶさに観察した。

 そしたら、麻璃亜がその相手に向ける感情は、友達を取られての嫉妬という枠を明らかに超えていた。


 そして決定的だったのは今日持ってきた料理だよ。麻璃亜がお風呂に入っている間、今日の残り物の料理を調べさせてもらった。そしたら、肉じゃがの汁を吸っていて分かりにくかったけど、確かに髪の毛が入っていたし、サラダにも気づかれないように本来の長さから細かく切られた髪の毛が見つかった。


 だから私は確信したんだ。麻璃亜は私に、友達以上の感情を抱いているんじゃ--」

 

 美琴が最後の言葉を言い切ろうとした瞬間、私は彼女の事をベットに押し倒す。

彼女は何が起こったのか分かっていないようだが、私はそんな事には構わず、彼女を固定するため、彼女の上に跨る。

 

「あーぁ。気付いちゃったんだ。美琴ちゃん、鈍いから気付かれないだろうなって思ってたのに。まさか漫画をきっかけに気付かれるなんてね」


 私はそう言いながら、冷徹に見えるよう意識して笑う。

 気づかれてはいけない。バレた事で彼女に嫌われ、彼女と一緒にいられなくなるという事に泣きそうになっていることだけは。


「いつからなの?」


 美琴は、いつから私が彼女の事を恋愛的な意味で好きだったのか聞いてきた。

 今更隠しても意味がないとわかっている私は、正直に全てを話す事にする。


「中学1年生の時からだよ。

 もともと美琴ちゃんの事は友達として好きだったんけど、家族との関係に悩んで苦しんでいた美琴ちゃんを見て、支えてあげたいと思ったの。

 最初は友達として私に何かできないかなって考えてたんだけど、美琴ちゃんのことを考えてたら、自然と目で追うようになってて、気付いたら恋心に変わってた」


「これまでやってきたこと、教えてくれる?」


「いいよ。まず、美琴ちゃんも知ってるのだと飲み物や料理に私の血や髪を入れて、美琴ちゃんに食べてもらった。

 そうすることで、私が美琴ちゃんの一部になれたみたいで、幸せだった。

 あとは美琴ちゃんが告白されないように、男子の視線が私に集まるよう意識して行動した。

 それでも告白しようとする奴は居たから、美琴ちゃん宛の手紙を気付かれる前に捨てたり、裏で脅すことで心を折った」


「なるほど。そんなこともしてたんだね」

 

(あぁ、これで全部終わりかぁ。もっと美琴ちゃんと一緒にいたかったな。でも、全部知られたならもう無理だよね。これからどうやって生きていこう…)


 彼女に全てを知られ、もう一緒に居られないんだと思った私は、自然と独白のような事を始めてしまう。


「そうだよ。私、気持ち悪いでしょ?重いでしょ?

 私もね。最初はやめようとしたんだよ? でも無理だった。


 美琴ちゃんといる時間が長くなればなる程、好きだって気持ちが抑えられなくなった。一緒にいるのがダメなら、距離を置こうとも考えた。

 でも、そうしたら今度は、美琴ちゃんが離してくれなかった。いつも私の事を心配して寄り添ってくれた。


 それがどうしようもなく嬉しくて、幸せで、心地よかった。だから結局離れることもできなかったんだ」


「そっか。一時期よそよそしくなったのはそう言う理由だったんだね」


「でも、もう止める。美琴ちゃんにもバレちゃったし、これ以上迷惑かけたくないから。

 今までありがとう。美琴ちゃん」


 私はその言葉を最後に、彼女の上から降りて帰ろうとする。

 もう本当に全てが終わってしまった。今後、彼女と関わることはないだろう。こんな重くて気持ち悪い女なんて、関わるだけめんどくさいだけだ。それに、大好きな人に嫌悪の目で見られるのだけは耐えられそうにない。

 私がそう考えていると、急に腕を掴まれて引っ張られ、気付いた時には今度は私が美琴に跨がられていた。


 あまりにも急な事だったため、驚いて美琴のことを見上げると、私の唇に柔らかい何かが押し付けられた。

 最初こそ、何が何だか分からなかったが、どうやら私は今、美琴にキスをされているようだった。


 これまでキスなどしたことはないが、一般的にキスをする時は目を閉じるものだろう。しかし、驚きで目を閉じれなかった私は、大好きな人の顔が目の前にある状況に混乱する。


 しばらくそうしていると、美琴は唇を離して私の顔を伺ってくる。

 

「麻璃亜?」


 名前を呼ばれた気がしたが、考えることが多すぎてすぐに返事ができない。


「麻璃亜、返事をしないとまたキスするよ」


 彼女はそう言うと、もう一度キスをするためか、私の顔に自身の顔を寄せてくるが、何とか意識を取り戻した私は、今一番聞きたい事を彼女に尋ねる。


「…ま、待って美琴ちゃん。どうして…キスを?」


「どうしてもなにも、私も麻璃亜が好きだからだよ。

 私ね。今まで愛ってものを信じられなかったんだ。肉親である両親ですら、私を愛してくれないのに、血の繋がりもない他人が私を愛してくれるわけないって。


 でも、漫画を通して麻璃亜の気持ちに気づけた。さっき話してくれた、どうしようもなく重くて歪んだ愛は、血の繋がりがなくとも、確かに私に向けられた愛だった。

 

 私ね?麻璃亜が私に向けてくれる愛に触れて、確信が持てたんだ。

 私の本当の望みを叶えてくれるのは麻璃亜しかいない。

 私を捨てずに愛し続けてくれるのは、麻璃亜しかいないんだって。

 

 それに、麻璃亜の気持ちに気付いたあの日から決めてた。もし麻璃亜が私を本気で愛してくれているなら、絶対に麻璃亜を逃がさないってさ」


 最初、彼女が何を言っているのか理解できなかった。ただ、私を好きで愛していると言ってくれたその瞳は真剣で、確かな熱を持っている。


(…美琴ちゃんが私を好き。愛してくれている)


 その言葉が本当に嬉しかった。そして、ようやく彼女から聞きたかった言葉を私は聞くことができた。


(美琴ちゃんが私を逃さないって言ってくれた)


 この言葉が、愛していると言ってくれたよりも嬉しかった。

 私が美琴と同じ高校に進学したもう一つの理由、それは彼女を一人にすると遠いどこかに行ってしまいそうだったからだ。

 それは、距離的な意味でもあり、死別の様な意味でもある。


 当時の美琴は本当に寂しそうで、この世に思い入れなどないというような顔をしていた。いつも私が近くにいて笑ってくれてはいたが、たまにどこか遠いところを見ている様だった。


 このまま別々の高校に行ってしまえば、彼女はいつかダメになってしまう。そう思ったから、私は彼女と同じ高校に進学した。

 つまり、私は彼女の枷になりたかったのだ。どんな形であれ、彼女を引き止め、最悪の結末を迎えない様に。


「麻璃亜、私も麻璃亜を愛してるよ。これから先、絶対に逃がすつもりはないからね?」


「美琴ちゃん。…嬉しい。私も…私も美琴ちゃんのこと愛してる! これからも、ずっとずっと一緒だよ!」


 ようやくだ。ようやく私は、彼女を失わないための枷になれた。しかも、私が彼女に向ける狂愛と同じ感情を私に向けてくれている。

 共依存なんて、他の人から見れば理解できないだろうし、気持ち悪く見えるだろう。

 しかし、彼女がこれから先もずっと私だけを見て、私のもとを離れないという確証が得られるのであれば、私たちを結ぶのは赤い糸ではなく、依存という名の鎖の方が良い。

 

 今後、どんな未来が私たちを待ち受けているのかは分からない。だが、この重い愛で繋がれた私たちなら、どんなことでもきっと乗り越えられるだろう。

 そうして私たちは、永遠の愛を誓うようにもう一度キスをする。



 


 私はもう逃さない。

 愛されない事で消えてしまいそうだった彼女を、ようやく私という枷に縛り付ける事ができたのだから。






◇ ◇ ◇ ◇ ◇


これにて番外編は完結となります。

いかがでしたでしょうか?

少しでも楽しんでいただけたようなら幸いです。

感想など頂けるととても嬉しく思います。



最後になりますが、現在連載しているこちらの作品もよければお願いします。



『距離感がバグってる同居人はときどき訛る。』

https://kakuyomu.jp/works/16817330649668332327



『人気者の彼女を私に依存させる話』


https://kakuyomu.jp/works/16817330649790698661

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ヤンデレ幼馴染から私は逃げられない 琥珀のアリス @kei8alice

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