18ページ 欠片が落ちる

To 桜雪奈;桜風太;

Sub Re:打ち上げしよー

----

俺はミズドがいい。

-- END --



 風太が亮二を呼び出し退場門へ戻ろうとしている間、雪奈は玉入れの準備を手伝っていた。

 待っているだけなのがつまらなくて、別クラスの体育委員仲間とのお喋りついでに倉庫へ一緒に向かうことにしたのだ。

「根木さんもリレー出るんだぁ。わたしも出る!」

「桜さんって去年も出てなかった?」

「うん。ふたり抜きしたんだよねぇ」

「そうそう、それで最後に点数がひっくり返ってさあ」

 雪奈が「負けないぞー」と笑って左手でブイサインを作る。右手は大量の玉が入った籠を押している。隣にいる同級生ひとりでも十分運べる重さだが、仲良くふたりで力を合わせていた。

 こうして運んでいるうちに風太も亮二を連れて戻っているだろう。それまでの暇つぶしを兼ねたお手伝いだ。

 体育倉庫を出て、体育祭の喧騒の裏側をだらだらと進んで。

「――知ってる知ってる。不登校の」

 聞こえてきたワードに雪奈の耳がぴくりと反応した。他の学年は知らないが、二年生には不登校とされるひとりがいる。

 つい広重と関連づく言葉で、耳が拾ってしまう。

「桜さん?」

 同級生は人の声には気付いたかもしれないが、内容には何も思わなかったのだろう。雪奈がぴたっと口を閉ざしてしまったのを不思議そうに見てくる。

「……ごめん! ちょっと用事思い出しちゃった。行ってくる!」

「え! 桜くんが待ってるんじゃないの?」

「あっ。ええと、まあ、大丈夫! 先に戻っててーって言っておいてぇ!」

 そう言いながらも、雪奈はすでに声の方へ小走りになっていた。

 校舎に近く、体育祭中の生徒が集まる場所ではない。さぼっている生徒か教室に忘れ物をして取りに戻っている生徒くらいしかうろついていないだろう。

 見つけて、体操服の色で学年を確認して、一年生か三年生であれば気にせず体育祭へ戻っていい。ちょっと横を通ってみて、もう少し何かワードが手に入れれば御の字だ。

 それだけ、それだけ。

 なんだったら声の主はもういないかもしれない。いたとしても、別の話になっていてもおかしくない。

「――そうそう。俺、鈴木とは同小でさあ」

 期待どおりか、想定外か。

 日陰の方から声がして、雪奈は立ち止まった。しかも話題は変わっていないようだ。

 ごくんと唾を飲み、抜き足差し足忍び足と胸で唱えながら校舎の角へ近づいて顔をのぞかせる。

 同学年の男子生徒がふたり。顔も名前は知らないし関わったこともない。

 一年時にクラスが被っていてくれれば、いつもの調子で話しかけることも出来たのだが、そうはいかないようだ。ちょっと派手な男子だからといって雪奈は気にしないが、知らない相手に話しかけるタイミングは少しだけ考える。

 角から引っ込んだ雪奈は熱い壁にもたれかかり、深呼吸。盗み聞きは良くないが、これは片思い同好会としての活動で仕方のないことである、という何の理由にもならない言い訳を心に浮かべてから耳を澄ませる

「絶対に何かやらかしたんだって。絶対に」

「まじで?」

「あいつ、すごかったもん。やばいよ」

「何、何。やばいって」

「えー? 暴力問題っていうかあ?」

 半笑いの、面白おかしく話そうとする声。

 静かに立っていた雪奈は、気付けば角から姿を現していた。

「またやったんだぜ、きっと」

「――鈴木くんはそんなことしてない!」

 現しただけではなく、声も出ていた。

「えっ誰」

「うわ、何」

 突然の乱入者に男子ふたりもぎょっとして硬直している。

 誰かが通り過ぎたり、教師に見つかって体育祭参加を促されるくらいは想像していても、同級生が話に割り込んでくるとは全く思っていなかっただろう。しかも知らない女子である。

「勝手なこと言わないで! 私、鈴木くんと同じクラスだから知ってるもん!」

 雪奈は胸の前で細い指をぎゅっと拳にしている。

「鈴木くんはそんなことしてない! 変な噂しないでよ!」

 興奮で頬を真っ赤にした雪奈がふたりに詰め寄る。

 影でしゃがみこんでいるふたりは顔を見合わせ、すぐに雪奈を見上げた。校則違反の金髪にピアスが眩しいが、雪奈はそこへ距離を感じない。

「なんだよ、ウゼー」

「昔の話してるだけじゃん。悪口じゃねーし、なんなら事実だし」

「今も何かしたんだあって、適当言ってたじゃん!」

 拳をぴょこぴょこと上下させながら雪奈が首を振った。ポニーテールが目の前の男子を否定するように激しく揺れている。

「え、何。まじでウザいんだけど」

「急になんなんだよ。やば」

 ぷすんぷすんと蒸気を出しそうな雪奈が「むー!」と唸る。

「だってぇ……!」

 雪奈も何か案があって飛び出したわけではない。ただの反射だ。

 何か情報を掴むためなら静かに立ち聞きをするか、話しかけるにしてもこんなふうに喧嘩腰な態度では全く意味がないだろう。

 噛み締めた唇が震える。後悔が渦巻くが、もう遅い。

「……雪奈? あ、やっぱり雪奈か。何してるんだ」

 と、さらなる乱入者が登場した。

 座っていた男子は雪奈という突然の異物から退散しようと腰を浮かせていたが、見えた姿に一旦動きが止まる。

「ショーゴ!」

「体育委員だろ。さぼるなよ」

 祥吾だ。雪奈の声に気付いて寄ってきたのだろう。

「だって、だってぇ! このふたりが鈴木くんのこと、悪く言うんだもん!」

「だからってさぼるなって。ほら、戻れよ」

「でもぉ」

「いいから」

 突然現れた祥吾に肩を掴まれ、雪奈はぐるりと反対方向を向かされる。でもでもだって、と繰り返す雪奈だが、そのままぽんっと背中を押されると、何かをふっきるように走り出した。

 叫びたい気分だった。あの場にいてもどうしようもない、と突きつけられたようで悲しくて悔しくて嫌だった。わあっと叫んで、このもやのかかる心臓を吐き出してしまいたい。

 それを必死に堪えながら、雪奈は風太がいるであろう退場門めがけて駆けていく。

 途中、すれ違った一年の黒髪女子が目をぱちくりさせて雪奈を目で追った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Re:片思い同好会 Nicola @Nicola

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ