17ページ 体育祭

To 雪奈;

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もっかい言っておくけど、準備あるし早い電車で行くからな。

寝坊したら置いていく!

-- END --



 体育祭当日、空は真っ青に澄んでいた。

 雪奈と風太は体育委員として割り当てられた時間は準備や手伝いにとせっせと動き回っていた。

 学校行事全般が好きな雪奈は気合十分とばかりに髪を高い位置でひとつに結び、赤い鉢巻きをリボンのようにして髪へつけていた――のだが、体育委員の担当教員である権田に注意されて額に巻き直してあった。

 ただ、そんなことで気分を落とすわけもなく。雪奈は青空に負けないくらい元気いっぱいに、今は段ボール箱を抱えている。

「ゴンちゃんセンセー! ラケット見つかりましたあ!」

 競技に使うテニスラケットと自身の存在をアピールするようにぴょこぴょこと飛び跳ねると、準備用テントの下にいた権田が振り返った。

「おー! ありがとう!」

「入場門に持ってっちゃってたぁ!」

「ゴンセンセーの読み、ばっちりじゃーん」

 雪奈と風太がテニスラケットの入った段ボール箱をテントの影に置いた。

 ちょうど放送部が次の競技のアナウンスをしていて、権田はそれを持っていたボードのスケジュールと確認しながら周囲に目を向けている。

「あれ、笹垣君が来ていないな。――どっちか委員長を呼んできてくれるか。たぶんクラスにいるだろうけど、分かる?」

 雪奈と風太がテニスラケットの本数を確認していると、権田がどちらかを指定しないまま頼んできた。

 委員長の亮二と比較的仲の良い雪奈が「じゃあ」と立ち上がりかけて。

「オレ、行ってきまーあす」

 風太がいち早く立ち上がった。権田も「よし、ありがとう。頼んだぞー」と大きな声で大きく笑って、すぐに他の作業に向いてしまう。雪奈が割り込む隙間は全くなかった。

 雪奈は別に亮二の呼び出しに行くも行かないもどっちでも良かったのだが、風太は面倒がりそうな案件である。

「めっずらしーい」

 めんどくせー、と嫌がりそうな風太の立候補を見上げて笑う。

「だってえ、準備のほうがめんどくせーもん」

「あー、やっぱそういうこと言うー」

「やっぱってなんだよお」

 予想外でも予想内の返事があって、雪奈はけらけらと笑いながら「いってらっしゃあい」と手を振った。



 風太は三年生がたまっている場所へ近づいていくと、亮二の姿はすぐに見つかった。競技が終わり次第こっちに来て二年である風太たちと交代するはずの先輩はクラスの面々と楽しそうにお話中だ。

 先程の放送までに来る予定のはずなのに、放送が聞こえていなかったのかスケジュールをすっかり忘れているのか。

 風太はふた呼吸ほどその様子を眺めてから、「笹垣せんぱあい」と呼びかけた。

「ゴン先生が呼んでまあす」

 亮二はすぐに振り返ってくれた。太陽に熱されて浮かぶ汗がキラキラしているように錯覚しそうな、いかにもモテるスポーツマンの爽やかさである。髪が汗でべたつかずさらりと揺れるのは不思議で、少し羨ましくもあった。

 サッカー部主将で、しかもサッカーが上手い。去年のミスターハチ高の優勝者。完璧なモテモテスポーツマン先輩。

「体育委員だよね。ごめん、気付かなくって」

 謝罪すらキラキラの効果がついている。

「早く交代してくださあい」

「あはは、ごめんごめん」

 亮二がクラスメイトに片手をあげて一時の別れを告げ、風太の隣に並んで歩き出す。

「――さっきの誰かって彼女だったりするんですか」

 風太は先程まで亮二がいたグループを思い返しながら問うてみた。亮二は男女関係なく友達が多い様子で、あのグループ内にも女子がふたりいて、しかもひとりは随分と距離が近いようだった。

「ええ? 違うよ。そもそも、俺はこの一年くらいずっとフリーだしね」

 そう答えた亮二は首に落ちていた青の鉢巻きを額に巻き直しながら、風太をにっこりと見返す。

「桜くんは?」

「彼女ですか? いないでえす。先輩みたいにみんながみんなモテモテじゃないんでえ」

「桜くんっていいキャラしてると思うけどな」

「あー! モテることは否定しなかったあー!」

「まあね?」

 風太はちょっぴり苛つきを覚えた。むっと尖らせた唇を、トラックの中心から聞こえた空砲の乾いた音に向ける。

 亮二と準備テントまで戻ったら次は自分たちがクラスへ戻る番だ。今日の日程で亮二と被るのは最初の準備と片づけ以外なら、このタイミングしかない。さっさと雪奈とクラスへ戻ってやろう、と鼻を鳴らす。

「――じゃあ、雪ちゃんに彼氏はいる?」

 さらりと乾いた、自然な口ぶりを見上げる。

 涼しい顔をした亮二がいる。

 会話の流れで、いつも風太と一緒にいる雪奈のことを尋ねただけなのか。それを装って雪奈の情報を得にきたのか。

 確信ではないが、亮二は後者のつもりだろう、と風太は勘づいていた。

 亮二は、たぶん、おそらく、雪奈が気になっている。

 委員会での距離感や、積極的に話そうとする様子から、一年の終わり頃に気が付いた。

「……えー? 彼氏はいないですけどお、すっげえ好きなやつはいますよ」

 だから、誤魔化しも伏せもせず、言った。

 あんたの出る幕じゃないんですっこんでてくださいよ、と。

「へえ。雪ちゃんは片思い中なんだね。そういえば、そういう同好会を作ったって言っていたけど、雪ちゃんも応援される側なんだ」

 亮二の反応は特に変わらない。驚くことも、ショックを受けることもない。

 同好会の話を聞いた時点で、何かしら、雪奈がその当事者である可能性は考えていたのだろう。

「雪ちゃんって――」

「せんぱあい」

 雪奈は亮二から好意を向けられたって、広重への思いは揺らがないだろう。仲良しで顔がいいミスターハチ高の先輩だから、という理由だけときめいてなびくような女子ではない。

 放っておいたって問題ないと風太は思っていた。

 だから、この牽制は風太の意思だった。やりたいから、勝手に防御壁を作っている。

「雪奈のこと、ユキチャンって呼ぶなら、オレはフウクンでいいですよ。どっちもサクラだし、ねえ?」

「え? ああ……うん。それじゃあ、風くんで」

 亮二の軽い戸惑いににっこりと返す。

「イエーイ。これで先輩とも仲良くなったあって感じ。ずっと雪奈とばっか仲がいいから、羨ましくてえ」

 冗談交じりにけらけらと笑って頭の後ろで指を組む。

 退場門とそこに併設された準備テントが見えてくる。

「そういや気になる漫画があるって、ユキチャンから聞いたんですけど。屋上の、ほら、同好会の部室にあるんでえ、オレがいる時に来てくれたら貸します。一応、オレのだし――あ、漫画持ち込んでんの、先生に内緒でお願いしまあす」

 気軽に距離を詰めながら喋って、目的地に雪奈の姿がないことに気が付いた。

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