第34話 決勝④

 第四クオーターが始まった。

 最後の局面だ。


 点差は三点差で相手の優勢。

 でも実質、あってないようなものだ。

 すぐに取り返すし、取られ返してしまう。


 もはや、試合はどのタイミングで終わるかに掛かっていた。


 手首はどんどん悪化している。

 もはや何もしなくてもずっと痛い状態だ。

 でもメンバーは、俺を下げたくなくて、俺の気持ちに答えたくて、いつもと同じプレーを要求してくる。


 それはとてもありがたくて、とても残酷なことでもあった。


 ボールをつく度に激痛が走り、意識が遠くなる。

 もうだめかもしれない。

 思わずそう思ってしまう。


 でもそんな時、声が聞こえるんだ。


「ハルにぃ! 頑張れ!」

「ハルにぃ! ラスト走ってぇ!」


 水樹と尚弥だ。


 あぁ……。

 考えれば、昔からそうだった。

 あいつらの声が、いつも俺の心に炎を灯してくれる。


 俺が無理だと思っても、あいつらがいつも俺の背中を押してくれるんだ。

 あいつらがいない間も、あいつらの誇れる兄貴分になれるよう頑張れた。


 だから俺は頑張れる。

 まだ俺はやれるんだ。


 半ば意地だったように思う。

 俺は得点を何度も決め、相手のボールを何度も奪った。

 相手のディフェンスが厚くなる。

 と言うよりも、俺へのディフェンスが明らかに徹底されていた。

 常時二人は付いている気がする。


「良いのかよぉ! ハルばっか守ってて!」


 でもそんな相手の隙を鉄平が見逃すはずがない。

 お得意のトリッキーなプレーで相手を出し抜き、レイアップシュートを決める。

 そのシュートに俺のディフェンスが緩んだ。

 ガンアンドランで速攻の反撃が来るので、パスボールを奪ってもう一度反撃の起点を作る。


 一瞬だけ時計が見えた。

 試合は残り一分。

 点差は二点差で相手が優勢。

 でも一得点でひっくり返せる。


「ハル! こっちだ!」


 ボールを奪った俺にすぐ鉄平がパスを要求する。

 でもそれはブラフだと俺は知っている。

 もう何度も重ねてきたコンビネーション。

 それを、土壇場のこの場面でやってきたのは、正直熱い。


 俺は鉄平にパスを出すフリをして、前方ではなくサイドにボールを投げた。

 虚を衝かれて敵の反応が一瞬遅れる。


 パスの先にはヌマがいた。

 ちょうどスリーポイントラインのところに。

 ノーマークの完全フリー。


 見せてくれよ、お前のシュート。


 ヌマが理想的なフォームで放ったシュートは美しい弧を描いて。

 パスンと静かな音と共に、リングを通り抜けた。


 一点差で逆転。

 時間は残り二十秒。

 まだ相手側に反撃の目はある。


「お前ら戻れっ!」


 俺が言う前にはもう、全員速攻に備えて戻っていた。

 しかし死力を尽くしているのは俺たちだけじゃない。

 相手も一緒だ。


 全員で一気に攻めてこられ、攻めに傾倒していた俺と鉄平は戻るのが間に合わない。

 ディフェンスをすり抜けるように相手のエースがドリブルで攻め、一気にレイアップシュートを決める。


 得点差一点で、逆転を許す。

 残り十秒。


 迷っている時間も、考えている時間もない。

 今は動かないと、ただ負けるだけだ。


「こっちだ! ボール回せ!」


 俺の声とほぼ同時にパスが回ってくる。

 右手の痛みも忘れて、俺は走った。

 相手のディフェンスが堅い。

 再び、俺にディフェンスが集まる。


 相手も必死だ。

 今までにないスピードで追いつかれる。


 足が止まると同時に、鉄平が俺の背後を通った。


 通り抜けざまに、俺からボールを受け取り前へ運ぶ。

 相変わらずトリッキーなプレーだ。

 でもこのあたりの連携は、俺たちだから通る。

 今まで何度もやってきたからお手の物だ。


 油断して俺のディフェンスの意識が鉄平へ向く。

 隙を見て俺はダッシュし、前方でディフェンスに囲まれる鉄平に声を出す。


「鉄平!」


 ほぼこちらを見ないまま、鉄平は手首をひねり、片手でボールを投げてきた。

 そのトリッキーな動きは、この試合の結果を左右しうる最大の騙し手となる。

 鉄平の投げたボールは、まっすぐ俺の手元に届いた。


 残り五秒。

 スリーポイントラインの内側。

 完全フリー。


「決めろ! ハル!」


 俺は両手でボールを持って、いつものフォームを構える。

 何千、ひょっとしたら何万回と重ねたシュートのフォーム。


 俺は足先の屈伸運動を、手首へ、指先へと伝える。


 その時だった。

 今までにないほどの激痛が、手首を襲ったのは。


「うぐっ……!」


 痛みにも慣れてきた時に訪れた、大波。

 その痛みに、手首の動きが硬くなった。

 ビキビキと、手首から全身にかけて電流が走ったような感覚がする。


「くそがぁっ!」


 半ばごり押しでシュートを放つ。

 ゆっくりと軌道を描いたそのシュートはゆっくりと落ちていく。

 その情景が、俺には妙にスローモーションに見えて。

 俺は固唾を飲んで、そのシュートを見守った。


 たぶん、俺だけじゃない。

 その場にいる誰もが、そのシュートをただ眺めた。


 入ることを祈って。

 あるいは、入らぬことを祈って。


 しかし、そのボールは。

 無情にも、ゴールリングに弾かれた。


 地面にボールが落ちていく。

 俺の試合が、三年間が終わる。


 ボールが地面でバウンドした時。


 静かに、試合終了のブザーが鳴った。

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