第34話 決勝②

 決勝リーグ初日の試合がすべて終了した。

 二戦二勝したこともあり、我が男子バスケ部の空気も緩い。


「いやー、勝ったな」


「良い感じですね」


 試合前までは険しかったヌマと鉄平の表情も、心なしか穏やかだ。

 二人とも、何だかんだ強がってはいたが、内心不安だったのだろう。


 すると、不意にヌマがこちらを振り返る。


「ハルさん、二試合目の時結構強めにぶつかってましたけど、大丈夫ですか?」


「心配すんな、大丈夫だよ」


 心配するヌマにヒラヒラと手を振った。

 本当は軽く振るだけでも若干痛みが走ったが、まだ我慢できる範囲だ。


 少しだけ歩く速度を落とし、和気藹々わきあいあいと話しているチームメイトを遠巻きに見る。

 すると、いつの間にか隣にいた柚が俺の顔を見つめていた。


「ハル先輩、ちょっと良いですか?」


「どうした?」


「ついてきてください」


 柚に連れられ歩いていく。

 連れられて行った先は、医務室だった。

誰でも使える簡易的な部屋だ。

 ベッドや流しはあるものの、医薬品などは置いていない。

 柚は中に誰も居ないことを確認すると、俺を手招きした。


 部屋に入ってすぐ、手首を強めに握られる。

 油断してたので、瞬間的に走った痛みに耐えきれず「うっ」と声が出た。


「やっぱり怪我してる……」


 柚は俺の手首を触診する。

 すると、特定の箇所になったら鋭い痛みが走ることに気づいた。

 どうも手首の動作が大きくなると痛むらしい。


「これくらいどうってことねぇよ。ドリブルやパスも出来るし」


「ダメですよ! こういうのは最初は軽いんです。でもすぐ悪化します。特にバスケなんて、手首使いまくるんですから! 今日のうちに病院行ってください」


「皆には黙っててくれ」


「悪化しちゃいます!」


「頼む、柚」


 俺は柚に頭を下げた。

 彼女は深刻な顔で、俺を見つめる。


「バスケが出来なくなったらどうするんですか」


「明日の試合は、どうしても出たいんだ」


「ハル先輩……」


「今のチームはベストメンバーだ。でも明日の相手はかなり強い。戦力ダウンしたら、勝てるかもわからねぇ」


「そりゃ、控えでハル先輩に匹敵する人は居ないですけど……。でもきっと大丈夫ですよ。先輩たちを信じてあげてください」


「頼む」


 俺はもう一度言う。


「明日の試合でもし勝ったとしても、無茶してたらインターハイに出れなくなっちゃいますよ。明日はチームの皆に託して、インターハイに向けて療養すべきです」


 柚の言ってることは正しい。

 怪我をしてる俺が出たって、むしろ勝てる確率を下げるだけだ。

 でも。


「信じてないわけじゃねぇんだ」


「だったらどうして……」


「後悔したくねぇ」


 俺は言った。


「この夢だけは、誰かに任せたくないんだ」


 しかし柚はそっと、両手で俺の手を優しく包んだ。


「私、ハル先輩が好きです」


 そのまっすぐな瞳は、迷いがない。


「だから、無茶してほしくありません」


 純粋で、一直線で、太陽みたいにまぶしく見える。

 それが時折、俺の胸の内を燻らせる。

 彼女を、遠い存在に思わせる。


「すまん」


 俺は柚の目をまっすぐ見た。

 なるべく逸らさないように。

 目を逸らしたらたぶん……いや、絶対後悔させる。


「俺、水樹が好きなんだ。だから、お前の気持ちには応えられねぇ」


 もっと最初からこうするべきだった。

 柚はずっと色々良くしてくれてたのに、俺が優柔不断なせいで、ずっと振り回した。

 最低だと思う。


 柚は黙って俯くと、瞳から涙をポロポロとこぼした。

 それは、目から落ちた涙が宝石になる、人魚の童話を思い出させる。


「柚、本当にごめ――」


「謝らないでください」


 言葉を被せられる。

 顔を上げた柚の瞳には、確かな光が灯っていた。

 強い目だった。


「ハルさんは素敵です。私が勝手に惹かれたんです。だから、ハルさんが素敵だと思った私の気持ちを、否定しないでください」


 柚はポケットからテーピングテープを取り出すと、俺の手首に巻いた。


「明日の一試合だけです。それ以上無茶するなら、先生に言って止めてもらいます」


「柚……」


「ハル先輩のためじゃないです。私の気持ちの供養です。好きな人のわがまま、聞いてあげたいから」


 ポロポロと涙をこぼしながら、柚は俺の手にテープを巻いていく。


「ハル先輩、私、明日はマネージャーつけないです。だから試合前にもう一度、テープを巻かせてください」


「本当にいいのか?」


「私は、決めたことはやるんです。そういう女なんですから」


 柚は真っ赤な目で、洟をすすっている。

 そんな彼女に、俺は言った。


「ありがとな」


 ◯


 医務室から戻ってくると、集合場所で鉄平たちが出迎えてくれた。

 顧問の先生やコーチも出迎えてくれる。


「おい、ハル。大丈夫かよ。ガッチリテーピングしてんじゃねぇか」


「近藤、明日の試合、様子見た方が良いんじゃないか?」


「これは……」


 言葉に詰まる。

 咄嗟に言い訳が出ない。

 すると柚が前に出た。


「わ、私が言ったんですよ! 心配なんでテーピングさせてくださいって!」


「柚……」


「決勝前に万一があったら嫌じゃないですかー。だからです!」


 すると聡実が呆れたようにため息をついた。


「柚、本当心配性ね」


「柚ちゃん、ハルのこと好きすぎだろぉ。羨ましいぜ。俺にもテーピングしてくれない?」


「呼吸出来なくして良いですか?」


「死んじゃうよぉ! っていうか、目赤くない?」


「コンタクトがずれちゃってぇ。アハハ」


 柚が上手く誤魔化してくれる。

 言わせちまった。

 でもその厚意が、今はありがたい。


「ハルにぃ!」


 遠くで、水樹たちがこっちに手を振っている。


「明日も見に来るね!」


「……あぁ!」


 俺は怪我していない方の手で、それに応えた。

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