第34話 決勝①

 決勝リーグの第一戦が始まった。


 全四校による総当たり戦。

 この中からインターハイに出場できるのは、たった一校だけ。

 最も少数の多い学校が、その権利を獲得する。


 決勝の緊張する中だが。

 俺たちのチームは、どこか和やかな空気が流れていた。

 緩んでいるというわけではない。

 どちらかと言うと、良い感じでリラックス出来ているという印象だ。


 俺たちの予選トーナメントは、正直かなり実力に開きがあった。

 男女共にほぼ苦戦することなく、勝ち進むことが出来ている。

 それは決勝リーグでも同じで、今回の相手も正直ほとんどが格下だった。


 まともな相手になりそうなのは、一校くらい。

 去年決勝で競り合った高校である。


 俺たちがインターハイに出る前までは、実質ここの一強だった。

 絶対的な王者を、俺たちが引きずり落した訳だ。

 そのせいか、この一年でかなり強くなっていると聞いている。

 簡単には勝たせてもらえないだろう。


 決勝リーグは全部で二日間。

 今日が二試合。

 明日が一試合。


 女子の試合は上手く日程がずれてくれたらしく、マネージャーも居ないので、今日明日はサイドに柚と聡実がついてくれることになった。


「試合終了!」


 決勝の第一試合。

 俺たちは、難なく勝つことが出来た。


 超攻撃型の俺たちのチームは、いつも相手と点取り合戦になる。

 今回の試合は、ほとんど圧倒する形になった。

 相手との相性が良かったというのも大きかったのかもしれない。


「余裕だな、ハル」


「鉄平、油断すんな」


「はいはい」


 そんな感じで話してはいるものの、チームの空気はいつもより良い。

 試合で良い感じに温まっている。


 次の一試合は見学か。

 俺が客席に戻ると、見覚えのある人物がいた。


「ハルにぃ!」


「水樹!」


 居ると思っておらず、ドキリとする。

 すると、尚弥も背後で手を振っていた。

 隣には椎名もいて、こちらに手を振っている。

 三人で見に来たらしい。


「なんで居るんだよ」


「お兄ちゃんが誘われたからって」


「誘われた?」


 不思議に思い背後を見ると、聡実がサッと視線を逸らせた。

 どうやら犯人はあいつらしい。

 内心ため息をつく俺に、水樹は頬を膨らませる。


「試合だったら試合って教えてといてよ」


「隠してた訳じゃねぇけど、見せるもんでもないかと思ってな」


「良いじゃん別に。あ、それともメンタルザコザコだから、緊張しちゃうとか?」


「バカ言え」


 お互い目があって、どちらともなしにフッと笑みが浮かんだ。

 水樹の表情も、今までと違って柔らかく見える。


「今日、頑張ってね。明日も見に行くから」


「ああ、サンキュ」


「ちょっと耳貸して」


「なんだよ」


「いいから」


 水樹がそっと耳元でささやく


「勝ったらエッチなことしてあげようか?」


「は、はぁ!? おお、お前何言ってんだ!」


「アハハ、顔赤くなった! ムッツリだぁ」


 水樹が俺を指さして笑う。

 思わず「クソガキ……」と声に出た。

 どこでこう言うやり取りを覚えてくるんだ。


 すると、不意に「あの、ハル先輩」と背後から声を掛けられた。

 柚だ。

 水樹と目があって、お互い一瞬気まずそうな表情を浮かべる。


「じゃ、じゃあ私戻ってるから」


「ああ」


 水樹を見送り、柚と向き直る。

 こいつにも、俺の気持ちをちゃんと伝えなきゃな……。

 部活くらいでしか普段接点がないため、なかなか機会が取れずにいた。


「どした?」


「次に試合する高校なんですけど、ちょっと嫌な話聞いて」


「嫌な話?」


「私、別の高校にバスケ部の友達が居て。その子から聞いたんですけど、次の対戦相手がめちゃくちゃラフプレーらしいんです。結構相手を怪我させることも多いって」


「マジか……」


 俺たちの本命は第三試合だ。

 その試合の前で怪我をしたら、目も当てられない。


「一応皆には気を付けるよう声掛けとく。ありがとな」


「はい」


 一礼して、柚が去っていくのを見送る。

 何となくその背中を眺めながら、嫌な予感がした。


「大丈夫だよな……」



 そして試合が始まった。



「ヌマっ! こっちだ! パス出せ!」


「ハルさん! 頼みます!」


 第二試合も、展開は一方的だった。

 最初は構えていた俺たちだったが、得点差が開いていくと共にいつもの調子を取り戻していく。

 実力に差があったのか、ほぼ追いつかれる心配はない。


「行けるなこれ!」


「だから油断すんな鉄平!」


 チームは良いムードになってきた。

 試合時間は残り数分。

 あとは守備に徹するだけだ。


 そう思った時、事は起きた。


「ハル、危ねぇ!」


 試合終盤のゴール下、レイアップシュートを打とうとした時。

 相手チームのディフェンスの奴が射線を遮ろうとして、真正面から強くぶつかって来た。

 重なるようにして倒れる。


「うぐっ……!」


 ひねった手首の上に相手と俺の体重がもろにかかった。


 ビキリと、嫌な感触と痛みが手に走り。

 思わず顔をしかめた。


「おいハル! 大丈夫かよ? お前ら、気をつけろよ!」


 相手側に恫喝どうかつする鉄平に「よせ」と声を掛ける。


「心配すんな、どうってことねぇよ」


「だけどよ」


「いい。それより残り数分だ、やろうぜ」


「あ、あぁ……」


 試合再開。

 先ほどの反則でフリースローだ。

 俺はシュートを打つ。


 いつもの姿勢で、いつも通りに。

 足先の運動が肩を通って手首に伝わる。


 その時、不意に。

 ビキリと、手首に嫌な感触が走った。


 一瞬顔をしかめるも、痛みに耐え何とか打ち切る。

 投げられたシュートは無事にゴールに入ってくれた。


「やりぃ! さすが!」


「任せとけ!」


 鉄平とハイタッチする。

 その瞬間にも痛み。

 何だ今のは。


 考えていると試合終了音のブザーが鳴る。


「よっしゃ! 二勝目! あとは最後だけだな!」


「鉄平さん、これ行けますよね!」


「当たり前だろ!」


 鉄平たちが盛り上がる中、俺は自分の手を見つめていた。

 手首から発される、痺れるような痛みを感じながら。

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