第33話 ギャル子ちゃんの失恋

 バスケ部が順調に勝ち続けて今週末決勝を迎えるらしい。

 決勝リーグは、各ブロックから勝ち上がってきた四校での総当たり戦だ。

 それくらいのこと、私だって調べてある。


「今週末か、試合、見に行こうかな」


 ここ最近は、ハルとの距離も近くて少し楽しい。

 最近の私たちは、良い感じだ。


 距離も近すぎず、遠すぎず。

 告白して保留して、という間柄なのに気まずくない。

 むしろ、私は『好き』を公言している分、以前より引っ付きやすい。


 でも、晴天の霹靂へきれきとはよく言ったもので。

 ハルに呼び出されたのは、そんな時だった。


「小島、今日ちょっと話良いか?」


「んー? 別にいいけど」


 ホームルーム終わりでごたついている時だった。

 なるべく目立たないように、ハルは私に声を掛けてきた。

 私に声を掛けたハルは、いつもと違う表情に見えた。

 それを見て、自分の中の浮かれた温度がスッと下がるのが分かる。


 何となく「あぁ、来たか」と思った。

 呼び出された理由が分かったのだ。


 私は今日、フラれるんだ。


 ここ数日のハルを見て、何となく感じていた。

 彼の中から、迷いが消えみたいに見えるなって。


 思えばいっつもそうだ。

 ハルは自分が決めたことを、ちゃんと守る。

 そして、自分の中で意思が決まったら顔つきが変わる。


 私はその顔を良く知っている。

 だって、私が好きなハルの顔だから。

 たとえその顔が、自分をフることを決めた顔でも。

 やっぱり私は、ハルが好きなんだ。


 放課後の、人気のない校舎裏。

 私は静かに深呼吸して、その言葉を受け止める準備を始める。


「話ってどうしたの、こんなところに呼び出してさ」


「お前に伝えとこうと思って。お前の告白に、答え返したい」


 予定調和の問いかけに、予定調和の返事。


 わかってる。

 こういうのは通過儀礼だ。


「もしかして私、フられる?」


 わかってる。

 わかってるけど。

 言い出すのを待つのが怖くて、自分から当たりに掛かってしまう。


 ハルは静かに頷くと「すまん」と謝った。

 その言葉を聞くと心臓が痛いくらい鼓動する。

 ズキリと、胸に痛みが走るのを感じた。


「俺、やっぱり水樹が好きだ」


「うん、知ってた」


「知ってた?」


「見てりゃ分かるよ。ハルは最初から幼馴染みちゃんが好きだって。ハルが女の子のことで真剣に悩むなんて、今までになかったことだし。私はそれでも後悔したくないから、ハルに告白したんだ」


「小島……」


「だってずっと見てたんだもん。当然じゃん」


 知ってたから、私は何度もハルを後押ししたし。

 私が告白することで、ハルをけしかけもした。

 そして、一ミリくらい、こっちを向いてくれないかな、なんて思いもした。


 迷ってるハルに覚悟を決めろって言ったし。

 矛盾する行動をする中で、私は多分、自分の恋を終わらせにかかっていた。

 保険を張っていた。


 私はごまかすように、おどけるように、「あーあ」と声を出す。


「やっぱり無理だったかぁ」


「すまん」


「別にいいよ。私とハルの仲じゃん」


 自分で口にしてて、しんどいな、と思った。


 今まで自分なりに抵抗していたけど、ハルに話していて改めて実感する。

 私は負けるとわかっていた試合に、わざわざ挑んでいたんだ。


 いや、違う。

 私はただ、本気で闘うのが怖くて、負けにかかっていたんだ。


 告白して、答えを保留にしてもらって。

 そんなあやふやな状態でも、私たちの仲は変わらないんだって安心すると同時に。

 やっぱり私は本気でハルにアタックしきれてないんだなって気づいてもしまった。


 ハルを寝取れる場面なんて何度もあった。

 既成事実があれば、きっとハルは責任を感じて私と付き合ってくれたし。

 元々相性はいいんだから、きっと本当に恋仲になれた。


 そうしなかったのは、何でだろう。


「今週末、バスケ部の決勝だよね」


「ああ」


「見に行ってもいい?」


「いいけどよ……お前こそ、いいのか?」


 私は頷く。


「試合は見に行く。だって友達だもん」


「ありがとう」


 ハルはそう言うと、肩の荷が降りたようにホッと笑った。


「俺、お前は本当に大切な友達だから、お前と気まずくなるの嫌だなって思ってた」


 だから、そう言う残酷なこというなっての!

 冷徹になれハル!

 心ではそう思っていても、顔には笑みが浮かぶ。


 私はハルの『大事な友達』なんだって、その事実が嬉しい。

 そして、私はハルの『大切な人』じゃないんだって、その事実が悲しい。


「お前の気持ちには答えられねぇ。でもお前は、俺にとって親友以上なんだ」


「知ってるよ、そんなの。当たり前じゃん」


 私は笑みを浮かべた。


「じゃあ部活行きなよ。試合近いんだから、キャプテンがいないと話になんないでしょ」


「あぁ、ありがとうな、小島」


「じゃねー。また明日」


 ハルが去るのを見送る。

 気まずそうなハルは、去り際嬉しそうな笑みを浮かべていた。

 たぶん、きっと、私と今まで通りの関係で居てくれることを喜んでいる。


 分かってる。

 私がハルを寝取らなかったのは、ハルを傷つけたくないからだ。

 あの屈託のない笑みが、陰るのが嫌だった。


「あーあ、振られちゃったかぁ……」


 視界がにじむ。

 じわりじわりと。

 目元に涙が浮かんでいるのが分かる。


「好きで、いたかったなぁ……」


 いまさらハルを嫌いになんてなれないよ。

 あんないいやつ他に居ないんだから。


 放課後の喧騒がどこか遠い。

 まるで世界から孤立したみたいだ。


 私が膝を抱えていると、不意に「うぉっ!?」と声がした。

 顔を上げると、そこにバスケ部の元村 鉄平がいた。

 一年の頃、私の胸を揉みたいとか散々言ってハルに胸倉をつかまれた張本人だ。


「こ、小島か……!? 何!? 何で泣いてんの!? イジワルされた!?」


「何でこんな時にあんたが来るんだよ。最悪だ」


「何で!?」


 私は立ち上がると、鞄を肩にかける。


「じゃあ、行こ」


「行くって、ど、どこに?」


「カラオケだよ! 黙ってついてこい!」


「いやいやいや! 俺今日部活なんだけど!? 試合前なんですけど!?」


「キャプテン解放してやったんだからガタガタ言うな! 行くよ!」


「えぇー……」


 前を向こう。

 顔を上げて、立ち上がろう。

 今はすぐに忘れることなんて出来ないけど。

 もしかしたら、ずっとハルのこと、好きかもしれないけど。


 絶対に私がやったことは、無駄になんてなってない。

 ハルへの恋を、そんな風に思いたくないんだ。


 だから、今日は……今日くらいは。

 少しだけ、泣いても良いよね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る