第32話 告白

「面白かったね」


「そうだな」


 映画が終わり、電車に乗って地元に戻ってくる。

 そのころには、すっかり辺りは暗くなっていた。

 空には月が昇り、深い光が天に満ちている。

 今日は満月だ。


「ラストのシーンの伏線、ハルにぃ気づかなかったでしょ?」


「伏線?」


「ほら、中盤で男の子が女の子に上げたお手製のネックレス。あれが代償になって女の子の記憶が守られたんだよ」


「あぁ、なんか変だなって思ってたら、あれそうなのかよ。全然気づかなかった」


「ハルにぃはホント、私が居ないと映画ぜーんぜんダメだね」


 映画の感想を話しながら歩くと、以前立ち寄った近所の公園へたどり着いた。

 話が尽きず、何となく帰る気がしなくて、自販機で飲み物を買って語り明かす。

 前のデートの時も、ここでこうして話したな。


 いや、思えば昔から、俺たちがなにかすると言ったらこの公園だった。

 花火をしたのも。

 水樹を好きになったのも。

 全部ここで起こったことなんだ。


「そういえば、この間も、ここでハルにぃと話したね」


「そんなに経ってねぇのに、随分長い時間が経った気がするな」


 そこで不意に、水樹が黙る。

 どうしたんだろう。


「ねぇ、ハルにぃ。あの約束、覚えてる?」


「約束?」


「昔言った約束。『将来ハルにぃのお嫁さんになりたい』って」


 その言葉は、よく覚えている。


「忘れてねぇよ。お前こそ、もう忘れちまったかと思ってた」


「忘れるわけないじゃん」


「あの頃の水樹は、俺のことをリスペクトしてた感じだったけど、今じゃ見る影ねぇな。人のことザコだのヨワヨワだの童貞だの、好き放題言ってんだから」


「だってあれは……そうしないとハルにぃが相手してくれないと思ったから……」


 水樹は口を尖らせ、ぶつぶつと何か呟いている。


「ハルにぃはさ、私がお嫁さんになりたいって言った時、どう思った?」


「まだ小さい頃の話だろ」


「いいから」


「何でそんなこと聞くんだよ」


「だって気になるんだもん」



 何て言ったものか。

 いや、もう飾ったり、隠す必要もないのかもしれない。

 俺はしばし逡巡した後、口を開いた。


「……嬉しかったよ」


「そうなんだ?」


 その言葉に、水樹がニヤニヤしながら俺の顔を覗き込んでくる。


「ハルにぃ、この水樹ちゃんに好かれて嬉しかったんだぁ?」


「そりゃ、好意を向けられて嬉しくないやつはいないだろ」


「えへへ」


 覚えている。

 ここで花火をしたのを。

 よく三人で遊んで、楽しかったのを。


 笑っている水樹は、まるで輝いているように見えて。

 俺には、その瞬間が特別なもののように感じていたんだ。


「水樹……俺、お前に言いたいことがあるんだけど」


「何?」


「俺、お前のこと――」


 そこまで口にした時。

 何かを察したのか、「ちょ、ちょっと待って!」と水樹が俺を制した。

 水を差されると思っておらず、俺は思わず顔をしかめた。


「何だよ」


「だってハルにぃ、何か大切なこと言おうとしてない?」


「それは、まぁ……」


「急すぎ! 脈絡がない! 心の準備も出来てない!」


「そりゃあ……すまねぇ」


 水樹は、スーハ―スーハ―と何度も深呼吸をして俺に向き合う。


「良いよ、言って」


「分かった」


 俺は意を決する。

 どうしてこのタイミングで言おうと思ったのか、自分でも分からない。

 でも、言うなら今日だと思った。


 今日一日、水樹と過ごして分かったんだ。

 水樹と過ごす時間を、俺は特別に感じていると。

 一秒一秒が、まるで違ったものに見えていて。

 世界が、輝いて見えるんだって。


 だから俺は口にした。

 その言葉を。


「俺、水樹が好きだ」


 言った。

 言っちまった。

 言ってやった。


 口にした瞬間、一気に現実味が沸いてくる。

 今言うのは早かったんじゃねぇかとか、惹かれるんじゃねぇかとか。

 不安とか、高揚とか、色んな気持ちがあふれ出てきた。


 だけど、もう戻れない。

 俺の言葉を耳にして、水樹は目を見開いている。


 俺は言葉をつづけた。


「俺、今まで全然気づいてなかったんだ。自分の気持ちをずっとごまかしてた。バスケに熱中することで、忘れようとしてたんだ。それでホントに忘れちまってるなんて、バカだよな」


 水樹は黙って俺の言葉を聞いている。

 心なしか、その瞳は潤んで見えた。


「ちゃんとしないとダメだと思ったんだ。俺がずっとふらふらしてたから、色んな人の気持ちを引きずって、迷惑かけちまってた。たぶん、お前にも」


「でも、ハルにぃ、他にも女の人に告白されてるんでしょ?」


 俺は頷いた。


「小島や、柚にはちゃんと話す。傷つけるかもしれないけど、俺は、ちゃんと自分の気持ちを話して、伝える。だから、すぐにとは言わねぇ。全部終わったら、改めて、俺の彼女になってくれ、水樹」


「私と付き合ったら、ハルにぃロリコンって言われるよ?」


「構わねぇよ。今までは、俺自身が何だか周りの視線とか、評価とか、そんなのばっか気にしちまってた。自分の気持ちで、全然考えられてなかったって思ったんだ」


 だからこれからは、自分の気持ちに素直になりたい。

 元から、自分の気持ちをごまかしたり、嘘ついたりするのは得意じゃなかった。

 本当の気持ちを知った今、俺は、自分に嘘をつきたくないんだ。


 しばらく沈黙があった。

 水樹は少しモジモジした後、後ろ手を組んで、やがて口を開く。


「私も……」


 彼女は、静かに言った。


「私も、ハルにぃが好き。ハルにぃの彼女になりたい。ハルにぃのお嫁さんになりたいって言った、あの日から……私の気持ちは変わってないよ」


 水樹は泣きそうな顔で、こちらを向く。


「正直、まだ信じられてないかも。ハルにぃが告白してきたなんて」


「俺も、今朝まで考えてなかった。告白しようなんて。でも、お前と今日一日過ごして、どうしても今日、伝えたいと思ったんだ」


「うん……」


 水樹はそっと、俺の手を取る。


「嬉しい……」


 そして彼女は、照れ臭そうにはにかんだ。


「ずっと不安だった。ハルにぃはお兄さんだし、周りにはきれいな人がたくさんいたし、相手にならないって思ってた。だから前のデートの時、ハルにぃが、私を幼馴染みじゃなくて、女の子として見るって言った時、すごく嬉しかった」


 俺を見つめる水樹の目は、月明かりを吸い込んで光に満ちている。

 キラキラと、輝いている気がした。


「私、ハルにぃにちゃんと見合う人になる。守られるばっかりの妹分じゃなくて、ちゃんと、対等な彼女になりたい。だから、傍で見てて。私もハルにぃのこと、ちゃんと待ってるから」


「あぁ」


「インターハイ、頑張ってね」


「おう、任せとけ」


 空の満月が、美しく光を満たしていた。

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