第31話 映画
時間になって映画館のシアタールームに入ると、客席はほとんど埋まっていた。
事前に予約していなかったら、恐らく入らなかっただろう。
水樹の手際の良さに、内心感謝する。
「それにしても、カップルと親子連れが多いな」
「結構恋愛要素あるって言ってたよ」
「そうなのか? てっきり普通の現代ファンタジーだと思ってたな」
「ハルにぃ、映画とか見るの?」
「いや、全然見ねぇ。考えたら久しぶりかもな」
「見なさそーだよね。ずっとバスケの動画とか見てそう」
「そうかも」
「えぇ……?」
水樹は呆れた様子で「仕方ないなぁ」とため息を吐く。
「私、映画詳しいから。筋肉バカのハルにぃのためにオススメの映画一緒に見てあげる。ウチ、サブスク入ってるから見放題だよ?」
「へぇ、良いな」
今までは尚弥とばっかり遊んでいたが、水樹と映画鑑賞も悪くないな。
水樹とは漫画の貸し借りをよくやっていたが、正直好みは合う。
映画も同じじゃないだろうか。
俺が考えていると、水樹がニマニマとした笑みを浮かべていた。
なんだよ。
「ハルにぃ、私に会える口実ができてうれしいでしょ?」
「そうだな」
「あぐ……」
俺の言葉に、水樹は黙った。
探るようなジト目で俺のことを見てくる。
「……何かハルにぃ、今日おかしくない?」
「そうか?」
「そうだよ! だっていつもだったら絶対否定するとこじゃん! 何か素直すぎるって言うか。そりゃ……嬉しいけどぉ」
そこで水樹は何かに気づいたようにハッと表情を変えた。
「ひょっとして、以前の結花ちゃんの催眠術でおかしくなったとか……!?」
「そんな訳ないだろ」
確かに、あの催眠術はきっかけになった。
自分の本当の気持ちに向き合うきっかけに。
あの日以来、俺の世界の捉え方は変わった。
でもそれは――
「何て言うか、自分の本心に気づいただけだ」
悪い変化では無いと信じたいのだ。
その時、不意に館内のブザーが鳴り響いた。
「もう始まるな。俺のことは良いから、映画見ようぜ」
「う、うん……」
水樹は腑に落ちない様子だったが。
場内が暗くなり始めるとやがて映画に視線を移した。
俺たちが見た映画は、今話題の若手監督が作った、新作アニメ映画だ。
滅ぼされた世界からやってきた男の子と、現代世界で暮らす女の子が出会うボーイ・ミーツ・ガール。
世界を滅ぼす
歪を止める旅をする中で、二人は互いの抱える苦難を知り、心を通わせ、距離を縮めていく。
歪を閉ざすには対価が居る。
男の子は自分の宝物や、親の形見を差し出し、歪を閉ざしていく。
しかし、最後にして最大の歪を閉ざすためには、それまでの対価では足りない。
だから男の子はラストで自分の記憶を代償にする。
すべてが終わった時、男の子の記憶はなくなっている。
しかし女の子のことだけは覚えていた。
記憶を失っても、彼女を好きだという想いだけは残っていたからだ。
なかなかおもしろい映画だった。
ストーリーもさることながら、何より映像がきめ細やかで綺麗だ。
キャラクターの表情も繊細で見ていて飽きない。
すると、不意に俺の手を誰かが握ってきた。
水樹だ。
ギュッと、力強く握られている。
「おい水樹――」
いつものようにからかってきたのかと思いきや、すぐに違うと気づく。
映画を見る水樹は、ハラハラした様子で映画に没入していた。
表情をゆがめたり、片目を瞑ったり、場面が変わるごとに表情をコロコロ変える。
俺の手を握ったのも、無意識のようだ。
思えば昔から水樹はそうだった。
感情豊かで、色んな表情をする奴だと、そう思う。
そんな彼女を見ているのは、飽きないと思った。
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