第30話 UFOキャッチャー

 次の日。

 昼過ぎに駅前で水樹と待ち合わせをした。

 家の前で待ち合わせをしなかったのは、何だかすこし気まずさを感じていたからだ。


 心の準備期間と言うか、一呼吸置きたい気持ちがある。

 前よりも、ずっと自分が水樹を女子として意識しているのだと気づいた。


「お待たせ、ハルにぃ」

「おぉ……」


 待ち合わせ場所に来た水樹を見て、思わず言葉に詰まる。

 オシャレしてきたのか、水樹はいつもと雰囲気が違って見えた。

 春らしいキュロットスカートに、少し丈の長いパステルカラーのシャツ。

 足元はローファーを履いて、すこし大人っぽい印象だ。


「お前、今日はおしゃれだな」

「今日『は』?」

「今日『も』だな」


 俺が訂正すると、水樹はふふんと得意気に鼻を鳴らす。


「私の本気コーデ見て、ハルにぃもうドキドキしてるんだぁ?」

「そうだな」

「あぐ……」


シンプルに褒めると、水樹は思わず黙り、恥ずかしそうにうつむいた。。

そんな彼女の手を、俺はそっと握る。


「じゃあ行こうぜ」


 水樹は一瞬ビクリと体を跳ねさせた後、やがて素直に握り返してきた。


「今日、なんかハルにぃ積極的だね……?」

「そうかぁ?」


 そうかもしれない。

 自分の気持ちが分かったことで、迷いがなくなった気がした。

 水樹への好意を自覚しているからか、行動が大胆になっている気がする。


「行きたいところとかあるのか?」

「えっとね、これ……」


 水樹がスマホに映したのは、映画だった。

 今流行りのアニメ映画で、テレビCMを何度か見たことがある。

 ストーリーもさることながら、壮大な映像がすごく美しいと評判だった。

 クラスの女子が騒いでいるのを耳にした記憶がある。


「これ、話題だよな。チケットは取ってるのか?」


「昨日お母さんに頼んで取ってもらった」


「後で金返すよ。にしても、準備が良いな」


「だって、ハルにぃとデートするなら、楽しく過ごしたいし……」


 モジモジする水樹の姿が、何だか愛おしく見える。


「ありがとな。楽しみにしてくれてたんだな」


「うぅ……。何か今日、ハルにぃ強い……」


「何だよそれ」


 どうも水樹はストレートな物言いに弱いみたいだ。

 こっちが素直に褒めると、途端に照れて言葉に詰まる。

 褒められ慣れていないのかもしれない。


 映画館に足を運ぶと、案の定結構混んでいた。

 水樹がチケットを取ってくれてなかったら危なかったなと感じる。


 上映は午後三時からか。

 余裕見て来たから、あと一時間はあるな。


「ねぇハルにぃ、ちょっと時間あるから遊ぼうよ」


 どうしようかと考えていると、水樹が映画館のすぐ横のゲームセンターを指した。

 時間を潰すにはちょうど良さそうだ。


「じゃあちょっと寄るか」


 中に入り店内を見て回る。

 賑やかな店内には、カップルで来ている客の姿が良く目立つ。

 仲睦まじくくっつく男女を見て、俺たちはどう見えているのだろうと疑問に思う。


「わぁ、可愛い!」


 UFOキャッチャーのコーナーに来た時、不意に水樹が足を止めた。

 可愛らしいゆるキャラの人形が並んでいる。

 この人形を穴に落とせば、景品をゲット出来るというわけだ。


「ねぇ、ちょっとやってみていい?」

「あぁ」


 水樹がすかさずお金を入れてチャレンジするのを、背後から見守る。

 アームの設定が弱く、正確に掴もうとしても人形を掴むことが出来ないでいた。

 それを見て水樹は「えぇー?」と顔をしかめる。


「こんなの絶対取れないよぉ」

「掴むんじゃねぇんだよ。引っ掛けて吊るすんだ」


 見かねて水樹の隣に立つ。

 ガラス越しに俺は人形についてるタグを指差した。


「ほら、あそこにタグついた輪っかあるだろ? アームがあの輪っかに入るように誘導するんだ」


「へぇ……」


 そこで二人ともふと我に返る。

 いつの間にか水樹とずいぶん距離が近くなっていた。

 解説に夢中になっていて気づかなかった。


 体制も、自然と水樹を抱き抱えるような状態になってしまっている。

 同じ目線になるよう解説していたこともあり、水樹の顔がすぐ横にあった。

 目が合うと同時に鼻がぶつかりそうになり、思わず身を引く。


「すまん……」

「だ、大丈夫……」


 慌てて距離を取ると、少しだけ気まずい沈黙が流れた。


「それにしても、ハルにぃ……UFOキャッチャー詳しいね?」


「バスケ部に上手い後輩が居るんだよ」


「それって、もしかして柚さん?」


 探るような目を向けられる。

 俺は首を振った。


「男だよ」

「なぁんだ。そっか」


 そう言った水樹は、どこか安堵した顔をしていた。


「何だよ、焼きもち焼いたのか」

「そ、そんなわけないじゃん! ただ、ちょっと」

「ちょっと?」

「……心配だっただけ」


 水樹はふてくされたように俯く。


「だってハルにぃの周り、キレイな人多いじゃん。男の人って、ああ言う大人っぽい人が好きなんだよね」


 水樹にとって、俺はかなり歳上の兄貴なわけで。

 俺の周りにいる女子も、彼女からすれば全員大人に見えるのだろう。

 だから、比べてしまうのかも知れない。


 でも、そんなの。


「……関係ねぇよ」


 俺は素直にそう思う。


「大人だから好きとか、ガキだから嫌いとかじゃないんだ。好きになった奴を好きになる。ただそれだけだよ。少なくとも、俺はそうだ」


「もし、それがロリコンって言われるような歳の人でも?」


 からかわれているのかと思ったが、水樹の視線は真面目だった。

 俺は頷く。


「好きになったら、気にしねぇ」


 今までは散々ロリコンだとか言われて散々拒んで来たけれど。

 周囲の評価より、自分の気持ちが大事だと思えるようになっていた。


 俺の顔を見つめる水樹の瞳は、心なしか輝いて見える。

 そんな彼女に俺は言った。


「じゃあ取ろうぜ、人形。さっき言ってたのを参考にして挑戦してみろよ」

「う、うん……」


 たどたどしい手つきで水樹はクレーンを動かす。

 慣れない様子だったが、操作は正確だった。


 水樹の動かしたクレーンは、人形のタグを引っ掛けると。

 そのまま人形を持ち上げ、見事に落とした。


「やった! 取れた!」

「やるじゃねぇか!」


 取れた人形を見て、水樹は目を輝かせる。

 俺が手を差し出すと、二人でハイタッチした。


 どうしてだろう。

 何気ないことなのに、すごく楽しい。

 水樹と居ると、ささやかなことが特別に思える気がした。


 ちょっとしたことに感動して、ちょっとしたことが特別に感じられる。

 それはきっと、水樹と過ごすこの時間が、俺にとって特別なものだからかもしれないと、なんとなく思った。

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