第29話 テスト結果

 俺は水樹が好きだった。

 そんな自分の気持ちに、ようやく気付くことが出来た。


 今までずっと、水樹は幼馴染みだと思ってきて。

 デートをして、自分が水樹を女の子として見ていると気づいた。

 でもそれが恋なのかどうかなんて、ずっと分かっていなかった。


 でも、もっと事態は根本的だったんだ。


 俺は昔から水樹が好きだった。

 水樹は俺の初恋で、その初恋は俺の中で終わってなんていなかったんだ。


 ただ俺は、水樹への想いを、ずっとバスケに置き換えていた。

 そうやって、自分をごまかしていた。


 俺がバスケに夢中になればなるほど。

 自分の気持ちを、ごまかしてしまっていたんだと思う。


 でも、ようやく自分の気持ちに気づくことが出来た。

 後は、ちゃんと自分が行動するだけなのだが。


 バスケの地区予選の真っただ中、練習も苛酷になり、それは出来ずにいた。


 くすぶる気持ちに反し、俺たちバスケ部は順調に勝ち続けていた。

 地区ブロック予選を勝ち上がり、決勝リーグへ進む。

 決勝リーグは、来週末に行われる予定だ。


 テスト結果が戻ってきたのは、そんな時だった。


 教室にて。

 各教科の答案用紙が返却され、阿鼻叫喚の嵐が沸き上がる。

 そんな中、俺は黙って自分の答案を眺めていた。


「ハル、どうだった?」

「小島」


 何だかにやにや顔で、小島が近づいてくる。

 恐らく結構良かったのだろう。


「俺はそれなりだな」


「とか言って。その顔は結構出来たって感じじゃん」


「まぁな」


「嫌味だぁ」


「そう言うつもりはねぇよ。ただ、いちいち自慢したくないだけだ」


 ここ最近バタバタしていたからどうなるかと思ったが、俺の得点はかなり良かった。

 今のところ返却されている科目は、全部九十点以上をキープ出来ている。


 テスト前に尚弥の家で勉強したのが役に立ったのだろう。

 水樹たちに教えるのは自分の学びになったし。

 一人で勉強するよりはかえってはかどった。

 あの時間が無かったら、成績は落ちていたかもしれない。


 そういや、そろそろ水樹もテスト結果が戻ってくる頃か。



 ――じゃあさ、ハルにぃ。一個提案!

 ――テストでいい点取れたらご褒美くれる?



 不意に、水樹の言葉が脳裏に思い起こされる。

 あれから音沙汰がないということは、成績が良くなかったか、あるいはまだ返却されていないかだが。

 恐らくは後者だろう。


「もし良い点数取れたら、あいつ、何頼むつもりなんだ……」


 厄介なものを頼まれそうで少し怖い。

 でも気になっている自分も居る。


「何? なんの話?」

「ちょっとな。こっちの話だ」

「うん?」


 俺の態度に小島は怪訝な顔を浮かべていた。


 ◯


「じゃあ今日の練習は終わり! 来週はいよいよ決勝リーグだからな! ちゃんと休んどけよ!」

「うぃーっす」


 バスケ部の練習が終わり、いつも通り帰路につく。

 すると中学の前を通った時、タイミングよく見覚えのある女子が出てきた。


「水樹」

「ハルにぃ!」


 声を掛けると、水樹はこちらを見てパッと表情を明るくし、こちらに駆け寄ってきた。


「ハルにぃ、バスケ終わり?」


「おぉ。お前も部活か」


「そうだよ。まだプールは入れないけど、基礎練習が始まってるんだ」


「そっか。どうだ、部活動は」


「しんどいけど、体動かすのは結構楽しい」


 部活の話をする水樹は嬉しそうだ。

 その様子に、何だかこっちまで嬉しくなる。


「夏には試合もあるから、応援来てね。エロエロハルにぃの大好きな水樹ちゃんの水着だって見れちゃうんだよ?」


「誰がエロだよ。そんな目的では見に行かねぇよ」


「え……来てくれないの?」


 途端にシュンとする水樹に「バカ」と声を掛ける。


「ちゃんと応援目的で行くって言ってんだ」

「ふぅん?」


 俺が言うと、彼女はまんざらでもなさそうな表情を浮かべた。

 すっかり暗くなった帰り道を、肩を並べて一緒に歩く。

 少しだけ、水樹の肩が俺に触れた。


「もう六月だね」


「早ぇな。お前らがこっち来てもう二ヶ月か」


「ハルにぃ、試合勝ってるってお兄ちゃん言ってたよ?」


「決勝リーグまで昇ってな。今度、四つの学校と総当たりで試合だ」


「優勝したら出れるの?」


「そうだ」


「じゃあ、応援しに行ってあげるね」


「おぉ。ありがとうな」


 すると水樹は「そう言えば」と鞄の中を何やら漁りだす。


「テスト結果、返ってきたよ」

「どうだった?」


 水樹は両手でピースを作った。


「平均七十点以上。学年平均より全然良かった」


「やったな」


「これでハルにぃにご褒美もらえるね? 約束覚えてる?」


「今日俺もちょうどテスト返却受けてな。思い出したところだよ。で、何がいいんだ?」


 すると水樹は、何か言いにくそうに体をモジモジとさせる。

 どうしたんだ。


「あのさ、ハルにぃ。土曜、いっつもバスケ休みだったよね」


「そうだな」


「明日の土曜って、もう用事入ってる?」


「いや、特に入れてねぇけど……」


 俺の言葉を聞いて、彼女はゆっくりと探るように顔を上げた。


「じゃあさ、出かけようよ。もう一度二人で」


 水樹の声は、心なしか震えていた。

 緊張しているのが見て取れる。


「デートってことか?」


「ハルにぃがそう思いたいならそれでいいよ? ハルにぃは。そんなに私とデートしたいんだぁ?」


 いつもの減らず口だが、それが照れ隠しであるのは見て取れた。

 そんな彼女の様子に、俺はフッと笑みを浮かべる。


「そうだな」


「……はぇ?」


「俺、お前とデートしたい」


 俺が正直に告白すると、水樹は顔を真っ赤にした。


「行こうぜ、デート」

「はい……」

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