第27話 催眠術

「ハルにぃ、眠そうだね」


 久々の井上家。

 疲れからか大あくびをかましたところ、尚弥に指摘された。

 思わず俺は「すまん」と頭を下げる。


「なんかここ最近疲れが取れなくてな……」


 身体の疲れというよりは、精神的な疲れだろう。


 柚や小島、水樹のこと。

 先日のヌマの一件もある。

 進学とバスケで手一杯だった俺に、恋愛のアレやコレやを処理する能力はなかった。


 寝ても寝ても寝足りない。

 あくびが出て仕方がないのだ。


 俺の様子を見た尚弥は心配そうな表情を浮かべた。


「大丈夫? 今日は無理せず帰った方がいいんじゃあ……」


「つってもな、欠伸は出るけど眠いわけじゃねぇんだ。実際寝ようとしたら大して眠れないっつーか。よく分かんない感じなんだわ」


「それは……難儀だね」


 すると、不意に背後に誰かの気配がした。

 思わず振り返ると、椎名がニコニコとした笑みで立っていた。

 驚いて思わず「おわっ!?」と声が出る。


「ゴリラさんはメンタルヨワヨワのザコザコさんなんですね?」


「椎名! お前何でここに居んだよ!」


「そりゃあもちろん私と遊ぶために決まってるじゃん。ハルにぃはそんなのも考えつかないの?」


 水樹まで姿を現す。

 最悪の二人が揃ってしまった。


「水樹、ハルにぃは試合や受験で疲れてるから、酷いこと言わないようにね」


「い、言わないもん! 私はただ、ハルにぃが私に弄られたがってるなぁと思っただけ」


「誰が弄られたがってる、だよ」


 相変わらず好き放題言ってくれる。

 普段は平気だが、今はうまく捌ける気がしない。

 そんな俺の状態を察したのか、水樹もいつもよりは言葉が控えめだ。


「それにしてもハルにぃが疲れなんてね。僕もちょっとビックリしたな」


「まぁ、体力的につーか、精神的なもんだ。ちょっと今、人間関係がゴタついてるからよ。何、インターハイ終わったら片つけるからよ」


「でもそのままだったら、インターハイ終わる前にハルにぃ倒れちゃうよ! ほら、目の下に隈まで出来てるじゃん!」


 尚弥がうつったのか、水樹までが心配そうに身を寄せる。

 俺たちが三人で騒いでいると、椎名は何か考え込むように顎に手を当てた。


「精神的な疲れ、ですか」


「どうした椎名」


「ゴリラさん、少しだけ試したいことがあります」


「試したいこと?」


「催眠術です」


「催眠術?」


 また妙なこと言い出したな。


「ゴリラさんの疲れは明らかな寝不足。でも眠たくないということは、不安を抱えてるがためにしっかり眠れていないことが原因だと思います。メンタル面の負担が、ゴリラさんを無意識に追い込んでいるのです」


「俺、追い込まれてたのか」


 何か言われてみればそんな気がするな。

 思えばここ最近は、外的要因で悩んでばっかだった。

 椎名は続ける。


「そこで、今から私がゴリラさんに催眠術をかけ、潜在意識の不安や、悩みを解決するためのヒントを表層意識に引っ張ってきます」


「せんざい……なんだって?」


「ゴリラさんがここ最近悩んでいるのは、ズバリ恋愛ですね? 今までステータスの割に対してモテもしなかった人生。しかしながら実は自分の事を好きな女性が突然二人も出現。一方で自分は水樹ちゃんのことが気になって気になって仕方がない。でも本当に好きなのか? 実は自分がロリペタペド野郎なのではないかで悩む……そうですね?」


「ハルにぃ、そんなに私のこと気にしてくれてたんだ……」


 椎名のどストレートな指摘に水樹は耳まで赤くして俯く。

 あまりに指摘が端的過ぎて俺は否定する気にもなれなかった。


「なんか表現がちょこちょこ引っかかるが、おおむねそんな感じだと思う。後はちょっと、バスケ部の後輩も絡んでて、実際はもうちょい複雑だな……」


「キャパシティオーバーしたというわけですか。情けないですね? ダメダメですね? 普段はハキハキハッキリしてるのに、こういう時はヨワヨワザコザコなのですね?」


「勘弁してくれ……」


 言葉の応酬がバカスカ俺の心を蝕む。

 ゴリラだって病むんだぞ。


 すると椎名はそっと息を吐いた。


「ハルにぃさんが停滞しているのは、ゴリラ故に自分の気持ちがわからないからじゃないんですか?」


「ゴリラは関係ねぇだろ。……インターハイに集中したいんだよ、俺は」


「でも、本当の気持ちが分かっていたら、迷いはないはずです。ゴリラさんの性格上、好きな人が居ると明言するでしょう」


「それはまぁ、そうだな」


「だから、今からゴリラさんの無意識下……深層意識に潜り込むのです。そうすることで、ゴリラさんも気づいていなかった本心に気づくことが出来るはず」


「理屈は分かるけど、椎名そんなこと出来るのかよ?」


「心得があります」


 疑わしい。

 水樹を見ると水樹は肩をすくめていた。


「結花ちゃん、器用だから。なんでも出来るんだよね」


「こう見えても英才教育をされているのです」


「怖ぇな。色んな意味で」


 すると尚弥がパンと手を叩く。


「やってみようよ、ハルにぃ。何だか楽しそうだし」


「尚弥、お前楽しんでるだろ?」


 まぁいいか。


「じゃあ、頼むわ」

「任されたのです」


 俺はリビングのソファに横になる。

 力を抜き、体を楽にすると良いらしい。


「じゃあ、始めますよ。目をつむって、ゆっくりとリラックスしてください」


 そうして椎名の催眠術は始まった。

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