第25話 ギャル子ちゃんの誘惑
しばらくして小島は「ちょっとトイレ」と言って席を立つ。
何気なくスマホをいじりながらボーッとしていると。
「お待たせー」
戻ってきた小島は何故か隣に座った。
「何やってんだ、向かい側に座れよ」
「大丈夫だって、ここ端の方の席だし、今お客さんほとんどいないから、ちょっとくらいイチャついてもバレないって」
「そういう問題じゃねぇよ……!」
俺は小声で小島に訴える。
しかし抵抗もむなしく、小島はじりじりとお尻をこちらに寄せてきた。
端の方に追い込まれ、逃げ出すことが出来ない。
制服越しに、小島のスカートからスラリと伸びる足の感触がする。
「ほら、ハル。腕貸して」
「お、おい……」
小島は俺の腕を取ると。
ズイと、自分の胸の間に挟み込んだ。
左腕を柔らかい感触が包む。
全身が一気に緊張で硬直した。
「へへ、柔らかいっしょ?」
「お前、やめろって!」
「言ったじゃん、水樹ちゃんが絆なら、私は色気で行くって」
「ここじゃなくて良いだろうが!」
「ちょっとくらい良いじゃん。ケチケチすんなよー」
しかし小島は全くこちらの言うことを聞かない。
どんどん体を引っ付けてくる。
香水なのかシャンプーなのか、良い香りが鼻孔をくすぐる。
腕や脚の柔らかい感触。
胸を押し当てられた腕に感じる、小島の心臓の鼓動。
気が変になりそうだ。
「ねぇ、私の心臓ドキドキしてるでしょ? こう見えても、ハルとくっついて緊張してるんだよね」
「俺も今ガチガチに緊張してるよ、お前のせいでな」
「ふーん? どれどれ……」
あろうことか小島はそっと俺の胸元に顔をくっつけてくる。
より密着度が増した。
「ホントだ、ドックンドックンいってる」
「勘弁してくれ……」
「また早くなった」
小島は何だか楽しそうだ。
「ふーん、こんな感じかぁ」
「何がだよ」
「今何考えてると思う?」
「分かんねぇよ」
「良いから」
「……ガタイがでけぇとかか?」
「ううん。ハルと彼氏彼女になってくっついたらって考えてた」
小島は艶めかしい上目遣いで、俺の顔を覗き込んでくる。
そんな顔しないでくれ。
彼女はそのままの姿勢で抱えていた俺の腕を離すと。
次に俺の手の平をにぎにぎ触り始めた。
今度は何だ。
「ハルとエッチしたら、この手に触られるのかぁ」
思わずガバリと立ち上がりそうになり、思い切り机に膝をぶつけた。
痛みで身もだえていると、ケタケタと小島が笑う。
「冗談だって!」
「お前なぁ……」
「ま、さっきの手の感触は覚えとくよ」
「何でだよ」
「ハルの手の感触思い出しながら、今日一人でスるから」
ガタン! とまたもや膝をぶつける。
小島はお腹を抱えて涙を流しながら笑う。
「痛ってぇ……!」
「ハル初心だねー。可愛い」
「お前、そんなエロキャラじゃねぇだろ」
すると小島は少しだけムッと頬を膨らませる。
「ハルだからだよ……」
「あっ?」
「ハルだから、私はエロキャラになるんだよ……。それくらい分かれ、バーカ」
「すまん……」
俺が謝ると、小島は俺の胸元に頭を擦り付ける。
「あーあ、ずっとこんな感じだったらいいのにな」
新しい客が入って来て、徐々に店が賑わってくる気配が広がり始めた。
小島はようやく立ち上がった。
「出よっか」
「あ、あぁ……」
そこには、先ほどまでの女っぽい表情はどこにもなく。
いつもの、友達としての小島が居た。
◯
店を出てしばらく二人で黙って歩く。
何故だかそのまま帰る気になれず、気がつけば河原の道を二人で歩いていた。
「ごめんね、ハル」
突然謝られる。
「何だよ急に」
「ハルに迷惑かけたくないのに、またやっちゃった」
「迷惑とかじゃねぇよ。ただ、反応に困るだけだ」
俺はそっと息を吐き出く。
今日は何だか静かだ。
「お前はさ、可愛くて、スタイルも良くて、性格も良い奴だと思うよ。俺も、お前と居ると安心するし、楽だ」
「ふぅん?」
「お前が俺のこと好きって言ってくれんのは嬉しいしさ、それでもこうやって以前みたいなノリで話せるのもありがてぇなって思ってる。だから余計……答えられないのが辛くてな」
「気兼ねせず触ればいいじゃん。役得だよ、役得」
「それはダメだ。お前にはなんて言うか、ちゃんとしたい」
詰まりながら言うと、何故か小島は嬉しそうな笑みを浮かべた。
「やっぱり好きだなぁ」
彼女は俺の数歩先を歩く。
俺たちの距離は、人間としての距離なのかもしれない。
小島の方が、俺より少し大人に感じる。
「なんかさ、ハル見てるとからかいたくなるんだよね」
「何だよそれ」
「冷静で居られなくなるんだよ、ハルを見ると。こう、胸の辺りと、お腹の下らへんがギューってなるって言うか。トキメキ? みたいな」
春の河原は穏やかな静かさに包まれていて、さっきまで青かった更には夕陽の色が差し込んでいた。
水がささらぐ音と共に陽の光が反射して。
何故だか小島が輝いて見えた。
「付き合わなくてもいいからさ、今くらいの関係が――今日みたいな日が、ずっと続けば良いのにね」
夢物語みたいな話だ。
でもまぁ――
「そうだな。それも良いかもな」
嫌いじゃない。
高校三年の、テスト終わりの放課後。
大切な友達と歩いた河原の色鮮やかな景色を、俺は生涯忘れないと思う。
それほどまでに、この一瞬は永遠に感じた。
俺の言葉を聞いた小島は、いつもみたいにニシシと笑う。
「じゃあね、ハル。今日はありがと」
「あ、おい!」
「また学校でね!」
駆け出していく彼女の姿を、俺は静かに眺める。
そんな彼女の背中に、俺は大きく声をかけた。
「またな!」
彼女は、振り返ることなく手を振った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます