第24話 ギャル子ちゃんの夢

「で、どこ行くんだよ」


「じゃあさ、おじいちゃんの店に行こうよ」


「おじいちゃんの店って、この間の喫茶店か?」


 小島は頷く。


「ハル、ちゃんと食べてないでしょ? あそこ結構美味いんだよ。ね? 良いでしょ?」


「じゃあ、そうすっか」


 この間の喫茶店に行く。

 俺たちが中に入ると『松本』と書かれたネームプレートをつけた女性の店員が出迎えてくれた。

 かなり若い人だ。大学生だろうか。

 彼女はこちらを視認して、店員用の顔を一気に緩める。


「いらっしゃいませぇ……って早苗ちゃんじゃん」


「へへ、どうも。遊びに来ちゃいました」


 女性はチラリと俺を一瞥する。


「彼氏?」


「へへ、今はまだ違います」


「まだってなんだよ」


「いいからいいから、硬いこと言わない」


 席に案内される。

 喫茶店の店内は小ぢんまりとしており、テーブル席がいくつかと、カウンター席で構成されている。

 店内には常連客らしき人がカウンターにいるだけで、他に客の姿はない。


 俺たちはその中でも、一番奥の席へと案内された。


 歩いていると、カウンターの向こう側にいる老人に小島が手を振って来る。

 以前見たことがある。

 小島のおじいさんか。

 小島も嬉しそうに小さく手を振り返し、俺たちは席に着く。


「この店、もう長いのか?」


「昔からあるよ。最近改装したんだよね」


「ああ、だからか。この前はたまたま見つけて入ったけど、それまでこの辺に喫茶店があるなんて気づかなかったからな」


「最近経営者が変わったんだよね。昔からこの店通ってた人で、この店のファンだって人に、おじいちゃんが経営権を譲ったの。でもお店に立つのは好きだから、まだ働いてる」


「それってさっきの女の人か?」


「いや、あれはバイトの彩夏さん。大学生」


「だよな」


 めちゃくちゃ若いと思った。

 平日の昼過ぎだが、大学生はこんな時間からバイト出来るんだな。

 少しうらやましい。


 すると、先ほどの松本と言う店員がこちらに来て、テーブルの上にクッキーと紅茶を持ってきてくれた。


「どうぞ」


 テーブルに置かれたクッキーと紅茶セットを見て、少し困惑する。


「あの、まだ俺たち注文してないんですけど」


「お通しです」


「居酒屋かよ」


 俺たちのやり取りに小島が一人でクックと笑っている。

 どうやら、からかわれているらしい。

 いつものノリ、というやつだろうか。


「でさ、ぶっちゃけたところ、君たちどこまで行ってんの?」


 すると事もあろうに松本さんは俺たちのテーブルに座ってきた。

 思わぬ行動にギョッとする。

 小島は慣れてるのか、顔色一つ変えていない。


「あの、仕事は?」


「いいのいいの、どうせこの時間お客さん来ないし」


 それは経営的に大丈夫なのか。


「ビビったよぉ、だって早苗ちゃんが急に彼氏連れてくるんだもん」


「彼氏じゃないっす」


「今、私が告って保留されてるんですよ」


「それ言うのかよ……」


 すると松本さんの目が輝く。


「えっ!? マジ!? めっちゃ微妙な関係じゃん! 甘酸っぺぇ!」


 松本さんは、何だか楽しそうに口元を抑える。


「その状態で二人で出かけてるってこと? ヤバくない?」


「ヤバいですよね」


 小島が苦笑すると、松本さんはますます興味が湧いたのか、ズイと身を乗り出した。


「二人は元々どういう関係?」


「クラスメイトですよ」


「ってか男の子、君の名前は?」


「こ、近藤です」


「みんなからハルって呼ばれてるんですよ」


「じゃあハルくんね。ガタイ良いけど、部活とかやってんの?」


「ハルはバスケ部のキャプテンなんです」


 何故か小島が答える。

 すると松本さんは「バスケ部キャプテンかぁ、なるほどねぇ」としげしげと俺のことを眺めた。

 何だってんだ。


「キャプテンだったらモテんじゃないの?」


「モテてないっす」


「嘘つきだ。ハルは今気になる女の子が居るんですよ。それで私、保留されてるんです」


「うっわ! 悪い男!」


「……小島、フォロー頼む」


「実は私が『キープしてくれ』って頼んだんですよね」


「何で!?」


「だって、三年間ずっと好きだったから?」


「俺に疑問形で問うなよ……」


「うわぁ……最高じゃん。エモぉ……。ハルくんねぇ、どんな女の子と迷ってるのか知らないけど、早苗ちゃんめっちゃモテるからね! 性格も良いし、体もエロい! 店頭に立つと一日ニ、三人は声かけられてんだから!」


「へぇ、そうなのか……」


 確かに小島くらいの器量があればモテてもおかしくないと思うが。

 実際学校でも、付き合いたい女子で小島の名前を上げてるやつは少なくない。

 すると小島は「彩夏さん、盛りすぎですって」と困ったように眉尻を下げた。


「ハルくん、悪いこと言わないから早苗ちゃんにしときな? マジでいい子だから」


「それは……知ってますよ」


 俺は小島を見つめる。

 瞬間、目が合った。


「小島が良いやつなのは知ってます。だから……困ってるんです」


「ハル……」


 テーブルに微妙な空気が流れ、松本さんが「きょ、今日暑いねぇ!」と窓を開ける。

 そろそろ去ってくれるかと思いきや、その後も「普段何話してんの?」とか散々根ほり葉ほり聞かれる羽目になった。

 新しいお客さんがこなければ、永遠質問攻めだっただろう。

 マジで何だったんだ。


 松本さんがいなくなり、ようやく場が落ち着く。

 どちらともなく呆れ笑いが浮かんだ。


「ごめんね、彩夏さん、青春に飢えてるから」


「大学生も青春じゃねぇの?」


「三回生って言ってたからなぁ。青春過ぎたって」


「青春過ぎるの早くねぇ?」


「まぁ、高校生にしかない何かを感じてるんじゃない?」


「小島はこの店、よくバイトしてるのか?」


「週三、四くらい? 人いなかったらヘルプも入るよ」


「結構入ってんだな」


「オシャレするのにお金は必要だからね」


 小島は店内を眺める。

 しっとりとしたジャズが流れる店内の空気は落ち着いていて、居心地が良い。

 夜になると慌ただしくなるのだろうが、今はずいぶんと落ち着いている。


「私、この店好きなんだよね。小さいころから良く通ってんの」


「そんな昔からあるんだな」


「うん。おじいちゃんがおばあちゃんと始めた店なんだって。お母さんも昔、よくここでお茶飲んだって言ってた」


「母方の実家なのか」


「まぁね。今はまだホールだけどさ、いずれはキッチンとか、締め作業とかもちゃんとやれるようになっときたいな」


 ニコニコと、店内を眺める小島は、学校で見る彼女とはまた違って見える。

 何だかその様子が、俺は嬉しかった。


「お前もあるじゃねぇか。やりたいこと」


 すると小島はキョトンとした後。


「ホントだね」


 と笑った。

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