第22話 勉強会

 翌日から、尚弥と水樹と三人で勉強することになった。

 授業が終わり、いつもより少し短いバスケの練習を終え、尚弥たちの家へ。

 尚弥の部屋にあるテーブルで、三人揃って勉強をする。


「お前ら、分かんなくなったら遠慮せず聞けよ」


 俺が言うと、水樹が食い入るように俺の顔を見る。


「何だよ、何か俺の顔についてるか?」


「ハルにぃ、メガネ掛けてる……」


「これか? 授業の時はつけてるよ。メガネ好きなのか?」


「そう言う訳じゃないけど」


「水樹はハルにぃがメガネ掛けてるのが新鮮なんだよね」


「ばっ……! 違うもん! ハルにぃは目もヨワヨワのザコザコなんだぁって思っただけ!」


「照れることないんじゃない?」


「ぐぬぬぬ……」


 水樹は悔しそうに唇を噛む。

 水樹の様子を見た尚弥は、どこか嬉しそうに目を細めた。


「水樹、メガネフェチになるんじゃない?」


「な、なんで!?」


「ほら、この年代の好きな人のちょっとした仕草とか、すごい影響するから」


「ハルにぃがメガネかけてるのと私がメガネ好きになるの関係ないもん!」


 水樹は慌てふためいて顔を真っ赤にしている。

 普段生意気ばっかり言ってくる水樹が、こんなふうに一方的にやられてるのは何だか新鮮だ。

 大人しそうに見えても、こう言う時はやっぱり兄貴である尚弥の方が一枚上手だな。


「それにしても、なんか懐かしいな、こう言うの」


 俺が言うと、尚弥は嬉しそうに笑みを浮かべる。


「昔はよく一緒に夏休みの勉強したよね」


「えーっ? 私覚えてない」


「水樹はまだ小学二年とかだったからな。夏休み中、俺と尚弥でさっさと宿題片づけるために一緒に勉強したりとかやってたよな」


「ハルにぃ、絵日記まで初日に終わらせようとするから笑ったよ」


 ふいに脳裏に昔の記憶が思い浮かぶ。

 夏休みに尚弥や、幼かった水樹と近くの公園で花火をした情景だ。

 花火に照らされた水樹が嬉しそうだったのをよく覚えている。

 何だかその顔を、ずっと見ていた記憶があった。


 うん? なんでだ?

 他にも尚弥や友達がいた気がするが、あまり覚えてない。

 何かやたらと水樹ばっか眺めてた記憶があるな。


「うーん? おかしいな……」


「どうしたの? ハルにぃ」


「いや、大したことじゃない」


 すると唇を尖らせた水樹が、さっきからずっと黙っていることに気が付いた。

 解けない問題があるらしい。


「おい、水樹大丈夫か?」


「うー、ハルにぃ、ここ解けない」


「見せてみろ」


 水樹の方へ回って問題に目を向ける。

 すると少しだけ水樹が身を寄せてきた。

 肩が引っ付く。


「あー、これはだな、こっちの方程式を当てはめて……」


「ふむふむ」


 大した接触でもないのに。

 何故だか無性に意識してしまう。

 説明してるのに自分が何を話してるのかあまり分かってない。

 多分それは水樹も同じで、彼女は耳を赤くしたまましきりに頷いているフリをしていた。

 二人とも、何を話しているのか分からないまま、ただただ肩の接触を意識する。


 試しに少しだけ、水樹の方へもう少し肩を寄せてみる。

 すると水樹は、それに応えるようにまた身を寄せてきた。

 じりじりと距離が近づき、肩の接触面が広がっていく。


 心臓の鼓動がどんどん大きくなる。

 触れた肩から水樹に伝わっちまいそうな気がした。

 ヤバいなこれは……。


「僕ちょっとトイレ。ついでに何か飲み物取ってくるよ」


 その時不意に尚弥が立ち上がる。

 急に動くものだから、ほとんど緊張がマックスまで張り詰めた俺たちは弾かれるように体をサッと離した。

 俺たちを見て尚弥はキョトンとする。


「どうしたの? 二人とも」


「いや、ちょっとな……」


「お、お兄ちゃんが急に動くから驚いただけだよ」


「そう? ごめんね?」


 尚弥が部屋から出ていき、ホッと一息吐く。

 何となく元の姿勢に戻り、俺はジロリと水樹をにらんだ。


「……お前、もう機嫌は良いのかよ。人のことドスケベ呼ばわりしやがって」


「だってハルにぃヨワヨワだから。あんまり怒っても可哀想じゃん」


「よく言うぜ」


「それに、うかうかしてると他の人のところに行っちゃいそうだし……」


「何だよそれ」


「ハルにぃはどうなの?」


「何がだよ」


「ハルにぃは、柚さんと、私と、あのお姉さんと……誰が良いの」


「誰がって。小島は親友で、柚は部活の仲間で、お前は家族みたいなもんだ。そんなの決められるかよ」


 でも、そう言う俺の中途半端な態度が、この状況を生んじまったんだよな。

 小島が言っていたことを思い出す。


 ――だから理不尽だけどさ、ハルも誰かを選ぶなら、あるいは誰も選ばないなら、ちゃんと人を傷つけることを覚悟しなきゃダメだよ。辛くてもね。


 理不尽だけど、俺は選択しなきゃならない。

 答えを出すことを。

 そして、誰かを傷つけることを。


「ハルにぃ?」


 俺が黙り込んで不安になったのか、水樹が首を傾げた。

 その声にハッと意識が戻る。


「あぁ、すまん。ちょっと考え事してた」


「ふぅん?」


「っていうか、お前は良いのかよ」


「何が?」


「柚と小島に巻き込まれる形になってるけど、その……お前は俺に好意があるとか、そう言う風に言ってる訳じゃないだろ。それで良いのかよ」


 すると水樹がニヤッとする。

 その表情を見て、ギクリとした。


「ハルにぃ気になるんだぁ? 私が誰を好きか? ふーん?」


 いつもの嗜虐的な表情で水樹がグイグイとこちらに近寄ってくる。

 まずい、話の優先権を握られた。


「引っ付いてくんなよ」


「だってさぁ? 気になるんでしょ? 知りたいんだよねぇ? 水樹ちゃんが誰を好きか?」


「お、俺はただ、俺が誰を選ぶとか、そういう方向に話が流れてるから、お前はそれでいいのかと思っただけだ」


「ふーん? じゃあハルにぃは、私が『ハルにぃが良い』って言ったらどうするのぉ?」


「それは……」


 困っている俺を見て自信を取り戻せたのか。

 水樹はいつものイタズラ小僧みたいな表情で、にんまりとした笑みを浮かべている。

 このままじゃ良くないな。


「雑談はここまでだ。そろそろ勉強戻るぞ!」


「えぇー? ここからがいいところだったのにぃ」


 そこで何か閃いたように、水樹は表情を変えた。


「じゃあさ、ハルにぃ。一個提案!」


「何だよ?」


「テストでいい点取れたらご褒美くれる?」


「ご褒美?」


「だめ?」


 水樹は上目遣いでこちらを見る。

 急に何言い出すのかと思ったが、まぁ良いか。


「良いぜ。何か欲しいもの、考えとけよ。言っとくけど、高いのは無しだからな」


「やった! 約束だよ!」


 すると「あの……」と声がした。

 尚弥だった。

 気まずそうに部屋の入り口から、こちらを覗いている。


「もう入って良い? 何か邪魔していいのか分からなくて」


「ごめん……」


「すまん……」

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