第21話 約束

 テスト期間へと入った。

 この時期に部活動が停止になるのは我が強豪男子バスケット部も例外ではない。

 自主的に練習する部員も居て、俺も例外ではないが、それでもいつもより少しだけ早く解散する傾向にはある。

 特に三年は、推薦が掛かった重要な時期と言うこともあり、がっつり練習に参加しているのは俺くらいだ。


「お、尚弥」


「あれ、ハルにぃ」


 練習を終えて帰ろうとすると、門のところでバッタリ尚弥と遭遇する。

 尚弥もこっそり部活に参加していたタイプらしい。


「どうだ、美術部の調子は」


「良い感じだよ。友達も出来たし、顧問の先生から与えられた課題物作るのは結構楽しい」


「そりゃよかったな」


 そこでふと、この間のことを思い出す。


「そういやお前、この前聡実と消えてから、大丈夫だったか?」


「なんか少し話そうって言われて、二人で別の店でお茶して、映画見て帰ったくらいだよ」


「そ、そうか……。そりゃよかった」


 すでに手を出してたらどうしようかと思った。

 我が弟分ながら、こういうところはソツがなさそうだからな。

 するとこっちの考えを読んだのか、尚弥はこちらの様子をチラリと伺う。


「ハルにぃ、僕がもう聡実さんに手出したと思ったでしょ」


「う……。まぁな。いや、もちろんお前のことは信じてるけどよ」


「安心してよ、そんなに器用じゃないよ僕は。それにハルにぃの友達にそんなことするはずないでしょ」


「だよな。すまん」


「それに、案外聡実さん、しっかりしてる人だと思うよ。男の子慣れもしてなさそうだし」


「まぁ、あいつもずっとバスケばっかやってたタイプだからな」


 適当な話をしながら二人で帰路につく。

 思えば、ここ最近は柚に声かけられたり、水樹や椎名に馬鹿にされまくったり、小島からアプローチされたりと騒がしかったからな。

 こうやって何の気兼ねなく男友達と居られるのは久しぶりな気がした。


「あれ、水樹じゃない?」


 歩いていると突然尚弥が前方を指さす。

 見ると確かに水樹がとぼとぼと俺たちの前を歩いていた。

 その背中は、何だか丸い。


「あいつ一人か? なんか暗くねぇか?」


「おーい、水樹!」


 尚弥が声を掛けると、水樹はこちらを振り返り、一瞬パッと明るい表情を浮かべた後、すぐに首を振って表情を正した。


「お兄ちゃん、と……ドスケベ」


「まだお前根に持ってんのかよ」


 とうとう『ハルにぃ』すら呼ばれなくなったか。


「今日は椎名と一緒じゃねぇのか?」


「ちょっと勉強してさっき解散したの。そんなに椎名ちゃんのおっぱい見たいんだ?」


「えっ? そうなのハルにぃ」


「頼むから信じてくれ……」


 幼馴染み三人で一緒に歩く。

 思えばこうして一緒に帰るのも久々な気がした。


「水樹、さっき随分暗い様子だったけどよ、どうかしたのか?」


「別に……ただ、ちょっと今のテスト範囲で分からないところがあるだけ」


「そう言えばもう中学もテスト週間なんだね」


「あぁ、なんか思い出すな」


「ハルにぃは中学の頃の成績どうだったの?」


 尚弥に尋ねられ、俺は首を振る。


「全然だったよ。まったく勉強してなかった」


「えっ? そうなの!?」


 水樹が食いつく。

 俺は頷いた。


 中学の頃の俺は、ずっと四六時中バスケのことばかり考えていた。

 テスト期間ともなればそれ見た事かとバスケの練習をし続けた。

 おかげで成績はドベだったし、高校の進学も危ういほどだった。


「受験期間になって『流石にヤベェ』ってなったから勉強し始めたんだよな」


「でも今のハルにぃって推薦狙えるくらい勉強出来るんでしょ? どうやったの?」


 水樹の目が輝く。


「別に特別なことしてねぇよ。毎日予習してるだけだ。日々の積み重ねだな」


「予習……積み重ね……」


 光に満ちていた水樹の瞳がどんどん濁っていく。

 闇に堕ちている。


「家帰って風呂入って飯食うだろ、その後一、二時間くらい使って翌日の授業範囲の流れ確認しておく」


「そんな生活で楽しいの? 華の高校生だよ? ハルにぃ陰キャなの?」


「好き放題言ってくれるなお前」


「でも水樹、ハルにぃはそれを継続して来たから今の成績なんだよ。家帰ってずっとゲームしてる誰かさんとは違ってね」


「うぐぐぐ……お兄ちゃんの意地悪!」


 顔を真っ赤にして怒る水樹は、なんだか泣きそうだ。

 こいつらが兄妹喧嘩してる姿はなんだか久々で、何故か少し嬉しく思う。


「じゃあこれから三人でテスト週間の間、一緒に勉強するか。そしたら俺も見てやれるし」


 俺が言うと水樹が「いいの!?」と目を輝かせた後、恥ずかしそうにプイとそっぽを向いた。


「べ、別に? ハルにぃがどうしてもそうしたいって言うなら? やってあげてもいいけどさ? 一人で勉強も出来ないくらいヨワヨワのザコザコの寂しがり屋だからなぁ、ハルにぃは」


 震える声で水樹が腕組みする。

 面倒臭いやつだなこいつ。

 すると尚弥が心配そうにこちらを向いた。


「でも良いのハルにぃ? 推薦かかった大事なテストでしょ? 僕らに時間割いてる暇ないんじゃ……」


「心配すんな。俺も自分の勉強はちゃんとするし、そもそもテスト期間自体、テスト範囲でやったことの確認くらいしかしねぇからな」


「ハルにぃはすごいなぁ。そんなこと言う高校生、ハルにぃくらいだよ。……ありがとう」


「俺もお前らと久々にゆっくり過ごしたかったしな。それに……」


 俺はチラリと水樹を一瞥する。

 このまま、微妙な距離感って訳にもいかねぇしな。


 こうして、井上兄妹と一緒にテスト勉強することが決まった。

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