第14話 プリンス
新入生が部活に入る時期がやってきた。
この時期は各部活が掲示板で勧誘のポスターを張ったり、放送部に枠をもらって演説をしたりと、何かと賑わいやすい。
一方で、俺のいる男子バスケット部はインターハイ出場をした強豪と言うこともあり、何もせずとも割と新入部員は入ってくる。
勧誘に熱心なのは、どちらかと言うと人数が少ない弱小部だ。
楽と言えば楽だ。
しかし、勧誘活動もまた楽しそうなので、俺にはそれが少しうらやましく見える。
朝の登校で、珍しく早い尚弥と一緒に学校に向かう。
水樹はもう少ししてから家を出るらしい。
俺が部活の勧誘について話すと、尚弥は「良いんじゃない」と笑みを浮かべた。
「ハルにぃはインターハイ目指すんだから、勧誘に時間をかけない分、練習に集中しても良いと思うよ」
「まぁ……それもそうか」
尚弥とゆっくり話す機会は久々と言うこともあり、少しだけ愚痴ってしまった。
他に漏らせないような愚痴や弱音も、尚弥は嫌な顔せず受け止めてくれる。
部内の人間だとそうは行かない。
こうして気兼ねせず話せる尚弥の立場は俺にとって癒しだ。
「尚弥と水樹は何か部活入るのか?」
「僕は美術部かなぁ。水樹は水泳部に入るって言ってた」
「水泳部? 水樹って運動得意だったか?」
「水泳は昔から好きみたいだよ」
そこで、水族館の話を思い出す。
――だって、お魚さんの姿見ると、落ち着くんだもん。泳いで、どこか遠くに行けたらって思ってた。
水族館に行った時、水樹はそんなことを言っていた。
馴染めなかった学校から逃げ出したい。
そんな想いから、あいつは泳ぎを選択したんだろうか。
ただ、今は状況も環境も違う。
後ろ向きな理由で泳ぎを始めていたとしても、それはきっかけに過ぎない。
あいつが前向きな気持ちで部活に挑むと信じて、俺も背中を押してやりたいものだ。
「尚弥が美術部ってのは割とイメージ通りだな。お前、昔から絵上手かったもんな」
「今でも描いてるよ。デッサンとか、写生とか、黙々とやってると落ち着くんだよね」
「二年からだとちょっと馴染みづらいかもだけど、頑張れよ。俺も口聞けそうな奴いたらよろしく言っとくわ」
「ありがとう、ハルにぃ。でもこの時期は、ハルにぃの方が大変じゃない?」
「何でだ?」
「だって、バスケ部ならたくさん新入部員が入ってくるでしょ? 取りまとめとか大変じゃないかなって」
言われてみて「そういやそうだな」と思った。
「俺、何か昔から後輩関係で苦戦したことないな……」
「まぁ、ハルにぃだからね。いつもみたいな感じで挨拶されたら、誰だって心開いちゃうと思うよ」
「そうかぁ?」
自分だとそう言うのは全然わからない。
◯
「じゃあハルにぃ、僕部室に行くよ」
「朝から絵描くのか?」
「朝の方が集中出来るし、早く部活に馴染みたいなって思って」
部室に行く尚弥を見送り、俺は体育館へ向かう。
すると「おはよ、ハル」と背後から声を掛けられた。
女子バスケット部のキャプテン、木下 聡実だ。
「よぉ聡実。相変わらず早ぇな」
挨拶を返すも、聡実はジィ……と尚弥の後姿を見つめていた。
「今の……プリンスだよね。ハル知り合いなの?」
「はぁ? プリンス?」
何言ってんだこいつ。
「最近、編入した謎の生徒。昼休みの図書室、放課後の音楽室、色んな場所に姿を見せる神出鬼没の存在。そのあまりのイケメンっぷりに、行く先々で女子のファンが増加。話しかけられて気絶する女子が出たほど。ついたあだ名が『プリンス』」
「マジかよ……」
まさか知らぬ間にそんな伝説を打ち立てていたとは。
我が幼馴染みながらとんでもない奴だ。
でも確か、童貞じゃないって言ってたしな。
だからと言うわけでもないが、何だか妙に納得してしまう。
「あいつは俺の幼馴染みだよ。尚弥ってんだ。井上 尚弥」
「そっかぁ、尚弥くんって言うんだ……」
尚弥の後姿を目で追う聡実の視線は、妙に熱っぽく見える。
「惚れたか?」
尋ねると聡実はギョッと驚愕の顔を浮かべた。
「そ、そう言うのじゃないから! ただ噂通り、格好いいなって思っただけ!」
聡実との付き合いは高校一年の頃からだが、今まで誰かと付き合ったという話は聞いたことがない。
告白されたと言う話は何度も聞いたから、モテはするんだろうが。
恋愛には興味がないのかと思ってた。
だから、そんな聡実が異性に興味を示して、あまつさえそれが自分の自慢の弟分であることが、何だか嬉しい。
出来るなら、後押しくらいしてやりたいだ。
「紹介くらいならしてやれるぜ」
「えっ……本当に?」
聡実の目が輝く。
「お前なら大丈夫だし、尚弥もめちゃくちゃ良い奴だからな。良い奴と良い奴は出会っといて損はないだろ」
すると聡実はガシリと俺の手を掴んだ。
「神よ……」
「やめろ」
こいつ意外と現金な奴だな。
呆れていると「あーっ!」とでかい声が飛んでくる。
「何やってんですか聡実先輩!」
後輩の見神 柚だった。
俺の手を握る聡実を指さし、ワナワナと怒りの感情を露わにしている。
「こここ、近藤先輩の手……手を! お二人は、そういう関係だったんですか!?」
「いや、違う。全然違う。むしろ逆だ」
「ぎゃ、逆?」
キョトンとした顔を見神は浮かべる。
俺は頷いた。
「俺が男を聡実に紹介するから感謝されてんだ。お前も知ってるか、『プリンス』ってあだ名の奴」
「噂だけは……」
「ギャー! ハル! その話は内密だって!」
「すまんすまん」
俺を揺さぶる聡実は、いつになく動揺していた。
その様子を見て、見神はホッと胸を撫でおろす。
「良かった……。じゃあ聡実さんは、近藤先輩とは何もないんですね」
ニコッと、見神は笑みを浮かべる。
先ほどまでは怒っていたのに、今度はなんだか上機嫌に見えた。
「じゃあ私、先部室行ってます!」
走って部室に行く見神の姿を見送る。
俺と聡実だけが、その場に取り残された。
「見神って、コロコロとよく表情が変わる奴なんだな」
微笑ましく思っていると、俺とは逆に聡実はなんだか険しい表情を浮かべていた。
「ねぇハル、ちょっとだけ相談したいことがあるんだけど」
「何だよ改まって」
「柚、ちょっと今マズいことになってるんだよね」
「見神が?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます