第15話 後輩ちゃんはキラキラ輝く

「見神がまずいことって、なんかあったのか?」


「うん。なんか結構一年の子の中で浮いちゃって」


「浮く……?」


「ほら、あの子バスケ上手いでしょ。早い段階で練習に参加してたのもあって、結構実力を発揮出来ててさ。先輩への人当たりも良いから、みんなも気に入っちゃって。今、もうレギュラー陣と練習してるんだよね」


「すげぇじゃねぇか」


「でもそのせいで、一年の中ではかなり浮いちゃってるんだ」


「あー……」


 確かに、その状況だと浮くかもしれない。

 他の奴からしたら、新入部員で部活に入ってみたら、同じ一年生がレギュラー陣と練習をしているのだ。

 差別されたり、区別されてると劣等感を抱いてもおかしくはないだろう。


「うちは実力主義だから、柚がレギュラー陣と練習してるのはじきに納得すると思うけど。この状態だと、同じ一年生との間に溝が出来たままになっちゃうなって」


「確かに、それはまずいな」


 バスケはかなり頻繁にボールが行き交うスポーツだ。

 パスも多いし、相手の裏を取って回り込んだり、とっさに機転を利かせるプレイも多い。

 コミュニケーションが命なのだ。


 特に同じ一年となれば、これから三年間付き合いがあるわけで。

 その中で浮いてしまうのは、今後の活動においても非常に良くないと言える。


「私が変に優遇しちゃったせいなんだよね。なんかぎくしゃくしちゃって。柚から一歩歩み寄ってあげられると良いんだけど……何か意地になってるみたいで。あの子バスケは上手いけど、結構不器用だからさ」


「……プライドかもしんねぇな」


「プライド?」


「同じ一年のこと、仲間って言うよりライバルとして見てるんじゃねぇかな。入部早々練習に参加して、レギュラーの先輩と仲良くなって。負けたくないって思ってる気がするな。あいつ、真面目そうだから」


 見神は良い奴だ。

 真面目だし、バスケに対しても真摯に取り組んでる。

 そんな奴が誤解されっぱなしなのは何だか悲しいし、せっかく三年間一緒の仲間なんだから、大切にしてほしい。


「ちょっと動いてみるか……」


 ◯


「じゃあダウンクールダウンやって片付けして今日は終わり!」

「うぃーっす」


 その日の練習終わり。

 男子部員たちが部室に行くのを見送っていると、ちょうど女バスも片づけを終えて解散するところだった。

 全員が部室に戻る中、見神だけはまだシュートの練習をしている。


「見神さん、終わりだって。今日、この後一年でファミレス行こうって言ってるんだけど、見神さんも来ない?」


「自分はまだシュート練習していくんで」


「あ……そっか。じゃあ、私たち先に帰るね」


 仲良さそうに一年生が話しながら帰っていく。

 残された見神は、どこか寂しそうにその後ろ姿を見つめた後、シュート練習を続けていた。

 俺は見神に近づいて声を掛ける。


「よぉ、頑張ってんな」


「こ、近藤先輩!?」


 焦りからか、途端に見神の顔が赤くなる。


「あんま根詰めすぎんなよ。オーバーワークになるぞ」


「ちょっとだけ、です。シュートのフォームを早く馴染ませたくて。この間、近藤先輩に指摘してもらったところ、意識したらすごく良くなったんで」


「そりゃよかった」


 そうやって話す見神の表情は、心なしかいつもより曇って見える。


「見神、大丈夫か」


「な、何がですか?」


「元気ないじゃねぇか」


「いえ! 全然! そんなこと……ないです」


 徐々に声がすぼんでいく。

 俺はそっと息を吐くと、笑みを浮かべた。


「あんま思いつめ過ぎんな。しんどかったらよ、たまには話せよ」


「はい……」


 すこし逡巡する様子を見せたあと、見神は静かに口を開いた。


「実は、同級生の子になかなか馴染めなくて。いまだに、まともに話せないんですよね」


「さっき誘われてただろ。行きゃ良いじゃねぇか」


「でも、私が行ったら空気悪くしちゃうし……。邪魔したら悪いかなって」


「邪魔なんて思ってたら声掛けねぇよ」


「気を使ったのかもしれません」


 そう話す見神の言葉からは、何だか壁を感じる。

 俺に対する壁じゃない。

 見神自身が、他の一年に対して壁を張っている。


 レギュラーを目指したいという気持ち。

 負けたくないという気持ち。

 そうした想いが、見神の中に壁を生んでいるのだ。


「こういう時はさ、お互いに半歩ずつ近寄るんだよ」


「半歩……?」


「片方が近づこうとしても意味ねぇんだ。お互いがお互いに、少しずつ歩み寄らないと距離は縮まらねぇ。多分、一年のみんな、見神のこと怖がってんじゃないかな」


「怖いって……どうしてですか」


「上手いから」


「上手いから?」


「分かるんだよ。俺もバスケ始めた当初は、部で一番下手だったからな。上手い奴は、なんか怖く見える」


「えっ! 近藤先輩がですか!?」


 見神が目を丸くする。

 俺は頷いた。


「中学の時だけどな。パスもまともにもらえねぇ。ドリブルも出来ねえ。そんな状況で、周りの奴らは俺より上手くてよ。見下されてる気がしたし、まともに話も出来なくて、どうすりゃいいかわからなかった。格上の奴を前にするとさ、絶対的な劣等感が生まれるんだよな。だから、見下されてるような気になる」


「見下すなんて……してません」


「わかってるよ。お前はただ、負けたくなかっただけだよな。でも、『何でこれくらい出来ないんだ』なんて思うことはなかったか?」


「それは……」


「別に悪いことじゃない。おまえはレベルが高いから、求めるプレーの要求が高くなるのも普通だ。でも、上手いプレーだけが、正解じゃないんだ」


「上手いのが正解じゃない?」


「バスケはチームで化学反応を起こすスポーツだよ。技術があるやつは、チームを高めて、自分が求めるものを理解させて、化学反応を起こすんだ。本来以上の実力をチームで発揮できるようにする」


「化学反応……」


「俺が一人でプレーしたら、俺の活躍は増えるかもしれねぇ。でもそうしたら、チームは途端に弱くなると思う」


「化学反応が起きないから?」


「そう言うことだ」


 ポンと、俺は見神の肩を叩く。


「だからよ、コミュニケーション取ってみろよ。相手は今、お前に半歩歩み寄ってる。あとはお前が、相手に半歩歩み寄る番だ」


「でも私、今さら話掛けても相手にしてもらえるか」


「話してみろよ。俺がついててやるから。ダメだったら、何とかする」


「近藤先輩が……」


 見神はしばらく俺の顔を見つめた後


「はい」


 と、声を出した。

 その瞳に、もう迷いはない。


「あの、私用事を思い出したので失礼します!」


「おぉ、頑張れよ」


 彼女はペコリと頭を下げると、走って行った。

 その先には、先ほどの一年女子たちがまだ残っている。

 俺はその姿を、背後から見守った。


「あの、やっぱり私も、ファミレス行っていい……ですか」


 慌てて近づいて来た見神に、一年の女子たちは不思議そうにお互いの顔を見合わせている。


「私も、もっとみんなと話してみたい」


「話してみたいって……」


「仲良くなりたい。だって、これから三年間一緒にやってく仲間なんだし」


 すると、一年の女子たちはすこし沈黙した後。

 フッと、どこか嬉しそうに笑みを浮かべた。


「わかった。行こう」


「本当……?」


 見神の表情が、パッと明るくなる。


「じゃあすぐカバン取ってくる!」


 見神は嬉しそうな表情でこちらに戻って来た。


「片付けは良いからよ、早く行ってやれ」


「はい! ありがとうございます! 近藤先輩!」


 女子の部室に走って行く見神を見送る。

 初めて会った時にも浮かんでいた、キラキラした瞳をしていた。


「よかったな、見神」


 そんな彼女の後ろ姿に、そっと俺は声を掛けた。


 ◯


 数日後。

 いつものように眠気まなこで朝練に向かう。

 すると、背中をバシンと思い切り叩かれた。


「痛ってぇ……誰だよ」


「やるじゃん、ハル」


 聡実だった。

 何だか嬉しそうに見える。


「やるって、何がだよ」


「柚のこと。一年の子たちと仲良くなれたみたいで、喜んでたよ」


「そりゃ良かったな」


「ハルが助けてくれたんでしょ?」


「ちょっと話しただけだ。マジで何もしてない」


「またまたぁ」


 すると背後から「おはようございます!」と馬鹿デカい声が響いた。

 見神だった。

 なんか前も似たようなシチュエーションあったな。


 見神は俺の方にカツカツと歩み寄ると、急に深々と頭を下げる。


「近藤先輩、この間はありがとうございました」


「上手くいったって?」


「はい。あれからみんなと話し合って、ちょっと仲良くなれました」


「そっか」


「部活で挨拶したり、一緒に帰ったり。少しずつ、話す機会も増えてます」


「よかったな」


「私も、バスケで化学反応起こせるように、頑張ります」


 見神が言うと、聡実が「化学反応?」と怪訝な様子で首を傾げる。

 そんな彼女を無視して俺は「頑張れよ」とだけ返した。


「あの、近藤先輩」


「何だ?」


「は、ハル先輩って、呼んでも……良いですか」


 意外な申し出だった。

 俺は笑顔で頷く。


「おぉ、もちろんだ。俺もそっちの方が楽だしよ」


 すると見神は、更に顔を赤くして、俺の目をまっすぐ見つめてきた。


「あと、もう一個お願いが……」

「どした?」

「私のことも、柚って、呼んでください」


 その瞳は、何だか太陽のように輝いていて。

 俺には何だかすごく、眩しく思えた。


「じゃあ、これから柚って呼ぶわ」


 俺がニッと笑うと、見神はなんだか泣きそうな顔を浮かべた。


「ハル先輩は、やっぱり……素敵です」


 彼女は、ポソリと呟くと。


「そ、それじゃあ、私部室行ってます!」


 と走って行った。

 俺は、呆然としてその背中を見送る。

 すると横にいた聡実が「あーあ」とイタズラっぽい笑みをした。

 どこか嬉しそうですらある。


「あれ、完全に落ちちゃったね」


「落ちた?」


「恋してる顔してたよ。キラキラーって、憧れの先輩に向ける目してた」


 聡実は、俺の肩をポンと叩く。


「私の後輩、ちゃんと大切にしてあげてね」


「よせよ」


 そう言いながらも俺は、まっすぐ走る見神の姿から目が離せなかった。

 走り去る彼女は、まるで青春そのもので。

 何故だかかつての自分の姿が重なった気がした。

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